第35話 結果
そして、ついに選挙当日。
私たちは早朝に投票を済ませて村へと帰る。
選挙と言っても投票場はバルセロク地方各地に点在していて集計結果を合わせるのにも時間がかかる。
選挙結果が確定するのは早くて2・3日はかかるはずね。投票当日の選挙活動は禁じられているから私たちは村の家でゆっくり過ごすつもりよ。
アレン様は私の横で馬車を運転している。
私は長かった選挙の疲れでウトウトしてしまっていたわ。
「さすがに疲れただろう? 村につくまで寝ていた方がいい」
アレン様は優しく頭をなでてくれる。
「運転してくれているアレン様の横で寝るのはちょっと……」
「気にしなくていいよ。今日までルーナがどれだけ頑張ったかよくわかってる。私はキミを守ったくらいであとは横についていただけだから……疲れてなんかいない」
「その横で守ってくれていたことがどんなに心強かったか……あなたが守ってくれなかったら私はたぶん死んでます」
「姫を守るために騎士は存在しているんだよ。それができたなら騎士冥利に尽きる」
「そういうところですよ」
「どういうところだい?」
言えるわけがないでしょ……そんなおとぎ話にでてくる騎士様みたいなところがかっこいいなんて……
私こんなに少女趣味だったかなぁ。
騎士様に憧れるなんて、王宮時代は考えてもなかったのになぁ。
むしろあの頃は周囲が敵だらけだと思っていた。みんな私の席を狙っていたから。同性は私を追い落とそうとしていたし……異性の騎士だってもしかしたら私を暗殺して後釜に自分の親族をあてがおうとするかもしれない。
だから、自分を守るためには用心深くならなくちゃいけなかった。
なのに、今の私はアレン様の横で無防備にウトウトしている。
変わってしまったわ。
いろんな意味で――
いえ、変えられてしまったというべきなのかもしれないわね。
「ところでルーナ? 私たちは婚約をしているわけだ。婚約者を様付けしなくていいよ。昔はアレンと呼び捨てにしてくれていたじゃないか……」
「あの時は私は王子の婚約者でしたし……でも、今は家柄も財産も地位もなにもありません。だから、呼び捨てにするわけには……」
「次期バルセロク地方知事閣下が何を言うんだい?」
「まだ結果が出ていませんよ。それにその言い分なら、あなたは元老院議員様じゃないですか?」
「良いじゃないか。せめて二人きりの時くらいパートナーとして振る舞って欲しいな」
少しだけ勇気を振り絞る。
「じゃあ、肩を借りますね。アレン?」
「うん、ゆっくりおやすみ。ルーナ?」
私たちは笑いあいながら幸せな時間を共有する。
※
そして、3日後。私たちは選挙本部へと出向いたわ。
選挙管理委員会の本部長から今日の正午に結果が言い渡される。
やはり票の集計と取りまとめには時間がかかるわね。
皆手作業でやっているから仕方がないわ。
イブール王国の選挙は不正の余地がないように厳密に行われる。
選挙結果に関してはどんな有力者だって拒否したり異論をはさむことはできない体制になっているの。
まず、選挙の投票用紙には魔術により複製防止対策がされている。
そして開票の時は複数の魔術師が立ち合い不正がなされていないか確認するの。
また開票人の買収もされないように3重の手荷物検査があるし、集計した票の間違いがないように3人が同じ票を数える。
ここまで厳しい状況を作ったうえで不正が認められた場合は厳罰が待っているわ。選挙本部員も買収されないようにかなり高額の報酬をもらっているの。
だから1度選挙が始まってしまえば、暗殺や有権者の買収くらいしか不正のしようがない。だから賢い政治家は、ライバル候補を何とか出馬させないように選挙前に動くのよ。
エル=コルテスがそうだったように……
この状況では私がどんなにうろたえてもどうにもならないわ。あとは審判が下されるのを待つだけ。
私は付き添いに来てくれたアレンの左手をゆっくりと握る。私の手は彼のぬくもりに包まれる。そして、彼の手が不動であるのに対して、私の手が小刻みに震えていたことも自覚する。
やっぱり、怖いのね。私……
「大丈夫だよ。自分を信じろ」
彼は力強く私を支えてくれる。
私は目を閉じてうなずいた。
「それでは定刻になりましたので発表させていただきます」
選挙本部長が口を開く。
「王国歴721年8月9日に投票されました第60回バルセロク地方知事選挙の結果を発表させていただきます。総投票数10万5034票です。得票数は届け順で発表させていただきます」
本部長はゆっくりと結果の紙を開いた。
まるで最後の審判を下す神のように厳格な表情ね。
「アーロン=コーラル463票、アルベルト=マクロン6321票……」
ゆっくりと名前と結果が読み上げられていく。
「現職ロヨラ=フォン=シーロ……」
エル=コルテスの代わりに出馬したロヨラ知事の順番ね。彼は番号を引き継いでいるから――
「3万8260票」
会場が驚くわ。私とロヨラ知事の事実上の一騎打ちだったから私がこの数字を超えることができるかが争点となる。
そして、最後に出馬を表明した私の順番がやってきた。
「ルーナ=グレイシア」
心臓が高鳴るのを抑えて私は彼の手を強く握った。
「4万9761票」
拍手がまき起きる。
「よって、ルーナ=グレイシアさんが第65代バルセロク地方知事に選出されました」
選挙管理委員会は高らかに私の勝利を宣言した。
私は自分が選ばれた実感がまだなかった。




