第29話 暗殺
この攻撃は避けられない。
自分に迫る火球をみつめながら私は不思議と冷静だったわ。
もしかしたら死ぬかもしれないのに……
「逃げることはできまい! 燃え尽きろ」
暗殺者は狂気に満ちた笑いを響かせている。
「やれるものならやってみなさい。その程度の魔力で私たちの理想は崩せないわ!」
私はそう叫んで目を閉じた。
やれることはやった。
改革の火は灯されたはずよ。たとえ私がここで倒れても、私の理想を受け継いでくれる人は必ず出てくる。
『クロニカル叙事詩』はもうすぐ出版される。この国の発端は自由を求める声だったはずよ。あの叙事詩にはそれが詰まっている。少し勉強すれば今まで貴族が独占していた知識も解放される世界がもうそこに迫っている。伝えたいことは、あの出版ですべて伝わるはず。
時計の針はもう進んでいるの。
元に戻すなんて誰にもできないわ。
エル=コルテスは――いや、クルム王子をはじめとする保守派はそれを理解できていないのよ。だから、こんな時代遅れの手段で私を消そうとする。
変革を求める民衆の意思は、もう誰にも止められないのだから……
火球の熱が伝わってくる。
いい人生だったわ。
絶望を味わったこともある。でも、その絶望も村や仲間たち、そして、アレン様が埋めてくれた。絶望を超える希望を周囲の人たちが私に注いでくれたわ。
だから、もう後悔なんてない。
少しでも幸せになりたかった。誰かに本当に愛されたかった。死ぬにしても、愛してくれる人に囲まれて死にたい。あの絶望の日に考えたことは、もうかなってしまったんだから……
「言っただろ。姫を救わない騎士なんていないってさ」
「えっ?」
不意に大好きな人の声が聞こえた。
アレン様だった。
彼はいつの間にか私の前に立っていた。腰の剣に手を伸ばしている。
「愛する人を目の前で奪われては、カステローネの英雄の名が泣くさ」
彼は美しい所作で剣を抜く。しなやかな剣先があざやかに火球の中心を貫いていく。それはまるで、神話の世界の出来事のように美しい光景だった。
私たちにぶつかる直前で魔力は二つに分かれて崩壊していく。
こんな芸当ができる人なんてたぶん世界にほとんどいないはずよ。
高速で移動する魔力の核を精確にとらえる必要があるから……
少しでもずれてしまえば爆発するであろう魔力の塊を二つに切るというのは想像以上に難しいはず……
それが一瞬の状況でできるのが――
カステローネの英雄たるアレン=グレイシアなのね。
「ケガはないか、ルーナ?」
最愛の運命の人は、いつものように私に優しい笑顔を見せてくれた。
私の胸は高鳴り続けている。
※
「ありがとうございます、アレン様」
私は彼にまた、命を救われた。王子に暗殺されそうになった時も、今回の件でも彼は常に私のために動いてくれる。
そんなおとぎ話に出てくるような騎士様がそこにいた。
「無事でよかった。一瞬で終わる。ちょっと待っていてくれ」
アレン様は私にそう言い残すと、暗殺者に向かって突進した。
「この怪物がァ」
刺客はそう叫びながら第二波の準備をしていた。賊の両手に魔力が集まっている。
でも、不意打ちで仕留めることができなかった刺客にもう勝ち目はなかった。
アレン様はすでに距離を完全に詰めていた。
騒然となる人間たちを物ともせずに、壇上から刺客の男に向かってとびかかる。
男は抵抗しようとしていたが、無駄だった。
アレン様の愛剣がさやに納まったまま男のみぞおちを強打した。
「ぐへっ」
男は苦しそうな声をあげて一撃で卒倒する。
「安心しろ。殺しはしない。お前には雇い主の情報を吐いてもらわないといけないからな」
無力化した男を取り押さえて他に仲間はいないか周囲を凝視するアレン様……
「大丈夫か……」
安全を確認してアレン様は私に目配せしてくれたわ。
よかった。アレン様にもケガはないみたいね。
会場もアレン様が敵を捕らえたことで落ち着きを取り戻す。
「強すぎる。狙撃魔法を真っ二つにしたぞ。不意打ちなのに……」
「それも遠距離にいた魔導士との距離を一瞬で詰めたぞ。あの距離なら剣士は圧倒的に不利じゃないのかよ?」
「知らないのか? カステローネの時は数人の魔導士をひとりで制圧したんだぞ!?」
「まさに、英雄だな」
※
その後、私たちは20分ほど質疑応答を再開し無事に会見を終えることができた。
その間、アレン様が暗殺者を尋問していてくれたけど……
「ダメだ。どうやら、口の中に隠していた毒のカプセルで自殺したようだ。なんの情報も吐かなかった」
会見が終了してアレン様のもとに向かうと彼は首を横に振っていた。
「どうやら覚悟の上の犯行だったみたいですね」
「ああ、でもあの状況下であんなことが起きたんだ。どんなに巧妙な隠ぺいを図っても間違いなく悪影響は生まれる。それにあの会見ではエル=コルテスをルーナと俺は完全に論破したんだ。もう流れは完全にこちらに来ている。一気に勝負を決めよう」
アレン様は私の頭をゆっくりとなでてくれる。
この人と一緒ならどこまでも行けるような気がしてくるわ。
「アレン様と一緒ならどこまでもいけますね」
私がそう言うとアレン様も笑う。
この瞬間に私は幸せを強く自覚する。




