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最終話

 私の一言で場は凍りつく。


「それは我が国への宣戦布告と考えてよろしいのでしょうか、ルーナ様?」


「そうお考えになりたいのであればそうしてください。我々は侵略にも内政干渉にも応じるつもりはありません。国民が一丸となってあなた達に対抗します」


 ルイーダはその発言を聞いて笑い始めた。


「まさか、ここまで馬鹿だったとはね。あなたたちの理想で多くの人が死ぬ。国は滅ぶ。国王という正当性を失ったあなた達は滅びの運命しかありえない。いい気味よ」


「大罪人は黙っていなさい!」


「ひぃっ」


 私が凄んだらルイーダは絶句してしまった。


「ルーナ様、では私は本国にその旨を伝えさせていただきます。我が国はあなたの政府を正当政府とは認めません。大陸最強の国を敵に回す代償をあなた方は払うことになる」


 そろそろ頃合いね。私は時計を見つめた。

 部屋の外は騒がしくなった。


「大使閣下、本国より大変な連絡がっ!」


「なんだ!?」


「グレア帝国主力艦隊がイブール王国のバルセロク港に集結した模様です。グレア帝国首脳部は、新政府を承認するようです」


「……」

 大使は目を見開いて震えた。

 私達の勝利が確定した瞬間だった。


「なるほど、反ヴォルフスブルク陣営の盟主を引きずり込んたか」


「はい。クルム政権になってから停止されていた安全保障協定を再開することになりました。グレア帝国としても、ヴォルフスブルクの喉仏のどぼとけに位置するイブールを味方に引き込めるメリットは大きい」


 大使は一人だけ納得したようにうなずきはじめた。


「まさか、この短期間に関係を修復したのですか」


「グレアとの関係修復は、政権を取る前から極秘に動いていたものです。バルセロク知事時代からのコネはありますから。あそこは港湾都市です。いろんな人と知り合えました。さあ、大使。立場は逆転です。兵を引いて、反逆者を引き渡してください」


 大使は、目をつぶり少しだけ間をおいた。


「なるほどすべての経験があなたを作っているのか。地方に追放されたという不幸ですら力に変えるとは。王手をかけたつもりがこちらが詰んでいたのですな。まいった、まさかここまで完璧に負けるとは」

 大使は、手をあげておどけたような仕草をする。


「何を言ってらっしゃるんですか、大使? それだと私達はどうなるのですか。私たちは亡命できるのですよね」

 ルイーダはすがるように大使にすがるように叫ぶ。


「残念ながら、我々はグレア艦隊と戦うよりも、あなた方を見捨てるほうがメリットが大きいのです。本国はすでに戦争を回避する方向に動いているでしょう。我々にできることはここまでです。あとは、弁護士に依頼したほうがよろしいでしょう」


「……嘘よ、私たちは裁判なんて受けなくていいはずよ。なんでそんなことを言うの?」


「……ルーナ閣下、貴国の反逆者は引き渡しましょう」


「ご協力いただき感謝します、大使」


 これでヴォルフスブルクとの取引は終わりね。

 あとは、反逆者を連れて行くだけ。


 王子とルイーダはうつむきながら小声で怨嗟えんさの言葉を繰り返していた。


 まだ、敗北を認めいないのは魔女だけだった。

「大使閣下、まだ戦争で負けたわけではありません。あきらめてはいけません」


 彼女は追いすがった。


「君は優秀だった。今までの工作の数々、とても見事だった」


「ならば!!」


「だが、一番肝心なところで間違えた。我々のイブールにおける影響力は工作前よりも低下した。本当に余計なことをしてくれたな、この愚か者が」

 

「ひぃ、助けてください。次は、次こそは……」

 イブールでは恐れられていた魔女はまるで捨てられる子犬のように追いすがる。


 私は彼女にとどめを刺す。


「残念ながら、あなたは負けました。あなたは敵国への内通者であり、すべての混乱の元凶として我が国の歴史に刻まれます」


「私はメディアの女王よ。歴史をつくるのは私。政治の流れもすべてを作ることができるの」


「それはあなたの思いあがりよ。あなたは歴史をつづるだけが役割。真実をみんなに伝えるのが使命で、流れを作り出すのは傲慢にすぎない。あなたを世紀の裏切り者と正しく後世に伝えるか、それを未然に防ごうとするのが本来のマスコミの役割。あなたは道を踏み外した」


「嫌だ、私は黒幕として世界を握る!」


 魔女は震える声で宣言する。しかし、その宣言の直後に大使から放たれた魔力は、魔女の体を正確に撃ち抜いた。


「う、そ」

 魔女は人形のように崩れ落ちて動かなくなる。


「ルーナ宰相、魔女はこちらの機密を知りすぎているのでお渡しはできません。ですので、こういう形を取らせていただきました。表向きは、境遇について絶望し自死したとしてください。彼女は火遊びが過ぎたのです」


 その炎が自分自身を燃え尽くしてしまったのか。悲惨な話。


「それでは、クルムとルイーダのふたりはこちらで連行します」


「ええ、どうぞ」


 私が目配せをするとアレンと護衛の兵士たちは、2人を取り押さえた。


「何を根拠に我々を逮捕するつもりだっ!?」

 王子は最後にほえた。


「クルム。あなたはすでに大罪人のため、呼び捨てさせていただきます。見苦しいですよ。共犯はすでにすべてを洗いざらい証言しています。あなたが海賊騒動の黒幕であり、彼らの遺産を強奪した主犯であり、そしてアマデオ殿下暗殺を主導していた大罪人であるのはすべて明らかです。それらだけではなく、挙句の果てに、国王陛下を暗殺しクーデターを引き起こした。極刑は免れない」


「極刑だと!! いやしい身分のくせに何を言う!? 我は国王だっ!」


「それは裁判の場でお話しください。ただ、ひとつ言わせていただければ、たとえ国王であっても法の下の制限は受けます」


「あの火山騒動の際にお前を殺しておかなかったのを今でも後悔する」


「っ!」

 私は、思わず怒りを爆発させそうになった。でも、実際に怒ったのはクルムを拘束していたアレンだった。


 アレンは、クルムの顔面を強打した。王子は勢いそのままに壁に叩きつけられる。


「なにをするんだ、アレン!!」


「場をわきまえろ、大罪人がっ! 元王族といえ、今のお前は国王陛下暗殺を含めた裁きを待つ身だ。収容された時点で、身分は一時的にはく奪されている。今のお前が宰相閣下に暴言を吐くなどありえないことだ!」


「なんだと……だが、王族は……」


「いつまで過去の栄光にすがっている。すでにお前は王族などではない。いままで自分が差別してきた平民よりも下の身分に落ちたのだ。もう一度、殴られたくなければ、宰相閣下に謝罪をしろ」


「おれが、謝るのか」


「早くしろっ!!」


「やめてくれ。頼む。謝る、謝るから……ルーナ、さきほどは……」


「謝罪に敬称もつけることができないのか、クルム!!」

 私もびっくりするほどの怒号が響いた。


「……っ。ルーナ宰相閣下、さきほどは身分を考えずに暴言を吐いてしまい申し訳……申し訳ございませんでした」

 クルムは屈辱に震えながら、そう謝罪した。


「クルム。もう一つ残念なことを教えなくてはいけませんね。昨日、元老院と国王陛下代理は国家の今後の方針を決定しました。全会一致で、我が国は王政から完全なる"民主共和制"へと移行することが決まりました。国王陛下代理は王位につくことなく平和的に退位します。私たちが準備していたイブール共和国憲法は近い将来、承認されるでしょう。この国には、もう王族も貴族もありません」


「くっ……」

 獣のような声で王子は苦しそうにつぶやいた。

 この発言に一番動揺したのは自称王妃だった。


「うそよ、私たちが王族でも貴族でもないなんて、そんなのは嘘……いやぁぁぁぁあああ。死にたくない。ギロチンなんて嫌っ」

 ルイーダは錯乱して暴れる。護衛は思わず彼女の腕を放してしまった。彼女は、護衛の追跡を振り切って大使館の外へと走っていく。


「ダメよ、早く捕まえて。外には大使館に抗議するために集まっている民衆がっ!」

 彼女は錯乱しているため、民衆たちが自分に向けての敵意を示していることすら忘れていたのだ。


「ああ、王族を支援してくれる人が集まっているのね。助けて、このままでは殺されてしま……ぎゃっ」

 自国の民衆に武器を向けて虐殺をした挙句に、敵国に亡命しようとした裏切り者に容赦はなかった。


 もみくちゃにされながら、あらゆる方向から拳が彼女めがけて飛んでいく。


『この裏切り者がっ!!』

『売国奴め、なんでお前を助けなくてはいけないんだ』

『自称王妃、笑わせるな』


「いや、痛い。私は王妃なのよ。やめて、死んじゃう。こんなの嫌だ。助けて、私は皆からうらやまれるために生まれてきたのに。こんな最低な死に方、いや……よ」

 ルイーダは絶叫しながら苦しそうな声を上げている。


「すぐにやめさせて。彼女はきちんと裁判を受けさせなくちゃいけないわ」

 護衛は、怒り狂った民衆を落ち着かせて彼女の救出に向かった。


「クルム、わかったでしょう。もうあなた方には逃げる場所なんてないわ。誰ももうあなたを助けない」


「ちがう、ちがう、ちがう。俺は国王なんだ。この国で一番偉いんだ。ずっと我慢してきた。母上も死んでからずっとだ。俺はこの国に復讐がしたかっただけなのに。どうして、王国は滅ぶんだ。共和制? 認められない。そんなことはありえない。ちがう、ちがう、ちがう。俺は国王なんだ。この国で一番偉いんだ。ずっと我慢してきた。母上も死んでからずっとだ。俺はこの国に復讐がしたかっただけなのに。どうして、王国は滅ぶんだ。共和制? 認められない。そんなことはありえない」


 王子は、同じ言葉をひとりごとのように繰り返し続けていた。自分の妻を助けようという発想すらないようだ。

 

「ルーナ、ダメだ。クルムは完全に心が壊れている」


「そう、ですね」

 僭王せんおうはもう抵抗すらできない状態になっていた。


 私たちは崩れ落ちた政敵を見つめてゆっくりと手を握る。

 こうして、私たちとクルムとの長い長い戦いは終わりを告げた。


 ※


―3か月後―


 教会の鐘が鳴り響く。

 自由党政権は、順調なスタートを切っていた。


 憲法は完成し、身分に関係なく政治や経済活動、教育が行なうことができるようになった。


共和制の初代内閣は、


宰相:私

外務大臣兼副宰相:(前)宰相閣下

財務大臣:フリオ

軍務大臣:シッド将軍

文部大臣:ロヨラ(元)バルセロク地方知事

でスタートした。


 実力派の大臣を固めて、党務や議会側も自由党最高幹部たちががっちりサポートしてくれている。教育改革は完全に実現し、ルイちゃんは奨学金で来年から大学に進学することも決まった。


 アレンは総参謀長のポストを提示したんだけど、「ルーナの夫が軍の中枢にいるのはおかしい」と固辞して、軍を退役したわ。


 彼なりの不器用なプロポーズに少しだけ苦笑しながら、私たちは指輪を交換した。


 クルム一派の裁判は現在でも進行中よ。

 リムル元・局長とコルテス元・子爵はすでに裁判が終わり、海賊たちの遺産を中心とした裏金は国家に戻り、彼ら自身はギロチンの露に消えた。


 ルイーダは、なんとか暴徒から救い出されたが重度の障害を負ったわ。補助なしで歩くこともできないし、食事もできない。裁判では直接的な犯罪へのかかわりが認められなかったため、減刑されて終身刑となり服役している。かつて、自分が見下していた者たちのおかげで自分が生きているという当たり前の事実を毎日痛感させられるのはある意味で死ぬよりも辛いことかもしれない。


 王子は関連する罪状が多すぎるため、裁判が遅れている。しかし、心が壊れたショックですべて洗いざらいすべてのことを正直に話し続けている。火山騒動の一見も彼の証言によって露見し、私の両親の名誉は完全に回復したわ。


 いまは幾度も発生した私の暗殺未遂についての審議が続いている。

 すでに重要性が高い国王陛下暗殺の審議は終わり、死刑は確定している。よって、現在の裁判は事実確認のためのものになっているわね。


 王子は、死の恐怖で症状は悪化しており、かつて自分が闇に葬った相手の幻影を見ながら牢獄でおびえ続けている毎日を過ごしている。


「長すぎる戦いでした。今後は、先の混乱の後遺症にも対処しなくてはいけませんからね」


「大丈夫だ、我々ならそんな壁なんて乗り越えられる。今までもそうしてきたじゃないか」


「はい」


 そして、私たちは神前へと足を進めた。一緒に戦ってきた仲間たちに祝われながら。


「これからもずっと一緒ですよ、アレン」

「ああ、絶対にこの手は離さない」


 私たちは誓いのキスをする。


 ルイちゃんが作ってくれたお花のブーケが宙を舞った。(完)


読んでいただきありがとうございました!

これにて完結です。


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― 新着の感想 ―
[一言] 共和制なら君主が居ないのだから宰相や大臣ではなく大統領や長官では?
2022/04/10 04:41 退会済み
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