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第71話 王子と子爵

 私は応接間に戻った。


「知事、通信はもう大丈夫なのですか?」

 とぼけた振りをして子爵は笑っている。おそらくアレンからの要件はもう推測できるはずよ。


「ええ、ご心配には及びません。定時連絡ですから」


「ほう、私はてっきり大事な要件だと思っていましたよ」


「なにか心当たりでもあるんですか、子爵?」


「……」

 笑いながらごまかしている。


「実はおもしろい話を思いついたんですよ。子爵、聞いてくださいますか?」


「ええ、もちろん」


「今回の海賊騒動をミステリーに仕立ててみたんです。仮にこの騒動に黒幕がいたとします」


「おもしろいですね。黒幕の目的はなんですか?」


「たぶん、ふたつあったんですよ。黒幕の一番の理想は騒動の間に私を暗殺すること。これはグラン船長も証言していますよね。港湾部長を失脚させた私を排除しようと思ったと」


「ええ。なら黒幕はグラン船長を操っていたと?」


「はい。操っていたというよりも利用して切り捨てたんだと思います。仮に私の暗殺に失敗した場合は、黒幕は別のプランを用意していた」


「ほう?」


「私の暗殺に失敗した場合は、港湾利権にメスが入ることになる。そうなってしまえばいままで自分を支えてきた財源を失うことになる。別の財源が必要になる」


「……」


「そして、暗殺に失敗した場合は、海賊団は壊滅する。彼らが本拠地に保管している財宝は無防備になる。小国の海軍を上回る勢力を誇っていたグラン海賊団です。その財力はへたな国家を上回るものを持っていたはず。それを奪い去れば……港湾利権を失ってもお釣りが来る利益を黒幕は手にすることになります。そして、今までの黒い組織とのつながりも清算できた」


「なるほど。そうなれば黒幕にとっては今回の海賊騒動が成功しても失敗してもどちらでもよかったんですね」


「はい。もしかしたら黒幕は今回の騒動に失敗してほしかったのかもしれません。自分の娘が王子のもとにとつぐ前にスキャンダルの種も排除できる。すべての情報を知っている子飼いの部下たちもそうなってしまえば邪魔になる。家族を人質にして、自分とのつながりを証言させずにそのまま切り捨てる。仮に裏切り者が出ても裏帳簿には自分の名前がなく、ただの犯罪者の妄言と言い訳できる。そうですよね、カインズ=コルテス子爵?」


「なるほど、確かにすべてのつじつまはあっているね。だが、それはキミの妄想に過ぎない。キミは政治家よりも小説家になった方がいいんじゃないかな」


「あなたがやっていることは史上最低最悪の大量殺人です。何の落ち度もない住民を自分の欲望のために傷つけ殺す。自分を信じていた子飼いの部下を平気で切り捨てる。その野望の先にあるのが、海賊団が違法行為で集めた財宝の略奪」


「……ふん、下等な者たちを切り捨てて何が悪い?」


 ついに本性を現したわね。


「あなたはその程度の器よ。自分が矢面やおもてに立つ度胸どきょうもなければ、世界を変えようとする理想すらも持っていない。そんな人が私たちに勝てるわけがない。あなたは自分の保身だけしか考えていない王子のしゅうとにお似合いの人物よ」


 ※


―元老院院内幹事室―


「殿下、ただいま戻りました」


 私の将来の義父になる子爵が来てくれた。


「お疲れ様です。子爵。それで海賊の財宝は……」


「もちろん掌握しょうあくしましたよ。これで私たちの政治資金は10年は困らないでしょう」


「さすがは子爵だ。ルーナも悔しがっていたでしょう?」


「はい。『あなたはその程度の器よ。自分が矢面やおもてに立つ度胸どきょうもなければ、世界を変えようとする理想すらも持っていない。そんな人が私たちに勝てるわけがない。あなたは自分の保身だけしか考えていない王子のしゅうとにお似合いの人物よ』などと嫌味を言っていましたが……」


「ふん。あの女は中央にいた時から生意気でしたからな。常に平民のための目線を持てなど甘い言葉を……」


「そんなことを考えていたら覇道など進めるわけがない。我々は選ばれた者ですからな」


「やはり、カインズ子爵は優秀だ。あなたのようなひとが私の父親になってくれて本当に心強いです」


「ふふ、私もすべての闇ルートを処分できましたから。これでやっと身綺麗な立場になれました」


 ワインを開けて乾杯する。勝利の美酒だ。


「元部下たちには資金の一部を渡してあります。口止め料ですね」


「もし子爵を裏切るようなら、家族もろとも処分してしまうんでしょ? 他に裏切り者が出ないように……」


「ええ、もちろんですよ」


「しかし、海賊団はどうしますか? あいつらは一番裏切る可能性が高いでしょ」


「ああ、その辺は大丈夫ですよ。やつらは犯罪者集団で、証言には信ぴょう性がない。さらに、グラン船長以外は黒幕が誰だったか知りません。それに、船長はもうこの世にいないはずですよ」


「ほう?」


「留置所の職員にも子飼いの部下がいるんですよ? 今までの不正の証拠はこちらが握っているからなんでも言うことを利かせることができる。グラン船長は今夜、留置所で死にます。自殺をよそおいますが、もしばれたらその職員が義憤に駆られて殺したと証言させますのでご安心を」


「なら、安全だ。次回の軍務省の人事は、楽しみにしていてください」


「それはありがたいな」


 子爵の獲得した資金を使って、軍務省人事には介入する。来年は軍務省の次期次官ポストである軍務省官房審議官(かんぼうしんぎかん)に空席が生まれる。そこに子爵をねじ込む工作は順調に進んでいる。


 そして、俺もこの閑職かんしょくから栄転する。

 政府の重要なポストは、こちらの派閥がいつの間にか独占し最終的には叔父上――政府の最高位・宰相すらも"排除"する。


 覇道とはそういうものなのだからな。


 ワインを一気に飲み干しグラスをゆっくりと机に置いた。

 もう一つのグラスのワインはわずかに揺れながら俺を見つめていた。

 


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