第21話 ルーナ=グレイシア
私が手紙を書き終えて1週間後。
アレン様が家にやってきたわ。
「わざわざ来てくださったんですか」
仕事が忙しいのに、私のために時間を作ってくれる彼に申し訳ないと感じつつも、頼りがいを感じてしまう。本当の意味で私の王子様はアレン様ね。
そんな思春期の少女みたいなことを考えてしまう。私は汚い政治の世界をずっと見て来たのに彼のことだけは信じることができるのよ。
それがどれだけ奇跡のようなものかよくわかってる。だから、大切にしたいわ。
彼が危機的な状況になったら、私は命を張ってでも彼を守る。
それが私のために命を懸けてくれた彼にできる恩返しだもの。
「ああ、王都で動きがあったからね。キミたちに説明したかったんだ。俺もフリオ閣下に会うことはできるかな?」
「えっ!?」
私は驚きながら声を失う。だって、そうでしょう?
アレン様はクルム第一王子の側近中の側近よ。幼少期からサポート役として常にともに動いてきた陣営の重鎮。
アレン様は近衛騎士団の副団長という重責を若くして担っているのもその人間関係が影響しているわ。
だから、アレン様がフリオ閣下と接触するというのは異例中の異例。
敵陣の幹部が、対立陣営の最高権力者に接触する。
まるで戦争の前触れみたいな状況よね。
「大丈夫だ。ルーナが心配してくれているのはわかるよ。でも、今回は悪いニュースじゃない。むしろ、キミたちにはいいニュースを持ってきたんだ」
「いいニュースですか?」
「そう。俺はクルム王子と取引した」
「取引?」
「実は、俺はこの1年間、秘密裏に宰相様と接触していたんだ。俺たちの後見人になってもらおうと思ってな」
「宰相様ですか!?」
現宰相様は、国王陛下の弟よ。あの兄弟は、イブール王国の中でも例外といっていいほど兄弟の仲が良い。
つまり、宰相様が私たちの後ろ盾になってくれるならそれは国王陛下も公認してくれることと同義。でも、宰相様がどうして私たちの後ろ盾に? 利点があるのかしら? いえ、そうじゃないわね。宰相様との接触は完全にクルム王子への裏切り行為だもの。
つまり、王子と宰相様との間になにかあったのは間違いないわ。
「そうだ。実はクルム王子と宰相様は政治的に対立している。クルム王子は宰相様を追い落とそうとしているんだ。そうしなければ、自分が王国ナンバー2になれないからな。王子はかなり強引な手法を使って情報局を掌握したが、その手法が周囲の反発を呼んだ。そして、宰相様は危機感から王子と対立を始めたんだよ」
やはり、そういうことね。なら、私という存在は切り札になるわ。
元婚約者の暗殺未遂なんて大スキャンダルだもの。
でも、そんな王子を裏切るようなことをしたら……
アレン様の立場はどうなるのよ!?
※
いや、落ち着きなきゃだめよ。
これはアレン様が選んだこと。
つまり、クルム王子を裏切ってまで私を選んでくれたということね。
いままで自分が作ってきたキャリアをかなぐり捨ててまで、彼は私を選んでくれた。なら、私も彼を最大限信じなくちゃいけないのよね……
でも、立場としてこれだけは言いたかった。
「どうして、私のためにすべてを捨ててくれるんですか? もし、最終的に宰相様が負けてしまえば、アレン様の身だって危ないんですよ。私のためにすべてを捨てちゃって本当に良かったんですか?」
「最初から言ってるだろ。ルーナはすべてを賭けるほど魅力があるんだよ。キミには俺の人生をすべてかけるほど大事な存在なんだ」
ここまで言ってくれる人がいてくれるだけで私は幸せ者よ。彼が居なければ、私はここにいることもなかった。何も持たない私を受け入れてくれるのは彼しかいない。
彼が私のためにすべてを投げうってくれるなら、私も彼にすべてを捧げなくちゃいけないのよね。
「ありがとうございます。アレン様、1年前の返事をここでさせてもらってもいいですか?」
「うん」
私たちは、ろうそくの灯りだけを頼りに暗夜に浮かぶ月に誓いを立てる。
お互いにこの1年間ずっと心に秘めていた本心をさらけだすのよ。
※
「妹が……いや、あなたは王子の婚約者ではなくなったから、もう建前たてまえはいりませんね。私は、あなたのことをひそかに、思っていたんですよ。それは許されない気持ちでした。だから、あなたを妹のような存在だと、必死に思いこもうとしていた。でも、もうその必要性も無くなる。あなたは平民になってしまったけれど、そのおかげで何のしがらみもなくなった。そのような姫をさらわない騎士がいると思いますか……?」
「うそ、いつから……」
「それは、次に会った時にお話ししましょう。私の求婚の返事もその時にお聞かせください。それでは、もうすぐ目的の村です。逃げる準備をしてください」
※
あの時から1年も彼を待たせてしまった。
でも、今なら言えるわ。私も覚悟ができた。すべてを賭けてくれた彼のことを好きにならないわけがないじゃない。
「ずっと、待たせてしまってごめんなさい。1年前のプロポーズ本当に嬉しかったです。こんな私でよければ結婚してください。ずっとあなたと一緒に時計の針を進めたいです」
胸がドキドキする。
心地よいのに生まれてしまう沈黙。
そして、その先にある未来。
「ありがとう。幸せにするよ、ルーナ」
月明りを横目に見ながら私たちはキスをする。
この瞬間、私は本当の意味で"ルーナ=グレイシア"になったわ。
そして、私たちは永遠を誓い合う。




