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第6話 アレン来訪

 ここに来てからもうすぐ1か月。私の村での生活も慣れてきたわ。

 村の人たちはみんな親切で、私に丁寧に畑のやり方を教えてくれる。


 ここに来てから、私も笑顔が増えたと思う。王都に比べて、綺麗な服も化粧品も宝石も食材も……なにもないはずなのに、なぜか、私の心は満たされるの。


 心の豊かさが違うのかもしれない。


 王都は物にあふれているのに、心は満たされなかった。貴族たちは、常にライバルを蹴落けおとそうとしていて気が休まらないし。


 みんなが敵に見えて、警戒していたら、豊かさなんて感じ取る余裕もないはずよね。


 ひとりで眠るベッドだけが寂しい。嫌なことを思い出してしまうもの。


 そして、彼はやってきた。


 その日は、私は、家の中で料理をしていたわ。ランチの時間だから。

 村の人たちからおすそ分けをしてもらった野菜で、スープを作っていたの。

 料理は、ルイちゃんのお母さんに習ってかなり上達したわ。


 あの親子は、人に教えるのが本当にうまいのよ。きっと、遺伝ね。


 仲のいい親子を見ていると、こっちまで幸せな気分になるわ。家族で血を血で洗う争いばかりしていた王族様たちの様子を見ているから余計にそう思う。


 私の充実した生活も軌道きどうにのりつつある。その充実感が、私を幸せな気分にさせているんだわ、きっと……


「ルーナはいるかな?」

 村長さんの声が聞こえた。


 私は、戸を開けるとそこには、村長さんと男の人が立っていたの。

 私がよく知っているたくましくも均整がとれた体の男性が……


「アレン様?」


「ああ、久しぶりだね。ルーナ?」


 彼は優しく笑っていた。


 ※


「よかったら、食べてください。私が作ったスープなので、味の保証はできませんが……」


「ありがとう。あなたが作ってくれた食事なら、とても美味しいだろうね。いただくよ」


 村長さんは、アレン様を案内しただけだからと帰っていってしまった。

「一緒にお昼ご飯でもどうですか?」と誘っただけど、「あとは若い二人で」と笑って帰ってしまった。


 うう、むしろいてもらったほうが、私の気持ち的には安心できるんだけど……


 彼の眼を見て話すことができない。


 だって、思い出してしまうから……


 ※


「私は、ルーナ様を本当の妹のように思っています。妹が、そのようなことになっていくのを、黙って見ているわけがないでしょう? あなたの本心を聞けてよかった」


「そんなわけにはいきません。すでに、準備はできております。馬車は、途中で私の領土の村を通ります。あなたは、そこで私の縁戚の娘、ルーナ=グレイシアとして生きるのです。すでに、村長には話をつけています。そして、馬車は、無人のまま爆発します。私は、あなたが死んだとクルム王子に報告すればすべて解決です」


「妹が……いや、あなたは王子の婚約者ではなくなったから、もう建前たてまえはいりませんね。私は、あなたのことをひそかに、思っていたんですよ。それは許されない気持ちでした。だから、あなたを妹のような存在だと、必死に思いこもうとしていた。でも、もうその必要性も無くなる。あなたは平民になってしまったけれど、そのおかげで何のしがらみもなくなった。そのような姫をさらわない騎士がいると思いますか……?」


 ※


 彼が、私を命懸けで助けてくれた時のセリフが、何度も頭の中で繰り返されているのよ。罪人のような私に、あそこまで温かい言葉をかけてくれる人がいるなんて思わなかった。


 自分が作り上げてきたすべてを投げうってまで、私のことを助けてくれる人がいるなんて思わなかった。


 ずっと、兄のような存在だと思っていた男の人から、愛の告白をされるなんて思わなかった。


 いろんな気持ちがあふれてしまって、私は彼を直視することができないの。


 それに、最後に彼はこう言ったのよ?


 ※


「それは、次に会った時にお話ししましょう。私の求婚の返事もその時にお聞かせください。騎士になって、お姫様を救うという夢が叶ったんです。礼などいりません」


 ※


 つまり、私が今のタイミングで、彼の愛の告白についての返事をしなくちゃいけないってことよね……


 どうしよう。まだ、気持ちの整理がついていないよ。


 だって、そうでしょう。今まで恋愛対象だと思っていなかった人から急に求婚されたんだから!!


 アレン様は、かっこいいし、騎士団での実力もトップクラスで人気があるのよ!? 結婚したい人なんてたくさんいるんだから。


 私もカッコいいと思ったことはあるわ。それは否定しない。でもね、憧れの人が、いきなり自分に求婚するなんて想像していなかったもん。


 それもいつはクールな感じだったのに、どうして私にはあんなにストレートに愛を告白できるのかしら?


 いつもの彼とは差がありすぎて、そこからして理解が追い付かない。


「うん、このスープはとても美味しいよ。野菜のうまみがとてもよく出ていて、体が温まるね。こんな美味しいものを食べることができるなんて、私も幸せ者だな」


「あ、ありがとうございます」


 いつもは騎士団を厳しい口調で指導しているのに、私にはこんな優しい感じに接してくれるんだ……


 思わず胸の高鳴たかなりを感じてしまうわ。


 どうしよう、なんて答えよう。


 そもそも私でいいの?

 彼は次期騎士団長は確実と言われる生粋きっすいのエリートよ。


 逆に私は、失脚して身分を隠しているような女。はっきり言ってつりあわない。いや、つりあってはいけないわ。


 彼の好意に甘えるだけ甘えて、求婚を断るのも違うと思うし……


 どうしよう、受け入れるにも、断るにもどちらも変だわ。


 袋小路(こうじ)に追い詰められてしまった。どうしよう、どうすればいいの。


「そんなに緊張しないでくれよ。大丈夫だよ、あなたの答えは、あなたが言いたい時に教えてくれればいい。だから、今は食事を楽しもうよ。ルーナ様が、せっかく作ってくれたランチだからね」


「うう」


 なんでこんなに優しく接してくれるの?

 

「でも、本当に美味しいな。王都の食事とは比べ物にならないくらいだよ」


 ほめ過ぎです。節約のために、ベーコンを少なめにして、野菜を増やしたなんて言えない。


「あ、あの」


「うん、どうした?」


「私はもう、平民であなたに助けられたんですから、《《様》》なんて呼ばないでください」


「じゃあ、なんて呼べばいいかな?」


 うっ、たしかにそれも難しいわね。私は年下だし、身分も低いから……


「呼び捨てとか?」


「《《ルーナ》》!」


 破壊力が強すぎる!! しまった、自分が言い出したことだから、余計に訂正できないわ。


「そうだ。今日は、ルーナに渡したいものがあってきたんだ」

 そう言って彼は私に、懐かしいものを手渡してくれた。

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