第55話 逃亡拒否
「退却なさらないのですか?」
准将は改めて私に問いかける。
「はい。私は知事ですから」
「しかし、あなたは女性でもし海賊などに捕まってしまえば……」
「たしかにその危険性はありますね。ですが、バルセロク地方庁舎以上に安全な場所はどこにあるんですか? 准将や皆さんが守ってくれるのでしょう? 私はあなた方を信じています」
上司として果たさなければいけないことを果たす。ここで最高責任者が逃げてしまえば私がここにいる意味がなくなるから。
「わかりました。知事のご期待にそえるようにこのシッドが全力を尽くしましょう。アレンに恨まれたくないからね。では、私は防御陣地構築の指揮をしなければいけませんので失礼させていただきます」
「将軍、ご武運を」
「もちろんです。この戦いに勝って、祝勝会で知事と王族の悪口を言い合わなければ死んでも死にきれませんからな」
そう言って将軍は消えていく。
避難誘導は進んでいるとして、行政側としてもやらなければならないことがたくさんあるわ。
「クリス副知事。最悪の場合に備えてバルセロク地方庁を2つに分けます。私にもしものことがあった場合はあなたが私の職務代理者ですから。安全保障上、私たちが同じ場所にいるわけにはいきません。副知事はバルセロク地方の第二都市であるサンダルクロスへ移動してください。あそこには地方庁の分庁がありますから庁舎機能を移動させやすいです。ここに残るのは私と避難を担当している都市計画局長、それから負傷者や病人の治療を行うために必要な医療衛生局長には残ってもらわねばなりません」
ふたりの局長は力強くうなずいてくれる。よかったわ。
「しかし、ルーナ様。女性であるあなたをおいて私が逃げるわけには……」
「副知事、これは逃げではありません。もし、本庁が壊滅した場合は、この地方の再建はあなたがおこなわなければならないのですから。それにサンダルクロスに避難民は移動しています。彼らをしっかりと避難場所に移動させて飢えさせない努力は必要です。死ぬよりも大変な責任を負ってもらわなければなりません。引き受けてくれますね?」
「致し方ありません。わかりました。どうかご無事に」
「よろしくお願いします。それから、ロヨラ前知事もどうか一緒にサンダルクロスへ」
地方の再建には経験豊富な政治家が必要だから。ロヨラ前知事が副知事を補佐してくれたらと思うんだけど……
「それはできませんね。大丈夫、副知事には経験豊かな地方庁の職員がついています。私は地元を離れたくない老人なのでね。ここに残りましょう。それにここが一番安全なんでしょう?」
彼は優しく笑っている。たしかに経験豊富なロヨラ前知事が補佐してくれるのは心強い。ならお言葉に甘えるとしよう。
人の善意をありがたく受け取る。私はみんなの信用を裏切らないように動けばいい。そうすればその善意にこたえたことになるはず。
「では、皆さん。戦いに向かいましょう。各々が自分の場所でできることをしてください」




