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第134話 王子の破滅

―王宮―


「陛下、前線からの連絡です。コルテス宰相率いる討伐軍がシッド・アレン両名が率いる賊軍に敗れました。宰相閣下は敵軍の捕虜になった模様です」


「なんだと!?」


「すでに、王都の防衛は絶望的な状況です。いかがいたしますか?」


 俺は持っていた王の剣を地面に叩きつける。王都には、治安維持用の最低限の兵力しか置いていない。主力部隊が壊滅した以上、ここの防衛は絶望的だ。


「即位して、数日しか経っていないのに、王都を捨てなければいけないのか……」


 横では父親を捕虜にされたルイーダが心配そうにこちらを見つめている。


「陛下! 父のことなど気にしないでください。今では、我々が国王と国母。我々の安全が第一です。すぐに、ここを捨てて逃げましょう。そうだわ、魔女がいるじゃないですか。彼女に頼んで、つてがあるヴォルフスブルクに撤退しましょう。そこで皇帝陛下に助けていただき、捲土重来けんどちょうらいを!」


「しかし、国王が逃亡など……」


「違いますわ。逃亡ではなくて、撤退や転進です。国王たるもの戦略眼をもって動いてください。ここで負けても大陸最強のヴォルフスブルクがこちらに味方してくれれば、賊軍など恐れるに足らずです」


 一理あった。


「そうだな。すぐに馬車の手配を……我々は、ヴォルフスブルク帝国に撤退する」


 ※


「急げ、敵はすぐにやってくるぞ。戦えるものは武装しておけ。王宮の周辺にいる群衆を追い払わねばならない」


 馬車の準備は数時間後になんとか整った。すでに暴徒がルーナが収監されている監獄に押し寄せている。


 こちらに暴徒が来るのも時間の問題だ。


「早くしなさい。宝石に絵画、それからドレス。できる限り持ち出すのよ」


「王妃様……お言葉ですが、そうすると馬車が足りません」


「別にいいのよ。あんたたちみたいな、下々の者はここに置いていくわ。暴徒と好きなだけ遊んでいなさい。おとりになればいいじゃない。国家再興のためのいしずえになれるわよ。子孫たちには好待遇を約束してあげる」


「そ……そんな」


 くそ、このままで出発が遅れてしまう。


「ルイーダ。急げ」


「ですが陛下、向こうで私たちが一文無しになってしまえば、品位が傷つきます。ヴォルフスブルクの貴族たちに笑われるなんて、私のプライドが許しませんわ」


「だが……」


「あと10分で終わります。もう少しだけお待ちください」


「くそ……」


 追手が来る前に早く逃げなくてはいけない。海賊たちの遺産で持ち出しやすいものはすでに馬車に詰めてある。


 ここからは時間との勝負だ。

 俺が考え事をしているとひとりの役人がすがりついてきた。


「陛下、おいていかないでください! 我々はあなたの協力者として、長年仕えてきたのです。おいていかれでもすれば、暴徒たちに殺されてしまいます」


「うるさい!! お前らのような下級役人にかまっているひまなどないわ。どけっ」

 

「ぐへ」


 俺は無礼者を斬り捨てる。

 すべては大義のためだ。


 ※


 私たちは、囚人たちを解放した。

 自由党幹部、前宰相閣下を含めて要人たちは皆無事に解放されたわ。


「よかった。ルーナ、無事だったか!」


「フリオ様もご無事で何よりです」


 私たちはそう言って再会を喜んだ。

 監獄のバルコニーで私は救ってくれた人たちに無事を報告した。


「皆さん、監獄は陥落し、悪逆非道なリムルや自称宰相は逮捕されました!」


 私がアレンから聞いた事実も含めてスピーチをおこなうと、皆は拍手で喜ぶ。

 

「残るは、国王陛下を暗殺し王位を簒奪さんだつしたクルムたちを逮捕するだけです」


『ああ、俺たちの力で国を取り戻すぞ』

『今まで圧政をしてきた貴族社会はもう崩壊寸前だ』


「さあ、王宮にいる人たちと合流し、我々のためだけの政治をおこないましょう。王都を完全に、簒奪者から奪い返すのです!」


 ついに、行進ははじまった。

 監獄から奪った武器と地方兵団の先行部隊が合流し、ゆっくりと私たちは王宮に向かう。


 これで完全にチェックメイト。

 すでに王都防衛師団は壊滅し、王宮の防衛は不可能。


 しかし、追い詰められていたクルムたちが取った行動は、私たちの予想を超えるものだった。


 王宮の正門近くまで行進をおこなった私たちはそこが地獄絵図になっていたことを悟った。


 そこには、丸腰の民衆たちが傷だらけで倒れていた。


『医者を……』

『王宮から兵士たちが急に出てきたと思ったら、いきなり攻撃を……』

『やつらは馬車でどこかに逃げていった』


 うずくまった人たちは苦しそうに言葉を発している。

 手当てができる人は、すぐさま救助活動を始めている。


 私はその状況に絶望しながら


「まさか、自分の国の丸腰の民衆に向けて、攻撃するなんて。それも自分で始めた混乱の責任を取らずに逃げるなんて……これが自称でも国王がやることなの?」


 アレンは、私を慰めるように肩を持って言う。


「それがあいつらのやり方だ。自分たち以外は道具としか考えていない」


「もう、こんな悲劇は終わりにしましょう」


「ああ、それが命令だな、ルーナ宰相閣下?」


 任期的には私は宰相でない。現宰相の侯爵は、この混乱の中で行方不明。もしかすると、クルムと同じ馬車に乗っている可能性だってある。


 同じく国王が死亡し、その暗殺の容疑者である王子が逃亡中。ならば、この際の王位継承権筆頭は、国王の弟である前宰相閣下のはず。


「ルーナ。順番から考えてもキミが宰相だ。国王の臨時代理としてそう任命しよう。さあ、やってくれ」


「わかりました。つつしんでお受けします」


 私は目を閉じて、皆を見つめた。


「イブール王国宰相として命じます。宰相直属部隊"ファントム"はすぐにクルム一派の追跡をおこなってください。相手は国家に対する反逆者たちです。即時、攻撃を許可します」


 ※


「逃げろ、早くだ。アレンやルーナに気づかれたら間違いなく追手が差し向けられる。それまでに国境を抜けるんだ!」


 あと数時間走らせれば、安全地帯だ。すでに、魔女を経由してヴォルフスブルクには亡命を連絡済みだからな。


 あとは、うまくやればいい。


 しかし、そんな願いもむなしく俺の前を走っていた馬車は空中からの攻撃で大破炎上した。


「早すぎる」

 俺はぼう然となりながら炎上する馬車を見ていた。突然の爆発によって馬たちは驚き次々と転倒する。俺の馬車も同じだった。客車は馬の店頭によって横転する。何度か天と地が逆転して、俺は外に放り出された。


 いたるところから血が噴き出ている。


『ファントムだっ! アレンが来たぞ』


『やめてくれ、降伏する。降伏する。命だけは助けてくれ、ぎゃぁ』


 次々と炎上していく馬車たち。


 国王専用の馬車以外は、爆撃されていく。

 側近や護衛たちは馬車を離れて方々に逃げていった。


 ケガをした俺だけが取り残される。


「クルム王子、降伏してください。元側近として最後の情けです。大人しく降伏し裁判を受けてください。あなたには直接剣を向けたくはない」


 悪魔のような元側近は、空から下りてきて最後の勧告をおこなった。


「裁判。何を言っている。俺は国王でお前たちは国王に仇なす敵だ。国王は、臣下にひざまずくなどありえない」


「殿下。あなたは、負けたのです。ルーナの政治力にも、私たちの指揮にも敗北したあなたは敗者です。国王ではありません」


「違う、俺の敬称はもう"殿下"じゃない。陛下だ!! 俺は負けてなどいない」


 最後の力を振り絞って、俺は立ち上がって剣を構えた。


「これは国王だけが持つことを許された剣だ。よって、これを持つ私が国王だ」


「違います。あなたは国民によって選ばれたわけではない。それがわからないようではその剣はただの古びた剣にしかすぎません。あなたは、道を誤った。その結果がこれです。護衛や側近たちは皆、消えて、実の家族すら手にかけたあなたにはその血塗られた手しか残っていない」


「違う、違う、違う!!」


 俺は震える脚でアレンに突撃した。


「殿下、私はあなたとルーナと一緒にこの国を皆が幸せになるように変えていきたかった。それができずに残念です。あなたが道を踏み外す前に止めることができなかった私にも責任があります。その責任は、この国に生涯仕えることで返していきます。あなたの分まで」


 アレンは一瞬で俺が持っていた宝剣ごと斬った。宝剣は折れて粉々になっていく。


「うそだ、痛い」


「安心してください、命までは奪いません。あなたは裁判を受ける権利がある」


 鈍痛で意識は遠のいていく。だが、ここで終わりではない。


「アレン将軍っ! ルイーダと魔女がおりません!」


「なんだと!!」


 ああ、あのふたりは俺たちとは別の場所に向かった。

 たとえ、こちらの逃亡が失敗したとしても、保険をかけていたのだ。


 まだ、俺はあきらめていないぞ。


 ※


―宰相府―


 私は宰相府で執務を取る。今回の政治的な混乱で実務はかなり滞っている。早く通常の仕事に戻らなくてはいけない。


 だが、その前にやらねばならないことがあった。

 王子たちの処遇だ。


 アレンの活躍によって、クルム・コルテス・リムルなど敵の最高幹部はすべて捕虜にできた。


 だけど、最大の問題がここに発生したわ。

 クルム王子の妻であるルイーダと新聞を操り情報工作を担当していた魔女の2人が、クルムとは別行動をとっておりその両名がヴォルフスブルク大使館に亡命したのだ。


 王子の本命はどうやらこちらの大使館だったらしい。


 ヴォルフスブルクは大陸最強国家。魔女はおそらく、ヴォルフスブルク側のスパイ。


 ヴォルフスブルクは巨大な国力で最強国家であり続けているが、周辺国は連合してそれを抑え込んでいる状況にあるわ。


 その最強国家の大使は正式なルートを使って、こう脅してきたのだ。


「クルム一派を即座に解放し、我が国への亡命を認めるように」と。


 そして、自由党最高幹部会議が開かれた。


「ゆゆしき問題だ。国家反逆罪の疑いがある大罪人を釈放しろなど無茶苦茶な要求が行われるとはな」

 フリオ様がそう苦しそうにつぶやく。


「すでに、ヴォルフスブルク軍が国境に展開している。下手に拒否すれば、我が国は大国との戦争に突入するぞ」

 国王陛下代理も悩ましそうに声を上げている。


「しかし、これを受け入れれば、将来の禍根を残すとともに国内もまとまらなくなる。ヴォルフスブルクの属国になる運命しか待っていませんよ」

 私は、当たり前の事実をそのまま口にした。


「であれば、やはりルーナ案しかないでしょう。ヴォルフスブルク大使の最後通牒の期日は明日の正午まで。ここはルーナ宰相にすべてを任せるしかないでしょう」

 アレンはそうまとめた。


 私にとっては重い責任を持つことになるけど、仕方がないわね。


「わかりました。では、明日、私がクルムを連れて直接、ヴォルフスブルク大使館に乗り込んで交渉します」


 よろしくたのむぞと一同はうなずく。


 すべてを賭けた交渉が幕を開けた。


 ※


―馬車内―

 

 翌日、私たちは王都郊外にある大使館に向かう。

 交渉は、私とアレンが代表となって行うこととなった。

 向こうの要求によって、クルムを同席させることになっていた。


「はは、どうだ。お前たちは勝利を確信していたようだが、こちらの方が上手だったろう! お前らは破滅だ。大陸最強国家を敵に回すのだろうからな。これで私はヴォルフスブルクの力を借りて王座に復帰する」


「たとえ、母国が属国になっても構わないと?」


「お前たちのようなものが、神聖なる我が国を汚すことに比べたらましだ!」


「あなたは王の器ではありません。この国は民のものです。あなたには渡しません」


 馬車の中の元婚約者との対話は決裂した。


 ※


―ヴォルフスブルク大使館―


「ルーナ様、ご足労いただき感謝いたします」

 ヴォルフスブルク大使であるザルツ公爵は私を出迎える。

 彼は、弱小であったヴォルフスブルクを再興した忠臣の子孫。

 ヴォルフスブルク内でも発言力が強い大物大使だ。


 そして、私は会議室に案内される。

 そこには、ルイーダと魔女が待っていた。


「ああ、陛下っ! よくぞご無事で。ああ、ひどいケガを。ルーナたちにやられたのね! この不忠者たちめ。汚い手で私の陛下にさわらないで頂戴!」


「私たちが汚いのであれば、あなたたちの手は血で汚れている」


「平民の血なんてものは貴族のためにあるの。真の王者はそれを流させるのが仕事よ!」


 いったい、どんな教育を受けたらこんなに歪んだものになるのよ?


「まぁまぁ、ルイーダ陛下。落ち着いて。すぐに陛下はこちらに戻ってきますわよ。ねぇ、ルーナ閣下?」


 もはや勝利を確信したかのような魔女の邪悪な笑顔だった。虎の威を借りるキツネか。


「では、単刀直入にお聞きしましょう。ルーナ様。クルム陛下をこちらに引き渡してください。そして、亡命を承認すれば貴国は救われる。もし、こちらの提案を拒否した場合は、実力をもって奪還させていただきます。さあ、ご回答を……」


 私とアレンは目配せして政府としての結論を伝える。


「大使、私達イブール王国としての決定をお伝えします」


「はい」


「イブール王国は、ヴォルフスブルク帝国の提案を拒絶します。王子は我々の手で裁きます。そして、そこにいる大罪人両名の亡命は認めることができません。即時、引き渡しを要求します」


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