第42話 迎賓館
私は1年ぶりに王都に戻る。
アレンに護衛をしてもらいながらね。
クルム王子の陣営の妨害工作があるかもしれない。だから、護衛はしっかりしてもらう。向こうではフリオ閣下と合流し知事就任式に参加よ。
この就任式は宰相閣下がすべてを取り仕切るはず。彼は私たちの保護者的な役目も引き受けてくれているから妨害は許さないはずだけどどうなるかしらね。
それにしてもまた、王都に戻って来れるとはね。
あの追放された時はもう二度と戻ってこられないと思っていたのに。
バルセロク地方の知事として凱旋できる。とても名誉なこと。
「もうすぐ王都ですね、アレン」
「ああ。ここからが勝負だぞ。知事閣下? なにせバルセロク地方は、地方の中で最も重要な海運の要衝だ。きみはその若さでバルセロク地方の行政の頂点に立った。たくさん嫉妬される」
「嫉妬なら慣れています。だって、私は元第一王子の婚約者ですよ?」
「それもそうだな」
王都の貴族社会は嫉妬と足の引っ張り合いでできている伏魔殿。
怖いわね。
「とりあえず、数日は迎賓館に寝泊まりできるように手配したから」
迎賓館。他国の要人を接待するために作った館よ。とても豪華な場所だから泊まれるのは嬉しいけど……
※
―迎賓館―
やっぱり豪華な場所ね。私もたまにヴォルフスブルクの大使を接待するパーティーなどで来たことがある。ダンスパーティーもできるくらい広いホールや外国の要人を満足させるために作られた豪華な部屋が印象的。
高価な楽器や一流の画家が描いた絵画、遠くの国から輸入された調度品の数々。見ているだけで楽しくなる。まあ、パーティー参加者はオシャレな悪魔だけどね。
私たちは馬車を下りる。荷物は着替えくらいだからすぐに下せるはず。
「いらっしゃいましたねぇ、ルーナ=グレイシア知事閣下ぁ!!」
馬車から下りると女の人の声が聞こえた。
金髪の意思が強そうな女性が笑って立っている。豪華なドレスを着ているわね。つまり、貴族の子女ということ。
「失礼ですが、あなたは?」
「これはこれは失礼しましたぁ。さすがは知事閣下ですね~。私ごとき眼中にもないということかしら~」
初対面なのにずいぶんと嫌味な言い方。
「そういうわけじゃないけど……」
「私はルイーダ=コルテス。あなたが選挙で戦ったエル=コルテスは私の叔父上ぇ。そして、あなたの代わりにクルム王子の婚約者になった次期・国母候補ぉ。そう言った方が話が通じやすいかしらねぇ? 平民知事閣下?」
「コルテス子爵家の娘?」
※
「ええ、そうですわぁ。今日は前任者の方がこちらに来ると聞いていましたのでごあいさつに来たんです。今後も仲良くしてもらえると嬉しいですぅ」
こんな挑戦的なあいさつをして、仲良くなんてできるわけがない。これは事実上の宣戦布告ね。今後、自由党は本格的に立ち上がり、クルム王子の陣営とは激しい抗争が起きるはず。そのけん制ね。
「まさか。私から教えることなんてありません。だって、そうでしょう。私のことを見習ったらあなたは殿下に捨てられますわよ?」
こういう相手に正面から言い争ってもめんどくさいだけ。あえて自虐をしながら早くこの場を離れたい。
「ふふ、さすがは天下の森の聖女様ですねぇ。ユーモアのセンスもあるんですかぁ? おもしろいなぁ。でも、伯爵令嬢の身分を奪われて平民として追放されたあなたが言うととても心に響きますねぇ。それに聖女様なんて言っても、本当は傾国の美女じゃないんですかぁ? 私のフィアンセの側近中の側近を篭絡しちゃうんだから~本当に悪い女ですよねぇ、ルーナ閣下ぁ?」
何が言いたいのかしら、この人は?
おおかた、私よりも爵位が低い家に生まれたのに私のいた地位を奪えたからその優位性をアピールしたいんだろうけど……
「褒めていただきありがとうございます」
「え~褒めたつもりはないんだけどなぁ?」
「そうですか? 傾国の美女なんて初めて言われたから嬉しくて! それに、英雄とも呼ばれる騎士のアレン様が一国の殿下を捨ててまで私のもとに来てくれたなんて女として最高に名誉なことじゃないですか? 元・婚約者としてひとつだけ忠告しておきます、ルイーダ子爵令嬢?」
「な、なによぉ?」
「あなたは次期国母になるお方です。言動には注意した方がいいですわ。誰が聞いているかもわからないんですから。あなたの話では、まるで私とアレン様がクルム殿下のことを見限っているように聞こえますよ? 殿下はそんなに甲斐性がないわけじゃありませんから。私は伯爵令嬢の身分を自分で返上したのです。そこに殿下の意思は介在していない。それが公式発表ではなかったですか?」
まあ、そこは妥協の産物なんだけどね。
「うっ……」
「さらにアレン様は私を選んで殿下と仲違いしたというのも軽率な発言です。仮にもアレン様は元・近衛騎士団副団長。そして現役の元老院議員です。そのような方がクルム殿下と確執があるなんて噂になれば、一番困るのは殿下ですよ。噂の出元であるあなたも国母としての資質を問われることになる」
「脅しているの?」
「いえ、脅していません。事実を事実として話しているだけです。今日はお互いに冷静になるためにここまでにしませんか? それが一番だと思っています」
「お、おぼえていなさい!」
そう言って彼女は逃げるように馬車に乗って帰っていった。