第25話 選挙
私たちは選挙の準備をはじめる。
事前予想ではエル=コルテス地方議会議長と私が競っているわ。
私の支持層は改革を望んでいる中産階級や豊かな農家のひとが中心になっているわ。
中産階級というのは一代で富を築いた新興商人や学力で成り上がった役人、学者さんが多いわね。彼らは遅れて力をつけたせいで特権階級たちのことを苦々しく思っているのよ。だから、私たちの目指す改革に賛同してくれる。
本当の意味での支持層である庶民の人たちは、残念ながら納税額を満たさないため参政権がないの。
だから、私の本当の意味での支持層は選挙に参加できないわ。国民全員が政治に参加するために私たちは改革しようとしているのに……
とてももどかしい。
それに対してエル=コルテス陣営は主に特権階級を支持母体にしているの。
つまり、特権をそのまま維持したい昔からの名家ね。
貴族や聖職者、古い大商人ね。すでに特権がある人たちはそのまま特権を維持したい。だからこそ、変革を嫌う。当たり前よね。そして、このまま制度を維持できるなら一生涯、特権を使ってぜいたくな生活ができるのだから。
だけど、その特権階級が徐々に横暴になっているのよ。
不当に税金を重くしたり、非特権階級を差別するようになったりね。
そして、彼らが富を独占するために知識まで独占しようとした結果、今の国全体の閉塞的な状況を作り出している。
ただ、富裕層が後ろにいるので資金面でも豊か。
敵ながらうらやましいくらいの力を持っているわ。
今のところ支持率では……
エル=コルテス:42パーセント
ルーナ=グレイシア:39パーセント
正直に言うと自分でも驚くほど接戦になっていると思う。
だって、持っているものや知名度が違い過ぎる。彼はずっと政治や経済の分野で影響力を持っていた人間。私は"森の聖女"なんて言われてうわさにはなっていたけど、正体はずっと秘密にしていたわ。
そんな得体の知れない女に期待してくれている人たちがこんなにいるということは、みんなこの閉塞感を解決したいんだと思う。
このまま本格的な選挙活動になれば私たちの考え方はもっと多くの人たちに伝わるわ。そうすれば逆転のチャンスは私たちのもとに転がってくるはず。
あとはあきらめずに地道な作戦で支持を拡大するわ。
大きなブームを作り出せば奇跡は起きる。
それが私たちの夢の第一歩だから。
一番の問題は……
「エル=コルテス陣営がどんな妨害はしてくるかね。たぶん、この結果を見て向こうはなりふり構わず戦ってくるわ」
私は覚悟を固めて新しい一歩を踏み出す。
※
―敵陣営―
「エル議長。事前予想が届きました」
ついに選挙の準備に取り掛かった俺たちに速報が届く。
新聞の事前予想だ。
普通なら俺がダブルスコアで圧勝しているはずだ。
家柄・王族とのコネクション・金。
俺はすべてを持っているからだ。
今回は自由党なんて言う庶民派がずいぶんと生意気を言っているらしいが、しょせんは泡沫候補。放っておいた。
「ふん、どうせ俺が圧倒的な予想だろ? どれどれ」
だが俺の甘い予測は簡単に裏切られる。
俺が1位であることには変わりはなかったが……
支持率は……
エル=コルテス:42パーセント
ルーナ=グレイシア:39パーセント
「差がわずか3パーセントだと!?」
俺は新聞を握りしめてぐちゃぐちゃにする。頭が沸騰するように熱くなっていた。
二倍差はあると確信していた差がほとんどなかったから……
まるで世論から――世界から否定されたような気持ちになる。
俺は選ばれた大貴族の一族だぞ!?
兄はエリート官僚。
姪は次期国母。
俺は大商人にして地方議会の長!!
俺が歩けば下々の民は道を開ける。地方の知事ですら生殺与奪の権利を握っている俺が……
僅差の1位。いくらクルム第一王子の元・婚約者とはいえ、今は単なる平民の女。
そいつが俺とほとんど変わらない支持を集めているだと……
この結果は広く国民に知れ渡る。
俺の屈辱的な事実がなぁ!
単なる平民の女に負けかけている情けない大商人。
この事実を押し付けられてしまえば俺が持っている政治的な影響力は下がってしまう。そして、社交界では笑いのタネになるだろう。
「あいつは、平民の女にあやうく負けそうになった男だ」となぁ……
こんな屈辱、選ばれた存在である俺に降りかかるなんて許されない。
「おまえ、今まで何をしていたぁ」
俺は秘書を罵倒する。
「いえ、今まで選挙活動のために資金をかき集めたり……」
「そう言うことを聞いているんじゃない! どうしてこんなに追い上げられているにも関わらず、俺に報告しなかったんだ!? この無能者がぁ」
「いえ、エル様の命令では自由党陣営はとりあえず放置でいいと。まずは資金集めからはじめて選挙中に叩き潰すと……ネガティブキャンペーンのためには、まずは資金が……」
「それは当初の案だ! どうしてここまで追い上げられている状況をつかむことができなかった!? 平民ごときにここまで追い上げられたのはお前の職務怠慢が原因だ。そうだろ?」
「しかし……」
「選ばれしものに、口ごたえするな。この無能者め!!」
俺は秘書の腹に足をけりあげる。秘書は苦しそうに倒れ込んだ。
「家族ごと消してしまいたいが、お前にはそんな価値もない。消えろ! お前にもう用はない。クビだ」
俺はそう言って床に倒れ込んでいる秘書を軽蔑して別室に入る。
計画の練り直しが必要だ。