第65話 戦後
私は軽傷の怪我を治療してもらってすぐに職務に復帰する。病院の事務室を借りることができた。庁舎はさっきの戦いで戦場になってしまったのでしばらくは使えないはずよ。防衛のために仕掛けた罠も処理しなくちゃいけないから。
前線の准将からは海賊船は壊滅し、アレンと協同して残党狩りに移行していると連絡があったわ。病院にも護衛の兵士が来てくれているからもう大丈夫ね。こちらの護衛に兵士を回す余裕もできたということだから。
「ルーナ知事、前線から連絡が届きました」
秘書課長が私のもとに説明にやってくる。前線に何か動きがあったらすぐに連絡をしてもらうように頼んだの。
「内容は?」
「我々の救援に来たアレン=グレイシア元老院議員が、グラン海賊団船長と交戦した模様です」
その報告に私は胸が押しつぶされそうになる。心配と不安が同居して、冷や汗が止まらない。彼が負けるわけがない。そう確信しているのに不安はなくならない。
「結果は?」
なんとかそれだけは言葉にできた。心配で結果を教えてもらえるまで、まるで死刑宣告を受けたときのようになる。
「はい、一騎討ちの末、グラン船長を撃破し、拘束に成功しました。すでに、残党は総崩れで、抵抗もできない状態です。勝負は完全につきましたね」
その言葉に安心して、私は胸をなでおろす。
「よかったわ。負傷者の治療は順調かしら?」
「それが突然の襲撃だったせいで医師の数が不足しておりまして……」
「なら、私も治療に協力します。これでも治癒魔力は得意だから」
「しかし、知事の職務は?」
「それはロヨラさんとあなたに任せるわ。職務の経験値的にもあなた達に任せたほうがスムーズかもしれない。ふたりは治癒魔力は使えないけど、事務処理は達人でしょ。その人しかできないことをしましょう。今は有事なんだからね。私が治癒魔力を施すだけで、助かる命は必ずあるはずよ」
「ですが、ロヨラ前知事は公職についていません。議会も行われていないので、副知事では……」
「イブール王国の地方自治法には、知事経験者は後任の知事から求められれば助言をしなくてはいけないという決まりがあるわ。少し拡大解釈気味になってしまうけど、その決まりを活用しましょう? 現況を考えれば、ほとんどの人は納得してくれるはずよ」
「たしかに、人道的な見地からみればそれが正解ですな。有事ということも考えれば納得してもらえるはず。わかりました、我々の方で事務は行ないます」
「よろしくね。私も行ってくるわ」
職員の人たちは、避難状況や被害把握、負傷者の治療で大変なことになっているわ。私もできることに全力を尽くすしかない。
※
―1ヶ月後―
バルセロク市は少しずつ復旧に向かっている。私たちは忙しい日々を過ごしていた。
海賊団との戦争は終わりを告げた。最強の海賊団と言われたグラン海賊団は船長を拘束されて、他の幹部も逮捕か戦死した。構成員もことごとく捕まり、事実上壊滅した。
私達側の死傷者は351人。そのうちのの7割は地方兵団と警察の人たちだった。そして、無差別砲撃と市内に潜入した海賊が起こした暴動に巻き込まれた形で民間人にも多くの犠牲者を出してしまったわ。
元港湾部長は、取り調べに対して完全に黙秘を貫いている。グラン船長はポツポツと証言をしているが、肝心の黒幕には言及していない。
「やはり証言はしませんね、あのふたり」
私と情報交換をしていたロヨラ副知事は情報を分析している。彼もついに正式な手続きを経て、副知事に就任した。副知事になるためには地方議会の承認が必要だからね。前知事を副知事にするのは前例のないことで、サプライズ人事と騒がれたわ。
「おそらく人質でも取られているのでしょう。コルテス家は用心深い輩ですからな」
「なら、向こうの筋書きはこうでしょうね。元港湾部長が罷免されたことを逆恨みし、旧知の海賊団に依頼し襲撃させたと? なぜ、一介の公務員がそこまで影響力を確保できたのか。少し考えたらわかるところまでは、捜査当局も踏み込めないのね……やはり、そこまで王族というのは、踏み込めないタブーとうことか」
「ええ、調べればすぐに後ろにコルテス家とクルム王子がいるのはわかってしまいますからな。相手は将来の国王陛下最有力。王族と対立するのは誰でも避けたい。当局も港湾部長の悪事を暴き、海賊団を壊滅させることができただけで満足してしまう」
「でも、失われた命は戻ってこない。彼らは英雄ですが、失われる必要はなかった。王族だからって超えてはいけないラインがあります。はっきり言って許されるわけがない!」
「ええ、それに関しては私も同じ意見です。ですから、この契機を逃してはいけません。コルテス家の財源に徹底的なメスを入れましょう。口実はつかんだのですから……元港湾部長を中心とした港湾汚職を追求して一気に改革を目指します」
「そうですね。今度はこちらから仕掛けていきましょう」
「では、計画を練ります」
「おまかせします。ロヨラさんが計画を作っいる間に私は王都に行ってきます」
「今回はなにを?」
「元老院で、復興予算についての証言をしてきます」
「それだけですか?」
「いえ、王子に宣戦布告をしてきます」




