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第33話 演説

 結局、エル=コルテスの代理に保守党からはロヨラ現知事が引退を撤回して出馬した。彼も本当は出馬したかったらしい。やっぱりクルム王子陣営の圧力があったのね。


 とはいっても保守党から推薦を受けているからって、エル=コルテスよりも密接な関係にないから支援も限定的。


 さらに出馬するための準備期間もほとんどなかったのは厳しいようね。

 新聞の世論調査でも私たちの方が支持率は10ポイント以上高い。


 彼は今までの知事時代の実績をアピールして何とか挽回ばんかいしようとしているけど……


 3期12年も務めた現知事の人気には陰りが見えているわ。

 さすがに同じ人が10年以上地方のトップにいると問題も多く出てくるものよ。


 そして、今日は候補者討論の日。


 ロヨラ知事と私が同じ壇上で討論する。


 今回はお互いに誰の助けも借りずに壇上で戦い合うのよ。


 私は緊張しながら壇上に用意された席に座る。

 会場には数千の有権者が私たちを見守っているわ。


 前に座る現知事は白髪でがっしりとした体形の初老の男性。

 酸いも甘いも知る老獪な政治家。意志は強く自らリーダーシップを発揮するタイプの人らしいわ。


 逆に独善的になりやすく孤立感を深めやすいのが弱点とも……


 ただ、こういう時の押しの強さは武器ね。

 周囲を納得させてしまう力強さはこういう議論においてかなり有効だから――


 だから、今回は相手の攻撃を流すような形で今あるリードを守る。


 相手の得意な場所で戦わないようにして私の得意な場所で戦う。


 相手はキャリアが豊富だから正面からいっても勝ち目はないわ。


「それでは討論を始めたいと思います。まずは、ロヨラ知事お願い致します」

 司会の人はそう言って開会を宣言する。


「ご紹介いただきましたロヨラです。しかし、紹介は不要ですな。ほとんどの方は人生で一度は私に投票してくれたはずですから」


 会場は知事の軽口で笑いに包まれる。


「本来、私はここにいるはずではない人間でした。エル議長という素晴らしい後継者を指名したのですから……惜しい人を失いました。彼は私の作った道を継いでくれるはずでした。その彼がいなくなってしまった以上、私は今までの自分の功績に責任をつけなくてはいけません。今回の選挙が私にとって正真正銘の最後のものになるでしょう。よって、皆さんの力を借りて亡き友のためにも私は4期目の知事を目指す所存しょぞんでございます」


 会場は拍手で包まれた。

 うまいわね。あえて人間の心を揺さぶるような演説。

 エル議長との友情や今まで自分が作り上げた仕事の責任を訴えかけられたら否定することもできないわ。


 次の私の演説で盛り返さなくちゃ現知事の独壇場になってしまうわ。


「それではルーナ=グレイシア候補どうぞ!」


 私は席を立ち演壇に向かう。


 ※


 私は今までで一番緊張して壇上に立った。

 友情と責任を全面に出すことで知事は会場の雰囲気を自分のものにした。

 完全にアウェーな状況ね。


 ここで私が間違えたら一気に流れが変わってしまう。

 さすがはベテラン政治家。

 こういう雰囲気の作り方が本当にうまい。


 でも、あなたが友情と責任をアピールするなら、私も否定しにくいことで迫る。

 

「皆さん、来ていただきありがとうございます。ルーナ=グレイシアです。まずは、エル=コルテス前バルセロク地方議長の訃報ふほうに対して哀悼の意を表させていただきます」


 私は目を閉じて黙とうする。

 まずは故人を追悼する。私たちはライバルだった。命だって彼に狙われた。でも、彼の末路は1年前に私がたどるはずだったもの。


 だから、同情はする。

 彼は切り捨てられた側の人間だもの……


「エル前議長とは彼が亡くなる前にお会いさせていただきました。彼は多忙にもかかわらず私への誹謗ひぼう中傷を改めるために動いてくれました。まさに正義の人だったと考えています。そんな彼がテロの標的となり命を落とした。これは我々の議会政治への挑戦だと考えております。ロヨラ知事がおっしゃったようにエル前議長の意思を我々は引き継がねばなりません。ここで私たちが立ち止まってしまえばそれはテロリストの狙い通りなのですから……どんな悲劇が起ころうとも私たちが立ち止まることは許されません。それが故人に対しての私たちの責任です」


 会場からは小さな拍手が起きる。


「エル前議長は、この地方の政治に対して新しい風を取り入れようとしていました。立場は違えども私はその一点において彼と意見を同じにしております。私が事故で記憶を失った1年間、私はとある村に助けていただいておりました。その村の人たちは文字は読めませんでした。でも、笑顔だけはあった。部外者の私たちをその笑顔で温かく迎えてくださりました」


 会場は静かに私の話を聞いている。


「その村に一度、詐欺師が現れました。詐欺師は彼らが文字を読めないことをいいことに大事に収穫した農産物をだまし取ろうとしました。優しい人たちの笑顔が脅かされているのです。文字を読めないという一点が人々を不幸にしている。私はそれを変えたいと思ってこの選挙に立ちました。まずはバルセロク地方から変えていきたい。そう思っています」


 私は一息ついて話を続ける。


「ロヨラ知事の功績は偉大です。彼の任期中に海運はより発展し税収は拡大しています。しかし、私を助けてくれた村のようにその発展から取り残されてしまっている場所もまた多いのです。よって、私はそのような地域に手を差し伸べる政治を行いたいと思います」


 私はこう言って最初の挨拶を終えた。

 会場からは大きな声援が生まれていた。

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