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第3話 ゆがんだ王子

「殿下。ご命令通りに、ルーナ様を抹殺してきました」

 俺は虚偽きょぎの情報を伝える。


「ご苦労。馬車は確かに爆発したんだな」


「はい。幽閉予定の塔の近くで、魔力爆発が起きました。強力な爆発でしたので、一瞬にしてすべてが粉々です。証拠も何も残りません」


「さすがは、アレンだ。よくやってくれた」


「もったいなきお言葉」


「しかし、ここから忙しくなるぞ。まずは、伯爵家に替わる新しい後ろ盾が必要だ。金持ちを見繕みつくろってくれ。第2王子のクルーガーが、俺を追い落とそうと陰謀を張り巡らせている。とりあえず、金が必要だ。王都のルーナの家から、金になるものは片っ端から持ち出してしまえ」


御意ぎょい


 私は、気が重くなる命令を受けた。

 王位継承権を争う王子たちの骨肉の争い。幼少期から、その陰謀の世界に身を置いていた殿下は、ゆがんで育ってしまった。


 金と権威しか信じない人間。それが我が主だ。


「殿下、ひとつだけよろしいですか」


「なんだ。俺は忙しいんだ。手短に頼むぞ」


「ルーナ様に、愛情はなかったんですか?」

 4歳の時から16年間も婚約者だった女性だ。にくからずに思っていてほしかった。それくらいの人間性を持っていてほしかった。


「アレン? お前は、使ったらなくなるコインに愛情を抱けるのか?」


「……」


 私は絶句してしまう。もう、この人は人間じゃない。魔物か悪魔だ。


 天才的な政治力と調整力。人を惑わすほどの美貌びぼうを持ちながら、冷徹な剣のような性格。


 今回の火山噴火の失政も、亡くなった伯爵一家にすべてを背負わせて、自分の身を守ることに成功している。対外的には、自分の身内でもミスがあれば断固対応するヒーローのように自分を見せているんだ。


 だからこそ、国民の人気も高い。


「次回の元老院までに、今回の災害の報告書が必要になる。穴を作るなよ。下手なものを作れば、俺の首が飛ぶからな」


「わかりました」


 めかけの子供というハンディを背負いながら、正室の息子であるクルーガー殿下よりも早く宰相代理に就任した手腕。


 将来的には、王国ナンバー2の宰相になって、そのまま国王になろうとしている野心。


 そして、長く自分に尽くしてくれた恩人ですら、簡単に切り捨てる冷徹さ。


 まさに、覇道はどうを突き進む希代きたいの策略家の顔をのぞかせている。


「新聞にはこちらからリークしろ。伯爵家当主で婚約者のルーナを、王子は正義のために泣く泣く処罰した。ルーナは、王子の将来を考えて、自ら命を絶って、俺にむくいたとな……庶民が大好きな、悲恋ひれん物語の完成だ。俺は悲劇のヒーローとして、さらに人気が上がるぞ」


 自分がどうすれば、支持されるのかもよくわかっている。


「俺は国家のために長年の婚約者を処罰して、自殺に追い込んだことを後悔していることも付け加えろよ。そうすれば、新しい婚約者が見つかりやすくなるし、同情票も集まりやすくなる。叔父上もいつまで宰相をやるつもりだ。いい加減老害は引っ込んでいろ」


 彼は頭の回転がものすごく早い。

 どんな状況でも利用して、自分の追い風にしてしまう。


「できる限り派閥は増やすぞ。いつかは、叔父上の派閥も乗っ取ってやる。つじつまを合わせるために、俺はしばらくに服す。書類は、部屋のほうに回してくれ。めんどくさい行事に参加しなくてもいい分、ここで一気に仕事をする」


「御意」

 婚約者を暗殺して、一切の感慨や罪悪感を感じていない。

 そもそも、王子様がここまでゆがんでしまったのもイブール王国の風習が問題なんだ。


 イブール王国の王室は完全に実力主義だ。

 幼少期から兄弟たちと激しい競争を繰り広げる。生まれた順で、王位継承権は決まるが、あくまでも暫定ざんてい順位だ。何かしらの問題があれば順位なんて簡単に入れ替わってしまうのだ。


 だからこそ、各王子とその取り巻きは、激しい政治抗争を繰り広げていく。

 

 15歳になれば、王子たちは貴族の枠で、元老院議員となり、さらに成果を求められるんだ。王族たちは、王党派を母体とする保守党に入り、政治を実地で学んでいく。


 そして、その元老院でも最も活躍したものが次期国王になる。


 国王になるための最短ルートが、元老院内の選挙で選ばれる国家のナンバー2宰相就任だ。


 宰相は、国王を除く王族を上回るほどの権力を持つ。

 自分が気に入られない施策は、決裁を拒否することで、問答無用で廃案に追い込むことができるからだ。


 また、王族以外でも選挙に選ばれれば、就任することが可能な最高位の役職でもある。理論上は、たたき上げの平民でも、選挙に選ばれれば、宰相になれるのだ。


 実情は、王族と論功行賞的な意味合いで大貴族の当主しか就任したことはないんだけどな。


 現宰相は、現国王陛下の弟君であるクワトロ=イブール大公が務めている。


 国王陛下と弟君は例外的に兄弟仲が良く、仲良く地位を分け合った。


 そうであれば、こんな骨肉の争いで、王子様たちの性格がゆがむこともないのにな。


「それでは、殿下。私はこれで失礼します」


「ああ」


 この人に彼女が生きていることは絶対に発覚してはいけない。


 ※


 傷も治って、私の村での生活も始まる。不安でいっぱいよ。基本的な家事は、一応学校で習ったけど、実際にやるの初めて。


 村長さんから、廃屋はいおくと自給自足できるくらいの畑を譲ってもらったわ。なんでも、数日前に亡くなった後継ぎのいないおばあさんの家だったらしい。


 つい最近まで住んでいたので、基本的な家具はそろっているし、少し掃除すれば、住めるようになるわ。


 ああ、どうやって火を起こせばいいのかしら。まきとかおのとかを使える自信がないわ。


 アレン様から、最低限の生活費と食料を用意してもらっていたけど、それも大事に使わなくてはいけない。


「よく、王都では田舎でスローライフがしたいとか、あこがれるっていう人もたくさんいたけど、実際になにもしらないまま農業しなくちゃいけなくなったら、こんなに怖いんだ」


 正直に言って、物価の相場とか全然わからないから、誰かに助けてもらわないと生きていけないわ。友達が欲しい。


 とにかく、畑に行ってみましょう。前に住んでいたおばあさんが、使っていた農具を自由に使っていいということだから、なんとか自分が食べるものくらい作れるようにならないと!


 ※


「これでいいのかしら?」


 私は、おばあさんの畑を見よう見まねでたがやした。農具は重くて、手が痛い。豆ができて、つぶれちゃった。

 うう、農家の皆さんは、いつもこんな大変なことをしていたの?


「これがみんなの憧れのスローライフの現実なのね。貴族が簡単にできると思うほど、この暮らしは甘くないわ」


 こんな大変なことを毎日する農家さんはすごすぎるわ。


「ええと、村長さんが言うには、イモを育てるのが初心者向きらしいわね。種芋ってやつを譲ってもらったんだけど、どうやって植えればいいのかしら?」


 私は貰ったイモをそのまま地面に植える。


「これでいいのよね?」


 見よう見まねで怖すぎる。誰かに教えてもらいたいけど、友達もいない。


 ひとりってこんなに心細いんだ……知らなかった。


 だって、帰れば、執事さんやメイドさんはたくさんいたし、学園の友達もいたわ。


 なのに、今は、私だけ。


 ※


「妹が……いや、あなたは王子の婚約者ではなくなったから、もう建前たてまえはいりませんね。私は、あなたのことをひそかに、思っていたんですよ。それは許されない気持ちでした。だから、あなたを妹のような存在だと、必死に思いこもうとしていた。でも、もうその必要性も無くなる。あなたは平民になってしまったけれど、そのおかげで何のしがらみもなくなった。そのような姫をさらわない騎士がいると思いますか……?」


「笑っていなさい。あなたは生きているんだ」


「いいかい、心までは腐らせちゃいけない。しっかり食べて、しっかり生きるんだ。そうすることしか、人間は過去には打ち勝てないんだからね」


 ※


 助けてくれたアレン様や村長さんとの会話を思い出して、私は頭を振った。


 だめよ、ネガティブになったら、ドンドン闇に落ちてしまう。悲しい世界だけど、救いだってあるんだから。


 アレン様や村長さんの顔を思い浮かべる。こんな私のことを助けてくれる優しい人たちもいる。私だけが不幸なわけがないわ。火山の噴火で家族を失ったのは私だけじゃないもの。


 私だけが悲劇のヒロインになったところで、お父様たちに顔向けできないもの。


 幸せになって、いつも笑っていなくちゃ、皆が安心できない。


 でも、さすがにこのままじゃ、ちゃんとイモを育てられる気がしないわ。


 そう言えば、村長さんが、あの家のご近所さんは家族4人だと言っていたわね。勇気を出して、イモの育て方を教えてもらおうかな?


 絶対にその方がいいわ。私一人でやって、貴重な種芋が全滅したら、それこそ路頭ろとうに迷うもの。


 私は勇気をもって、ご近所さんを頼ろうと家に戻ろうとすると、急に女の子の声がしたわ。


「お姉ちゃん、ダメだよ! そんなんじゃ!! イモが泣いちゃうよ~」


―――――


(主要人物)


ルーナ=グレイシア(伯爵令嬢→平民)

 主人公。20歳。婚約者であったクルム王子の策略で、冤罪を押し付けられて失脚し、平民になる。騎士のアレン=グレイシアに助けられて、彼の領地の村にかくまわれる。

 伯爵家は、裕福で、その財力を使って権勢を誇っていたが、火山噴火と王子の策略で没落。一人娘として大事に育てられてきたため、世間知らずなところもあるが、温厚で人望は厚い。


アレン=グレイシア(騎士)

 クルム王子の側近で、優秀な騎士。25歳。田舎貴族の次男として生まれたが、実力で王子の側近まで成り上がった優秀な男。主君の婚約者だったルーナに人知れず恋をしていた。真面目で誠実な性格で、策略家の王子とはバランスが取れた主従関係を保っている。

 次期、騎士団長最有力候補で、実直なイケメンなので、社交界でも人気がある。だが、恋愛関係においては不器用。


クルム=イブール(第1王子)

 イブール王国第1王子で、ルーナの元婚約者。20歳。妾の子として生まれて、権力基盤が弱いものの、その天性の政治力で、後継者レース最有力候補。ルーナの実家の財力を有効活用し、元老院内でも権力を固め、宰相代理に最年少で就任した。

 冷徹な策略家で、人を道具としか思っていない。


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