第72話 教育改革
―バルセロク地方庁舎・幹部会議―
私たちは港湾改革にめどがついたことを確認する。
港湾公社代表を兼ねるロヨラ副知事が現状を会議室で解説してくれた。
「港湾改革は順調に進んでいます。抵抗勢力はほとんどが不正に関与していたため逮捕か失職。これでコルテス家一派は壊滅しました。不正の温床だったコルテス家関連企業は営業許可は取り消しました。カインズ子爵の言葉の通り、営業許可を取り消された企業は解散しています。再起を図ろうとする者たちも皆無で、本当に壊滅していますね」
「あっけないほど早かったわね。このまま港湾改革は、ロヨラ副知事主導で進めていきましょう。それが適材適所ですから」
「ありがとうございます」
子爵は解散宣言したが、それはあくまで表面上だけで別の会社を立ち上げる可能性もあったから私たちは警戒していたんだけど……その様子もなかったわ。港湾利権の解放という当初の計画はこれで達成された。
子爵は敗北宣言後、完全にバルセロク地方から撤退している様子ね。軍務省官房審議官への就任が有力視されているから、中央での政争が忙しいのかもしれない。
今が私たちにとって最高のチャンス。海賊騒動の対応を評価されて、私たちへの支持率も上がっているわ。
「今が私達にとって最大のチャンスです。この時を逃してはいけません。港湾改革ともう一つの柱である教育改革を推し進めましょう!」
有力な敵対勢力を撃破して、支持率が上がっている追い風を利用してもう一つの難問をクリアする。こういう流れを阻害してはいけない。チャンスの女神には前髪しかないのだから……
うまくいっている時にできる限り前に進めないといけないわ。私にも任期がある。次の選挙に勝てる保証もなければ、病気などで辞任する可能性だってあるのだから……
「教育改革は、私とクリス副知事を中心に進めていきたいと思います。まずは、計画案を地方議会の許可をもらわないといけませんね。復興予算と並行して大変な仕事になってしまいますが、私たちと教育部を中心に財務部も協力してもらわなければなりません。バルセロク市の復興と並んでこれが新・地方庁が一致団結して仕事をする最初の仕事になります。みなさん、よろしくお願いします」
会議はそう言って終わりを告げた。海賊団騒動で庁舎の団結感は強まっているわ。お互いに困難なことを一緒になって成し遂げたのだから。
危機を乗り越えた私たちは関係を深めている。
次は、いよいよ地方議会との戦いね……
最高の環境で戦えることを感謝して、私は執務に戻った。
※
私たちは地方議会に向けて準備をおこなっている。本番まであと1か月。
必死になっていた。
提出する議題の草案作成。その草案に問題点がないかを確認する作業。提案理由の説明をするための台本作り。事務仕事だけでやることが多すぎるわ。
「知事なのに、こんなに議会におうかがいを立てなくてはいけなくて辟易しているだろう?」
この作業に慣れているロヨラ副知事は笑っている。
「いえ、我が国はトップが暴走しないように、議会にもきちんと力を与えていますからね。仕方のないことですよ。でも、この忙しさだけは正直言って予想外でした」
「そうだろう。私も最初は死にそうだったよ」
法律上、国王陛下が国家の最高意思決定者だ。だが、国王陛下はなるべく自分が権力を振るわないように求められている。
だから平時のトップは宰相閣下だ。そして、宰相閣下は議会の代表者が就任する。事実上の国のトップは議会から派遣されることになるわ。これはかつての国王陛下が暴走して悪政をはたらいたことに起因している。良識派貴族が国王陛下を戒めるために集まったことが議会のはじまり。
国王陛下と良識派貴族の抗争は過激化し、ついに国王陛下が外国に追放される事態に陥ったわ。その後は、後継の国王陛下が議会と話し合いに臨み、今の体制が完成したわ。
でもそれは、国王陛下が完全なお飾りになったとは言えないの。
陛下には3本の伝家の宝刀がある。
ひとつは、議会が暴走した時に備えての議会の解散権。
もうひとつは、個別法案に対する拒否権。
そして、最後の切り札は、警察組織と軍隊に対する指揮権。
この強力な権限は議会に対するけん制にもなっているわ。
この例に習って地方も知事と地方議会はお互いに監視し合う立場にあるの。そして、困ったことにバルセロク地方議会は私たちが選挙で対立した保守党が主流派……
つまり、基本的に私と議会は対立する構造になっているわ。今回の法案成立はおそらく困難を極めるわね。
ロヨラ副知事はアドバイスをしてくれた。
「知事は国王陛下ほど強力な武器はないがひとつだけ切り札がある」
「"地方議会の解散権"ですね」
「そうだ。地方議員も失職は怖い。だから、知事と争っていても本質的にはおそれている。それを交渉で使うんだ。議会の解散をちらつかせて、徹底的に戦う」
「議会は綺麗ごとだけでは終わらないんですね」
「ああ、地方議員は飢えた獣だ。すべてが敵であることは避けねばならない。ひとりでもいい。味方を作るべきだろう」