第26話 妨害
私たちの陣営は選挙の手続きを完了していよいよ臨戦態勢になったわ。
出馬させないように妨害されるのを覚悟していたんだけど、手続きはすんなり終わってよかった。
いよいよ、来週から本格的な選挙運動解禁日。
戦争が始まるわね。
あとは向こうがいつから仕掛けてくるかね。クリス男爵はこちらからもネガティブキャンペーンや策略を仕掛けるべきだと言ってくれたんだけどね。
私はあえてそういうダーティな手段はとらないようにしようと思うの。
理由はいくつかあるわ。
まず資金力と動員できる人数が違い過ぎて、正面から撃ち合うと私たちに勝ち目はないから。たしかな不正の証拠があるなら別だけど、それがないなら防御に徹して自分たちの主張を伝えて勝負をしていく方が安全よ。
安易に策略戦争を仕掛けても手段や伝達方法が限られている私たちにとっては不利。もしかしたら、墓穴を掘ってしまうことになるかもしれないからね。向こうはそういう政争が得意な人たちだから、同じ土俵に上がらないようにしていくべきね。
そう説明したら男爵も納得してくれたわ。
「わかりました。ルーナ殿がそう言うなら私もついていきます」
私たちはこの1年間、ずっと共犯関係だったから不思議な信頼関係が出来上がっているわ。
一緒の会議に参加しているアレン様は口を開く。
「だが、ルーナ? 向こうは権謀術数に長けた政治家だぞ。間違いなく卑劣な妨害工作をしてくるに決まっている。それに俺たちはクルム第一王子からそうとう恨まれているはずだ。あいつらは何が何でも俺たちを追い落とそうとしてくる。どういう対策を用意してあるんだ?」
「そうですね。間違いなく妨害は発生するでしょう。だからこそ、こういう対策を考えています。私達3人だけの秘密にしてください」
私はふたりに紙を手渡す。私が考えていた貴族退治のための秘密作戦よ。
「アレン様はこの紙の内容に従って動いてもらえればと思います。たぶん、エル=コルテスの思考や行動原理を考えれば、たぶんこの対策方法が一番有力だと思います。内務省にもコネクションがあるアレン様が動いてくれれば、うまくいくはずです」
「だろうな。だが、どうやってここまで深い情報をつかんでいたんだ?」
「私たちには出版ギルドのコネクションがありますから。本屋さんは記者さんたちに顔がきくんですよ」
「なるほど……」
これで対策はみんなに納得してもらえたわ。
あとは想定通りに動けばいいけど……
会議中に本屋さんが慌てて私たちのもとにやってきた。
「大変です、皆さん!! 怪文書が出回っています!!」
ついに来たわね……
※
「怪文書にはどんなことが書かれているんだ!!」
アレン様は少しだけイライラしているように見える。
「こちらに出回っているものを持ってきました」
本屋さんは私たちに怪文書を見せてくれる。
それにはこういう風に書かれていたわ。
※
―自分の領土を見捨てて生き残った巨悪令嬢が知事選出馬―
ルーナ=グレイシアは”森の聖女"と呼ばれている。
たしかに、彼女がこの1年間でやってきたことは立派である。
字が読めない平民に字を教えてけが人や病人には無償で魔力による治療をおこなってきた。
そうこの1年間彼女は、立派に森の聖女を演じて周囲を《《だまし続け》》てきた。
だが、彼女の行為はしょせんは欺まんであり、偽善である。
そもそも彼女が本来の地位を失った原因を思いだして欲しい。
彼女の先祖代々の領土が大災害に遭遇した。
そして、彼女の家は大事な領民たちを助けることができなかったのだ。
甚大な被害が発生し彼女は領民を守るという義務を果たせなかったからすべてを失ったのだ。
彼女はすべてを返上し自分の命で罪を償おうとした。
その事実は、前回の災害の被害の責任が彼女にあるということを認めるに等しい。
つまり、彼女は領地経営に失敗した貴族の生き残りだ。
そんな女が知事となってこのバルセロク地方の長になるなど認めることはできない。
有事の際に彼女に地方の指揮を任せてはいけない。
彼女は能力に欠ける。
その事実だけは忘れてはいけない。
高貴な性格と政治家としての能力は別である。
※
「あげて落とす典型的な怪文書ね、これ」
私はあきれて思わず笑ってしまう。
「好き勝手書かれていますね。でも、どうやらルーナ様の性格にはケチをつけられなかったようだ」
男爵は苦笑いしている。
私、そんなに聖人じゃないけどな。
アレン様も乾いた笑いをしている。
「しかし、この悪口は否定するのが難しいぞ。あえて個人の性格攻撃に走らないように実績を上げるような形で書かれている。相当な手練れだぞ、この文章の書き手は!」
「ええ、そうですね。でも、怪文書の達人なんて私はなりたくはありませんわ」
私の冗談に二人は厳しい顔を完全に崩して笑い始める。
大丈夫よ。怪文書なんて学生時代に、第一王子の婚約者だったから嫉妬に駆られた同級生にたくさん書かれたわ。
その延長線上にあると考えれば少しは気分も落ち着く。
こういう時はこちらも正直に正面から突破するわ。
「アレン様、本屋さん。できる限りの記者さんたちを集めてください。保守派・改革派関係なしにお願いします」
「まさか!?」
「はい、そのまさかです。あらゆる質問に正直に答えましょう。有権者と私たちの信頼関係を作るチャンスです」
※
数日後。
私たちは新聞の記者さんを集めて会見を開いたわ。
数十人の記者さんたちが着席して私たちを待っている。
緊張するわね。
「それではみなさん、お待たせしました。バルセロク地方の知事候補・ルーナ=グレイシア登場です」
本屋さんが司会をしてくれて私たちは会見を始める。
私は簡単な自己紹介をおこなったわ。
そして、双方向の受け答えに移る。
質問のトップバッターは女性の記者だった。
「バルセロク新聞です。ルーナ候補は、基本的に教育改革を柱に選挙活動をおこなうとのことでしたが具体的なお話を聞かせていただけませんか?」
まずは様子見ね。とても答えやすい問題だわ。
「まず、平民の方々が学べる教育の場を増やすことが急務です。現在の我が国の識字率は、大陸の大国の中でも下位です。このまま、なにもしなければ列強国との差は離れていくばかりで、国の抜本的な成長ができなくなると考えていますわ」
「教育と国力の増強にどんな相関関係があるんでしょうか?」
「教育はすべての基礎です。何も芽がないところからは花は生えてきません。教育はすべての種子なんですよ。技術革新、農業の生産力アップ、災害への備え。すべては字が読めないことにははじまりません。国中の国民が文字を読めて、計算ができる。それが理想です。その理想郷の中から歴史を作る新しい発見やアイディアは生まれてくるんです」
「しかし、平民ひとりひとりに字を教えるよりも、貴族たちのようなエリートに集中して勉強を教えた方が効率的ではありませんか? 無理に農家の子供に勉学を教えても村の労働力が減って農地が荒れる心配はありませんか?」
「たしかに効率で言えばそちらのほうがいいかもしれません。しかし、それでは社会の構造が硬直してしまうのです。国を強くするには新しいアイディアが必要です。現在の体制を維持することだけに集中してしまっては新しいことが生まれずに他国に後れを取るんです。そうすれば、すべての国民が不幸になります。教育とは投資です。将来への投資がなければ、将来の発展はありません」
「ありがとうございます。とても素晴らしいお考えだと思います」
彼女は笑いながら納得した感じになった。
よかった。うまくいったわね。
最初で雰囲気を作れれば、あとはうまくいくはず。
私も少し安心したんだけど、次の相手は予想外の人物だった。
「では、私からもいいかな?」
その男に見覚えはあった。
私の最大のライバルであり、対抗馬のエル=コルテスその人だったから……




