第20話 アレンvs王子
―王宮―
昨日、ルーナから手紙が届いた。
フリオ閣下と接触後、自由党の結党と知事選出馬を打診されたとのこと。
やはり、時代が彼女を放っておかなかった。
すべては偶然に見えて必然なんだ。人間の縁なんてそういうものだ。
もし、ルーナの脱出の時、自分以外の人間が護衛についていたらこんなことにはならなかっただろう。俺以外の人間だったら彼女はあそこで死んでいた。歴史は別の方向に向かっていた。
だからこそ、俺はあの時の自分の決断を褒めてやりたい。
俺こそが今後の歴史を作るための一石を投じたんだからな。
さて、やるか……
今が決別の時だ。
俺はクルム王子の部屋に突入する。
※
「なんだいきなり? 大事な話があると聞いたが」
彼はいつものように冷たい目で俺を見つめている。
俳優のような澄んだ目は、殺気に満ちていた。
「はい、大事なお話があります」
「ほう」
「あなたの護衛として10年以上仕えさせていただきました。でも、それも今日までにさせていただきたいんです」
「辞めるのか?」
「はい」
「そうか」
殿下はあっさりとした声で俺の辞任を受け止める。まるで、以前からこうなることを知っていたかのようだな。
「そして、私はこの1年間あなたを裏切っていました。そちらについても告白させていただきます」
ここですべての真実をばらすのはリスクが高い。だが、ここで追手を差し向けてくるようだったら、俺がみんなを守る。それが領主であり、彼女を愛する者としての義務だからだ。たとえ、殿下に弓を引いたとしても……
「ルーナは生きています」
俺は、彼女を守る。
※
クルム殿下に真実を告げると、俺たちの間に沈黙が流れる。
これで終わりだ。
長く続いた彼との主従関係も……
「お前も私を裏切るのか?」
殿下はすがるような声を出す。意外な反応だった。
まるで親に甘える子供のような……
「殿下、もうあなたの考えにはついていけませんでした。私は、ルーナを妹のように思っていたんです。その彼女を自らの手で殺せなど――従えるわけがないじゃないですか」
「お前もか。お前だけは俺の味方だと思っていたんだ。なのに、どうして……」
「たしかに殿下の生い立ちは同情いたします。しかし、だからといって他の者に冷酷になるなど、為政者のするべきことではありません」
「お前にとやかく言われる筋合いはない。だが、これは完全な宣戦布告だぞ。わかっているんだろうな。王族に対して弓を引いて生き残れるとでも?」
「あなたと長年つきあってきた私が何の対策も立てずに1年間過ごしてきたとでも?」
「まさか……」
「そのまさかです。すでに、宰相様にはすべて報告済みです。これで、ルーナの身になにかあったらあなたの後継者としての立場は永遠に失われます。長年連れ添った部下としての最後のご奉公をさせていただきました」
「裏切ったうえで、何を言ってるんだぁ!! アレン!! 盗人猛々《ぬすっとたけだけ》しいぞ」
「ルーナはバルセロク地方の知事選に身分を明かして出馬する予定です。その際にあなたのやってきたことを全部ばらすことだってできたんですよ。でも、あなたのことを考えてこのシナリオにしたそうです。私も宰相様にはこのシナリオだけ伝えました。あなたも合わせてください。さもなければ、あなたの政治生命は終わりです」
俺は、シナリオを渡す。
ルーナは幽閉場所に向かう途中に責任を感じて、自ら命を絶つために崖から飛び降りたが近くの村人たちに助けられた。しかし、飛び降りた衝撃によって記憶を失っていた。
「このシナリオは怪しいところもありますが、なんとか辻褄は合っています。あなたがこのシナリオを承認せずに、ルーナに危害を加えるようなことがあれば、あなたの政治人生は破滅します。私が証言に回った時の衝撃を理解できないほどあなたは愚かじゃないでしょう?」
俺は、ルーナを守るために殿下を脅す。
「今後どうなるかわかっているだろうな。危害は加えなくても、俺はお前たちを潰すぞ」
「覚悟のうえです。惚れた女性を守ることができなくて、なんのために騎士をやっていると思っているんですか? あなたは政治家としては正しいのかもしれない。でも、人間として、男として正しいとは思えない。俺たちの関係はここまでです」
俺は絶縁状を叩きつけて、部屋を出た。




