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第4話 初めてのお友達

「えっと、あなたは?」

 10歳にならないくらいの元気な女の子が後ろにいたわ。


「私は、ルイ!! お姉ちゃんが、近くのおばあちゃんの家に引っ越してきた女の人だよね?」


「ええ、そうよ。もしかして、あなたがご近所に住んでいる女の子?」


「そうだよ。私は、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと一緒に住んでいるんだ!!」


「よかった。今、挨拶あいさつに行こうと思っていたのよ」


「そっかぁ。でも、お姉ちゃん。もしかして、畑とかいじったことないひとかな?」


「そうなのよ。私は元々商人の家でね。この前起きた火山の噴火から、逃げてここに住むことになったんだけど……畑をいじるのって、どうやるのかわからないの」


「やっぱりそうだぁ。なら、ルイが教えてあげるよ!! 何を育てるの~って、イモだよね」


「うん、そうよ。もしよければ、教えてくれる? イモを育てられないと、私、すごく困るの」


「いいよ。イモなんて、4歳の時から育てているからね。私は、先生になれるよ」


「お願いします、ルイ先生!!」


 うう、年齢が半分くらいの女の子に頭を下げるなんて、我ながら情けないわ。でも、そうしないと生きていけないからしかたない。


 まずは、生きることに集中よ!!


「じゃあ、まずは雑草や落ち葉を集めるところからはじめよう!」

 彼女は元気いっぱいに私にそう提案する。


 なんで、イモを育てるのに、雑草や落ち葉が必要なのかしら?

 農業って難しいわ。


 ※


「たくさん、集めたわね」


「お姉ちゃん、まだ最初になのに、疲れすぎだよー」


「仕方がないじゃない。やったことがないんだもん」


「変なのー! 草刈りもしたことないなんて~じゃあ、火を起こすよ~」


 そういって、ルイちゃんは、雑草の上に松ぼっくりをのっけて、火打石をカンカンと鳴らしている。


 こんな小さな女の子に火を使わせて大丈夫なのかしら?

 私はそう心配しながら彼女を見ていたわ。


 もちろん、彼女は慣れていた。私よりもはるかにうまく、火を作り出していた。


「これで大丈夫だね! やっぱり、松ぼっくりはよく燃えるね! そうだ、おうちからイモを持ってくるよ。お姉ちゃんと焼き芋しようよ~」


「ええ、それは嬉しいんだけど、私は芋を植えたいんだよ?」


「わかってる、わかってる。準備にはまだまだ時間がかかるからね。それまでのひまつぶしだよ~」


 そう言って、彼女は走って家まで帰っていく。私はもう一歩も動けないほど疲れているのに、元気すぎるでしょう!?


 もう、田舎怖い!!


 ※


「美味しいね~」


「うん。悔しいけど、すごくおいしいわ」


「なんで悔しいのよ~変なお姉ちゃんだね~」


 彼女は、家から石とイモが詰まった鍋を持ってきてくれたわ。

 それをたき火で温めて、1時間で美味しい焼きいもが出来上がった。


 私がたき火の中に、直接イモを入れようとしたら、「それじゃあ、せっかくのイモが灰になっちゃうよ~」とルイちゃんに笑われた。


 私、何も知らないのよね。本当に……


 でも、この焼き芋は本当に甘くておいしい。

 村に来てから、シンプルな味付けなのに、美味しいものばかり食べているわ。


 やっぱり、産地で取れたものをすぐに食べるのが一番なのよね。はっきりそれがわかったわ。


「じゃあ、お腹もいっぱいになったし、そろそろ種芋の準備をしようか、お姉ちゃん?」


「はい、先生! 教えてください」


「じゃあ、このまな板と包丁でイモを切ってね!」


「えっ、イモってそのまま埋めちゃダメだの?」


「そうだよ~種芋は切って植えるんだよ~じょうしき、じょうしき~」


「ぐぬぬ」


 私たちは、イモを切っていく。イモを切り終わったら、ちょうどたき火が燃え尽きて、灰になっていたわ。


「ちょうど、いい感じに用意できたね! じゃあ、この灰が冷めたら、切ったイモにつけてね!」


「えっ!? 灰をつけるの? どうして?」


「そうしないと、イモが腐っちゃうんだ~灰がイモを腐りにくくしてくれるの!!」


 私が学校で習ったこともない知識を次々と披露してくれるルイちゃん。

 私にとってはもう、魔法使いも同然よ!


 すごいわ。まだ、10歳くらいなのに、農業のことなら何でも知っているのかもしれない。百聞ひゃくぶん一見いっけんかずって言うけど、やっぱり実際にそうなんだわ。


 知識と経験が一致しているって、こんなにすごいのね。


「先生、一生ついていきます!!」


「もう、お姉ちゃんはおもしろいな~! じゃあ、ふたりで頑張って、植えちゃおうよ~」


「はい、ルイ先生!!」


 こうして、私はこの村に来てから初めての先生ができたのよ。

 年下の先生だけどね!


「ねぇ、そういえばお姉ちゃんの名前、まだ聞いていなかったよね?」


「そうね。私はルーナ。ルーナ=グレイシアよ」


「ルーナさんっていうんだ! 素敵な名前だね」


「ありがとう。あなたは、天性の女たらしね、きっと……」

 先生は女の子だけど……


「何を言ってるのぉ~ でも、ルーナお姉さん!! 私と友達になってよ!」


「えっ?」


「だ・か・ら、友達になってよ。ご近所さんだから、いいでしょう。友達になってくれたら畑のこととか手伝ってあげるから~」


「いいの!!」


「うん! だから、これから一緒に遊んでね!」


「よろしくね、ルイ!」


「うん、ルーナお姉ちゃん!」


 こうして、私にとっての、新しい人生が始まったの。


 ※


「ねぇ、ルーナお姉さん!! せっかく友達になったんだから、今日は夕食を食べに来てよ!」


「えっ、でも、突然でご迷惑じゃない? 大丈夫かしら?」


「それなら大丈夫だよ。さっき、イモを取りに行った時に、お母さんに言っておいたから! スープもたくさん用意してもらっているよ!」


「そうなの? なら、お邪魔じゃましようかな?」


「うん!!」


「わかったわ。ありがとう。ちょっと、忘れ物を取ってくるから、待っててね」


 私は、急にルイちゃんの家に行くことになったので、慌てて準備をする。

 ずっと、畑仕事をしていたので、顔にまでどろがついているわ。


 井戸の水を汲んでおいてよかったわ。私は慌てて、泥を水で落とす。さすがに、初めての友達のおうちに、泥だらけで行くのは、怪しまれてしまうもん。


 そうだ、ルイちゃんにはずっと手伝ってもらったんだし、イモまでもらってしまったのよ。なにかお土産でももって行った方がいいわね。今後は、ずっとご近所付き合いがあるわけだし!


 アレン様が、私のために村長さんにあずけておいてくれた袋の中から、私はお土産になるようなものを物色する。


 干し肉やピクルスはちょっとあれよね……


 そうだ、袋の中に乾パンとドライフルーツが入っていたはずだわ。

 これなら甘いお菓子みたいなものだから、お土産向きよね。


 たしか、4人家族と言っていたから、少し多めに持って行った方がいいわね。


 本当はオシャレなドレスとかを着ていった方がいいけど、服はアレン様が用意してくれたものだけ。


 できる限り、清潔感がある服を選ぶ。


「こんなものでいいかな?」


 まるで、恋人とデートするみたいに、私はそわそわしていた。変な女だと思われたくないもの……


「どんな時でも、誠意を伝えればいいんだよ」

 昔、お父様に言われたことを思い出す。お父様も、権謀術数けんぼうじゅっすううずまく貴族社会でも誠実なひとだったわ。


 だから、王子に利用されてしまったんだけどね。


 でも、私に好意を向けてくれる人には誠意をもって対応しなくてはいけないわ。

 そうすれば、向こうもわかってくれるはずよ。


 そう自分に言い聞かせて、私は外に出る。


「お待たせ! じゃあ、行こうか!!」


「うん!」


 私たちは、手を握りながら、彼女の家に向かった。


 ※


「お、おじゃまします。はじめまして、近くに引っ越してきたルーナです。よろしくお願いします」


「あら、ご丁寧にありがとうございます。私は、ルイの母のメアリです。よろしくね、ルーナさん」

 ルイのお母様が、丁寧に挨拶してくれたわ。お母様は、少しふくよかで笑顔がカワイイ女性だった。


「あのこれ、お土産です。ルイちゃんに、畑を手伝ってもらったから、その――たいしたものじゃないんですけど……よかったら、食べてください。あと、さっきのおイモとても甘くて美味しかったです!」

 私は緊張で、頭がおかしくなりそうだったわ。


「あらあら、ご丁寧にありがとうね。まぁ、ドライフルーツ? こんな高価なのもをもらってしまっていいのかしら?」

 よかった、喜んでもらえた。

 ドライフルーツって高価なんだ……知らなかったわ。


「ええ、本当にルイちゃんには助けてもらってばかりで……ほんの気持ちです。食べてください!」


「なら、お言葉に甘えて! みんなでデザートに食べましょう! さて、夕食ももう少しでできるわ。今日はゆっくりしていってね、ルーナさん」


「はい、ありがとうございます!」

 なんとか、私のご近所付き合いデビューはうまくいったみたいね。よかったわ。


 ※


「たくさん、作ったから、いっぱい食べてね」

 お母さんは、そう言って笑った。


「うわ~ごちそうだ! ね、お兄ちゃん!!」


「うん、すごいな!」


 子供たちふたりもとても喜んでいた。


 チーズがかかったパスタとトマトのスープ、そして、焼いたベーコンとピクルスの4品。

 庶民にとって、肉は貴重品で、私のためにわざわざ用意してくれたんだ……


 その事実がとても嬉しかった。


「とても美味しいです。野菜がとっても甘くて!」


「でしょ~みんなで作った野菜だからね」


「そういえば、お父様はどこに?」


「ああ、パパは、出稼ぎに王都に行っているんだよ。だから、帰ってくるのは、2カ月後くらいかな?」

 マリアさんはそう言って、少しだけ寂しそうに笑う。


「出稼ぎですか?」


「そうよ! やっぱり、王都の方が稼ぎがいいからね。畑が忙しくないときは、そっちで働いているのよ」


「大変ですね……」


「ええ、もちろん寂しいわ。やっぱり、家族みんなで生活した方がいいもの。でもね、家族のために、パパが頑張ってくれるのも嬉しいのよ? ね、ふたりとも?」


「「うん!!」」


 ふたりは元気に笑った。

 そうか、それが普通なのね。私が貴族として、生活できていたのも、こういう風に働いてくれる人がたくさんいたからなのよね。


 何も知らない自分が少しだけ恥ずかしくなった。たぶん、あんなことがなければ、ずっと知らないまま生きていたのよね……


「ベーコン美味しい!!」

「あら、よかったわ」


 子供たちと一緒に食べる食事は、みんな自然に笑顔になって、私を幸せな気分にしてくれる。


 噴火の時から張りつめていた私の心を、みんなが癒してくれたわ。


 ※


「今日はありがとうね、ルーナさん」


 子供たちふたりを寝かしつけたお母さんは、私が待っていたリビングに戻ってきて笑う。


「いえ、こちらこそ、ごちそうになってばかりで……」


「いいのよ、気にしないで! 子供たちがあんなに楽しそうに笑っていたんだからね」


「やっぱり、お父さんが出稼ぎに行っていて、寂しいですよね?」


「そうね。でも、《《あなたほどじゃないわ》》」


「えっ?」


「ごめんなさい。村長さんから聞いているのよ。あなたが、伯爵領で起きた火山の噴火で、ご家族をみんな失ってしまったって」


「そう、でしたか」

 自分からどう伝えればいいのかわからなかったから、たぶん村長さんが気を利かせてくれたのね。


「無理をしなくていいのよ。あなたは農業なんてやったことないでしょう? だから、わからないことがあったり、困ったことがあったら、私たちに頼っていいのよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、私の視界はにじんでいく。


「あ、りがとう、ござ、います」


「うん。困ったときはお互い様よ。それにルーナさんは、本当にいい子よ。きっと、ご両親が素晴らしかったのね。あなたには、人を引き付ける魅力があるわ。だから、娘もすぐに懐いたのよ。ずっと、我慢していたんでしょう? 無理はしないで。つらい時は、泣いたっていいんだから……」


 どうして、私は、今日あったばかりの人にこんなに心を許しているんだろう。

 本当に、慰めて欲しかった人には、裏切られた。すべてを奪われたのに……


 自分に不利なことになるかもしれないのに、体を張ってまで私を守ってくれたアレン様……


 私のことを温かく受け入れてくれた村長さん。


 農業を教えてくれる先生でもあるルイ。


 そして、こんな私を包みこんでくれるお母さん。


 私は、そんな優しい世界に、甘えた。


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