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第133話 王子派の破滅

―リムル視点―


「どうなっている!! 群衆が詰め寄せていて、このままでは王宮に帰ることができないぞ!」


 外から怒声が飛んできていた。


『ルーナ宰相閣下を返せ!』

『議会を無視したうえに、冤罪えんざいを作り出したクルム一派は許せない』

『祖国に自由と解放を!』

『正当なる国家の守護者を取り戻す』

『そもそも、ルーナ様には国王陛下を暗殺する動機もなければ、利益もない』


 民衆たちの中には貴族の姿も見えた。


「なんとかしろ! 王都防衛師団の力を借りることはできないのか? このままではじきに監獄の壁が突破されるぞ」


「それが……」


「なんだ、早く言え」


「王宮にはこれ以上の人数が押し寄せており、防衛師団はそちらに手いっぱいのようで……」


「なんだと!? 王宮に群衆が……ちゃんと守備はできているのか!! 群衆のような低い身分の者が、あの中に押し入ったりなどすれば歴史に残る汚点になる。あの場所は、イブール王国において神聖不可侵の聖域だ。死守せねばならぬ!」


「それは当然ですが……このままではこちらの監獄がもちません。そうなれば、政治犯はおろか閣下の安全すら脅かされかねないかと……」


「仕方あるまい。看守たちに武器を配れ。向こうは丸腰だ。仮に、監獄の敷地内に入ってきたものは殺してしまえ」


「よ、よろしいのですか!?」


「大丈夫だ。この監獄は武器保管庫としても機能している。さすがに、こちらが武装すれば、向こうはひるむはずだ。銃口で脅せば、さすがに解散するだろう」


「わかりました」


 そして、看守たちには武器が配られた。


 ※


 私がここに籠城してから1日が経過した。


『早く解散しなさい。仮に、敷地内に侵入した場合は、問答無用で射殺する。すでに命令はでているのだ』


『ついに、武器で民衆を脅すのか!!』

『この恥知らずがァ』

『政策や選挙で勝てなかったから、ついに力で勝とうとした。王族には絶望したぞ!』


 民衆の怒りは少しずつ上がっているのはわかる。だが、実際に武器を見たことで、少しだけたじろいでいるな。


 あとは、王宮からの救援を待てばいい。


 少しだけ気分を落ち着けて、私は水を飲む。

 気分は少しだけ晴れた。


「閣下、魔力通信で連絡が……」


「どうした?」


「前線からの報告です。コルテス宰相閣下が、シッド・アレン率いる地方軍に敗れたようです」


「なんだと!!」


「人数が時間とともに増加する地方軍を倒すために、決戦を強いられたようです。宰相閣下は敵軍の猛攻撃を受けて敗走。王都防衛師団の主力は壊滅したようです。このままでは、王都に賊軍が……」


「嘘だろ……」


 そして、その情報は民衆にも伝わったようだ。


『こちらに地方軍が来てくれるぞ!』

『クルム一派の軍隊は壊滅だ!!』

『我々の正義はここに証明された』

『魔力が使えるものは援護に回れ! 私たちも覚悟を示すぞ!』

『収容されている元老院議員には手を出すな。看守も極力殺してはいけないぞ。情報を聞き出せ』

『よし、皆行くぞ! 我らのルーナ様を取り戻す。民衆の怒りを、わからずやの貴族に示すのだ』

『正義はこちらにある!!』


 観衆たちが叫びだすと、監獄の正門が爆破された。魔力による攻撃だ。

 宰相軍が敗れたことを聞いていた看守たちには、もはや民衆を退ける気力はなかった。次々と武器を捨てて投降する。


「閣下……お逃げください!」

 看守長は叫んだが、逃げ場などどこにもなかった。ただ、捕まる時間を遅らせるために、どこへ向かう予定もなく走ることしかできない。


 無惨で絶望的な逃走劇がはじまった。


 ※

―コルテス子爵視点―


 王都から出陣したわが軍は、挙兵した地方兵団総監率いるシッド将軍の部隊と対峙していた。

 総兵力は、こちらが5万。

 シッド将軍が3万。


 それも向こうは地方兵団中心の2軍だ。

 完全武装された王都防衛師団が負けるわけがない。


 だが、アレンもあの賊軍には合流している。指揮官二人の有能さだけは気を付けなければならない。

 

 まあ、宰相命令で各地に散らばっている正規軍はこちらに合流するようにしているから時間が経てば経つほどこちらが有利になる。数的な優勢は時間が経てば経つほどこちらのほうが大きくなっていくからだ。


「コルテス宰相閣下っ!! 第2師団と、第4師団がもうすぐこちらに到着します。こちらの斥候部隊が目視で、各師団の旗を確認しました!」


「よろしい。これで戦力は8万対3万だ。両師団が合流したら、総攻撃を行う!」


「わかりました」

 勝利はもうすぐそこまで来ていた。この絶望的な戦力差であれば、いくら名将であってもどうしようもないはず。


 シッド将軍を倒すことができれば権力は確実に掌握できる。


 これがクルムとわが娘のルイーダを王座につけるための最後の山場だ。


 ※


 第2師団と第4師団は戦場に到着した。

 しかし、そこには信じがたい事実が繰り広げられていた。


 両師団は、こちらではなくシッド将軍側に合流したのだ。

 両師団旗が、敵軍にたなびく。


 あいつらの裏切りが確定した。


『正当な手続きによらない権力の継承は認められない』

『自称・国王陛下と自称・宰相閣下を排除し、ルーナ宰相閣下を取り戻す!』

『王族といえども、法令に従わなければ、大罪人にすぎない』


 そんな怒号が向こうから聞こえてきた。


 両師団が裏切ったことで、数の上でも5万対6万。もしかすると、ほかの師団もこちらを裏切るかもしれない。

 そうなれば、さらにこちらが不利になる。


 兵たちにも動揺が広がる。士気は下がっている。このままでは戦線はもたない。

 こうなったらやるしかない。


「全軍突撃だ! ここで功績を残せば、将来の栄転は約束されたものだぞ! 王族はこちらを支持してくれる。さあ、行け」


 私が突撃を命じた瞬間だった。

 空中から魔力の光が発生したと思えば、近くにいた幕僚たちが吹き飛ばされた。


『空中からの攻撃だ!』

『まさか、解散されたファントムが復活したのか!』

『王国最強の部隊が来たぞ』


 兵たちの動揺は広がっていく。まずい、どうする。動揺して考えがまとまらない。

 俺が空中からの攻撃をぼう然と見ていると、前面の敵が動き出した。


『だめだ、こんなんじゃ勝てるわけがねぇ』

『家柄だけの指揮官じゃだめだ』

『だって、あいつは法律家だろ。いくら軍籍があるからって、なんで兵を率いているんだよ』

『たたき上げでのし上がったシッド将軍やアレン将軍に勝てるわけがねぇんだよ』

『こんなところでおろおろしたら死ぬぞ。バカ貴族とバカ王子に付き合っていられるかよ。俺は逃げるぞ』


 すでに、我が軍は軍団としてのまとまりはなかった。


「逃げるぞ。後方に戻って軍を立て直す」


「無理です!! 敵軍が猛スピードで突撃してきます」


 地面が震えている。騎兵たちがこちらに向かって突撃してきた。


 逃げようと思っても、さきほどの空中からの攻撃で馬が吹き飛ばれていたことに気づく。


 もうどこにも逃げ場はなかった。


 ※


「宰相閣下をお守りしろ!!」

 近侍はそう叫ぶが、人間の盾になる兵士はほとんどいなかった。


「おい、どうした! 私は、イブール王国宰相だぞ」

 だが、兵士たちは私を守らない。


「閣下、こうなれば私が……ぐぬっ」

 そう言った瞬間、近侍の頭には矢が突き刺さった。

 近侍は無言で、崩れ落ちていく。


「おい、大丈夫か!!」

 だが、近侍は無言で動かない。急所に矢が刺さっている。どう考えても即死だ。

 これで私を守る兵はいなくなった。


 周囲の馬は吹き飛ばされている。徒歩で逃げるしかないのか。


『敵だ。ここはもうだめだ。みんな逃げるか降伏しろ!』

 味方の絶望の声が聞こえる。

 陣内には騎兵の姿が見える。味方はもう戦う気配すらなかった。


「コルテス子爵。探しましたぞ」

 近くまで迫った騎兵はかぶとを脱ぐ。

 

「まさか、反乱軍の大将が直接来るとは……アレンあたりが来ると思っていたよ」

 そこには今回の挙兵の中心人物がいた。

 イブール王国軍地方軍総監シッド大将。


 反乱軍の実働部隊の中心人物だ。精神的な支柱がルーナ=グレイシアだとすれば、こいつが本物の頭。前宰相・フリオ前財務大臣・そのほかの自由党最高幹部を全員拘束している以上、こいつを倒せば賊軍は崩壊する。


 やるしかない。これでも一応、軍人だ。


「ほう、剣を抜きますか! さすがは、軍務次官だ。ならばこちらもやらせていただく。剣を抜いた以上は、覚悟はできているのでしょう?」


「当たり前だ。お前はここで死ぬ」


 剣を抜いて突撃した。大丈夫だ、剣技なら貴族のたしなみとして練習はしている。


「ずいぶんとお行儀がいい剣技だな。あんたは、軍務省出身とはいえ、戦場にはほとんど出てこないデスクワーカー。実戦の場で叩きあげた身に通用するとでも本気で思っていらっしゃるのかな?」


 あいつの剣が一瞬光る。そして、少し後から強烈な痛みが私を襲う。

 こちらの剣は簡単にかわされて、シッドの一撃は正確にこちらに届いていた。


「痛い……嘘だ。私が斬られるなんて」


「おめでたい頭だ。戦場では貴族なんて身分何の価値もありませんよ。それがわからなかったようですな。そして、アレンがどうしてここにやってこなかったのも」


 斬りつけられた左腕が猛烈に熱い。あったはずのそれは、私のはるか遠くに転がっていた。


「なぜだ、なぜ……」


「あなたのような雑魚を相手にするのは、私で十分なのですよ。アレンは、囚われた姫と悪逆非道な国王を倒すために、先行しています」


「嘘だ、嘘だ。こんなの嘘だ……絶対に認めないっ!!」


「認めないのは自由ですが、結果に伴う責任は必要です。おい、誰か応急処置をしてこの男を拘束しろ。すべてが終わってから裁判にかけるまで、死なすなよ」


「いやだ。大貴族の私がなぜ裁判など受けなくちゃいけないんだァ」


「知りませんでしたか? 貴族と言えども、法の下でも平等なのですよ」

 その言葉に絶望しながら、痛みによって私の意識は徐々に失われていった。


 ※


 私は独房に戻された後、地面が揺れるような音がした。

 ついに民衆の不満が爆発したのね。監獄の周りには、多くの民衆がクルムの横暴に不満を表明して、抗議していた。


 魔力の爆発音が聞こえる。おそらく、民衆側には貴族もいて魔力による援護をしているのだろう。


「大変なことになってしまったわね」

 本来なら流される必要がない血が流れてしまっている。


『ルーナ宰相閣下をお救いしろ!』

『王族の横暴を許すな』


 今回の件で、王政は危機に瀕するだろう。すでに国民の大部分が王政には拒否感を持っているはずだ。


 つまり、この暴動は革命への序曲。

 ここから脱出できても、かなり難しい舵取りになるわ。私たちの使命は、この流血をできる限り早く収束させて、王子たちを公正な裁判の場で裁くことになる。


 はっきり言えば、旧体制派には勝てる見込みはほとんどない。

 私たち改革派が負けるはずはない。だから、革命の後のことを考えて始めなくてはいけないわ。


 でも、私が生存している確率はそこまで多くはないんだけどね。


 だって、そうでしょう。自暴自棄になったリムルあたりが暴走するのが定跡。

 

 そして、あの男はやってきた。


「ルーナ=グレイシア。一緒に来てもらおうか。お前を人質にして逃げさせてもらうぞ」

 獣のようになったリムルが私の獄中にやってきた。

 やはりそうね。裏で人間を操り、悪逆非道の限りをつくした男は最後の抵抗を続けようとしている。


 抵抗すれば殺すとばかりにサーベルを抜いて、丸腰の私に脅しをかける。


「拒否すれば?」


「お前をここで殺す!!」


「殺してしまえば、あなたは逃げることはできなくなる。それでもいいの?」


「お前を道連れにできるなら本望だ」


「なら、やりなさい。それがあなたのやり方なのだから……」

 もうこれ以上、こいつらに何かやらせたくはない。仮に私がここで死んでも、蒔かれた種は確実に花を開く。私の意思は受け継がれる。そう確信しているからこそ、私は覚悟を持って動くことができる。


「おのれ、これ以上馬鹿にするな!!」

 サーベルは私に向かって、振り下ろされた。


 ごめんね、みんな。どうやらここまでみたい。

 でも、みんながいるからここまで来ることができたわ。本当にありがとう。


 覚悟を固めてばかりね。王子に追放されたとき。選挙での暗殺未遂のとき。海賊騒動。

 でも、心の中ではアレンが来てくれるかもと甘える自分がいる。


 駄目ね、自分の身は自分で守らないといけないのに。

 なら少しだけ悪あがきをしてみようかしら。


 喧嘩なんてしたことないけど、貴族の学校では護身術くらいは勉強したもの。


 迷いと怒りによって、彼の一刀はボロボロだった。私は体を全力で反らせて、剣をかわす。そして、床に落ちているレンガの破片を握って、彼の頭を強打する。


「ぎゃああああぁぁぁぁあああああああ」


 まさか、反撃されるとは思っていなかったのだろう。彼は無防備にレンガの一撃が直撃し、絶叫した。


「いつまでも、守ってもらってばかりのお姫様ではいられないのよ」


「このアマがァ」

 怒りくるったリムルは、剣をでたらめに振り回しながら突撃してくる。


「さすがは、我が婚約者のルーナだ。肝がすわっている」

 窓のほうから彼の声が聞こえた。

 私とリムルはそちらのほうを直視する。


「ばかな、ここは3階だぞ。アレンがいるわけな……」


「伏せろ、ルーナっ!!」


 私は愛しい人の声に従って身を伏せた。


「ぎゃああああああああ」

 2度目の絶叫が獄中にはとどろく。

 アレンの強力な攻撃魔力がリムルを襲ったのだ。


「痛い、嘘だ。苦しい、俺は大臣で貴族だぞ。なんでこんなことに……」

 ダメージによってふらついていたリムルは、アレンの攻撃で開いた穴から中庭に落下していく。


『おい、男が落ちてきたぞ。すごいケガだが真下にあった樹木がクッションになってなんとか生きている感じだ』

『こいつ、リムルじゃないか!』

『アレン将軍がやっつけたんだ!』

『死なないように痛めつけて拘束するんだ』

『こいつは重要な証人だぞ。なにせ、悪名高い内務省の情報局長だ。クルムの不正の証拠も確実に握っている』


 群衆はリムルに群がり、彼を拘束した。


「やめてくれよ。もう殴らないでくれ。命だけは、命だけは助けてくれ。何でも話す。金なら払う。頼む、やめてくれええええぇぇぇぇえええええ」


 その光景を見た後でアレンはゆっくりとうなずいた。


「無事か、ルーナ! 助けに来たぞ」


「アレン……」

 私たちはお互いに駆け寄り、そしてキスをした。


 アレンがここにいるということは、残るは王子だけ。


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