第131話 選挙と首班指名
―自由党本部―
私たちは自由党本部に詰めながら、各地の選挙結果を聞いていた。
選挙の開票がはじまってから結果が確定するまでに数週間はかかる。
遠く離れた地区の開票結果の連絡には時間がかかるものだからね。
おそらく今日、すべての選挙結果が出そろう。
ここまでの速報値を考えれば、私たちの勝利は揺るがないはず。
でも、保守党がなりふり構わずに不正選挙をする可能性だって残っている。
私たちは緊張感をもって、選挙開票最終日の結果を待った。
「ルーナ、いよいよだな。覚悟はいいか?」
アレンは不安そうな私を気遣って声をかけてくれた。
「ええ、もちろんです。覚悟がなければ、政権交代が望める選挙で自由党総裁なんかになりませんよ」
「それもそうだな。いらぬ心配をしたかな?」
「ううん、ありがたいですよ。アレンがいなければ、私は今日、クルム王子の喉ぼとけにナイフを突きつけることはできなかった。どこかで暗殺されて終わってましたよ」
「そうならなくて本当に良かった」
「私もそう思います」
そこにフリオ先生がやって来た。
「ふたりとも総裁室でイチャイチャしている時に申し訳ないが、選挙結果が確定した」
そう言われると少しだけ恥ずかしいけど、その前に緊張の方が勝ったわ。
動悸のように心臓が高鳴る。
「フリオ最高顧問、結果はどうでしたか?」
「ああ、結果は……名誉元老院議員も踏まえた元老院の議席数で話すぞ?」
「はい、そのほうがわかりやすいですからね。お願いします!」
ふうっと深呼吸をしながら、フリオ様は結果を読み上げた。
「保守党が200議席、自由党が253議席、その他の政党が20議席。自由党が安定的な過半数を確保した。山が動いたよ、ふたりとも!」
その瞬間、総裁室は10年間一緒に戦ってきた3人の歓喜の声が響き渡った。
何年もの努力が実を結んだ瞬間だった。
「ふたりとも今までありがとうございました」
私は目に涙を浮かべながら、ふたりの手を取った。
「何を言っているんじゃ?」
「ここからに決まっているだろう? まだ、スタートラインに立ったばかりだ」
「そう、ですね。そうなんですよね」
ふたりはゆっくり頷いた。
「「ああ、これから頑張っていくぞ、ルーナ新宰相閣下?」」
※
―クルム王子視点―
選挙結果が出た瞬間、保守党は絶望に包まれた。
歴史的な大敗。
有力議員ですら選挙に落選した。
長年守り続けていた地盤すら陥落する始末だ。
たしかに、大貴族の当主や昔からの大商人はいつものように支持をしてくれた。だが、それ以外の票はほとんどが自由党に流れたようだ。有権者のほとんどから保守党を拒絶した。
俺の誇りが足元から崩れ去った。
次期国王が、婚約破棄した元婚約者に負けたのだ。
王族すらいらないと言われたようなものだ。
『これでクルム王子は後継者レースから脱落したな』
『あそこまで有利な立場でありながら負けたんだからな』
『保守党が野党に陥落なんて……全部、あの腹黒王子のせいだ。政局は得意でも、政策はろくなものを作らない』
『クルム王子は10年前から政府の中枢にいたのに、何も残していないよな。権力を守るのはうまいけど、ずっと停滞していたし』
『それなら、ルーナの方が結果は残している。家も身分も財産もすべて失ったのに、実力で宰相まで登りつめた』
『結局、王子はあの優秀な女性を手放して何がしたかったんだろう。見る目がなさすぎる』
そんな噂が届く。屈辱でしかない。
だが、まだ希望はある。
海賊の遺産を使って、どちらに属するかはっきりしない議員は買収してある。これでだいたい20議席が上乗せされて、俺を宰相に指名する元老院議員は220人。
保守党220対自由党253。これでもまだ負けているが、自由党のアラゴン=レオン男爵一派が内応を約束している。20人の議員を連れて、こちらに流れてくれれば大逆転が発生する。
そうすれば、俺の評価はまだ復活できる。
勝利を確信したルーナを絶望の淵に叩き落して保守党は返り咲く。
「リムル、アラゴンの件は本当に信用して大丈夫なんだな? ここで保守党が陥落すれば、今までの悪事はすべて暴かれる。私もお前も終わりだ。わかっているな?」
「は、はい。もちろんです、殿下。アラゴン男爵からは血判状をもらいうけて、殿下に忠誠を尽くすと言ってもらっております!! ご安心ください」
世論は反発する可能性が高いが、魔女の新聞社を使って情報操作して封じ込めるしかないな。
バカな民衆のことだ。選挙のことなど3カ月もたてば忘れる。
この大逆転でルーナの求心力は地に落ちて、自由党は空中分化するはずだ。
これで元に戻る。俺は宰相になり、そして玉座に座る。
ルーナはこれで終わりだ。あいつらは自分が追い詰められているとは思わず今頃浮かれているだろう。
最後には、王族の威光が勝つ!!
そうに決まっている!!!!
※
「それでは、宰相選挙の決選投票を行います。各議員は名前を呼ばれた前に出て投票を行ってください」
そして、ついに元老院が開幕した。選挙後の初の元老院で、今日、新しい宰相が決まる。保守党議員の票はしっかり抑え込んだ。
俺はゆっくりと自分の椅子に腰かけた。事前の候補者指名投票で、自由党のルーナと、俺に候補は絞り込まれている。
そして、決選投票が始まった。議員は一人一人ゆっくりと前に出て投票していく。運命の瞬間が近づいてきた。
内通者には目配せして、うなずかせる。大丈夫だ。大逆転できる。自分にそう言い聞かせた。
内通者を入れれば240票はとれる。過半数をぎりぎり超えて、俺が首班指名されるはずだ。
希望を込めて、結果を見守る。
最後の議員が投票を終えた。
俺は目を閉じて集計を待った。
※
結果が出そろったようだ。議長が結果を読み上げた。
震えが止まらない。勝利は確実なのに、あの女は俺の予想を上回ってくる。それがとてつもなく怖い。
「諸君、議長より宰相選挙決選投票の結果を報告します。投票総数473票。自由党ルーナ=グレイシア君、282票。保守党クルム=イブール君、190票、無効票1票! よって、元老院はルーナ=グレイシア君をイブール王国第64代宰相に指名することに決しました。ルーナ=グレイシア君、登壇願います」
議長の宣言によって、会場は大きな拍手に包まれた。
「なんだと!!!!」
俺は思わず大声を上げるも元老院の熱狂によってかき消された。
ルーナは立ち上がり、投票者に感謝を示している。
『歴史上初めての平民宰相、誕生だ!』
『それだけじゃないぞ。初めての女性宰相だ』
『山が動いたな』
『歴史のはじまりだ』
『王族が選挙に負けたぞ!!』
放心状態で椅子に倒れこむと、数字の矛盾に気づいた。
ルーナの票が減っていない。むしろ、保守党の票のほうが減っている。
内通者を含めずに220票あったはずの俺への投票が30票も減っていた。
「まさか、こちらが切り崩されていたのか……男爵の裏切りはブラフだったというわけなのか?」
壇上にあがるためにルーナは俺の横を通り抜けていった。
「(やっと気づいたようですね)」
彼女は小声でそうつぶやくと壇上へと昇っていく。
「この度、イブール王国第64代宰相に就任しましたルーナ=グレイシアです」
俺は屈辱に震えながら、ルーナの宰相就任演説を聞かざるを得なくなった。
周辺の者たちは俺など眼中にないかのように、彼女の演説を聞き入っている。
俺はゆっくりと会場を後にして、廊下へと逃げ帰る。
「……」
無言で壁を強打する。手からは血が流れて床に落ちる。
「やるしかないか」
まだ、権力の移行期間だ。今ならまだリムルたちを動かせる。
最後の勝負の時間だ。
※
私は元老院の壇上で宰相就任演説をおこなっている。
クルム王子は蒼白な顔で会場の外に出ていくのが見えた。
私の完全勝利は揺るがないわ。
王子は、自由党を分裂させるために手段を選ばないのは予想ができた。だから、こちらから仕掛けさせてもらったわ。
私とアラゴン男爵が自由党内の主導権争いで関係を悪化させていると嘘のうわさを王都に流した。そうすれば、王子の工作はアラゴン男爵に集中するはず。そのほうがこちらとしてもやりやすい。
わざわざこちらが用意した罠に、向こうから引っかかってくれるのだから。
王子は精神的な余裕もなくしていて、あの噂がブラフだとは考えてもいないはず。おかげで、王子側の動きは手に取るようにわかったわ。
だって、向こうはアラゴン男爵が味方だと勘違いしているから情報は筒抜け状態で教えてくれたのだから。
自由党の切り崩しはこうして失敗したわ。策士策に溺れるとはこういうことを言うのね。
ちなみにアラゴン男爵が本当に寝返る可能性もあったけど……
私の策を聞いて、「ルーナ総裁。あなたは本当に恐ろしい方だ。そのような反撃の方法を聞いてしまったら、向こうの陣営はまさに泥船だ。勝ち馬に乗っているのに、自分から泥船に乗り換える政治家はいません」と苦笑していた。
さらに、勝利を確実化させるために、保守党の反・クルム派に協力を要請していたわ。前宰相閣下を中心に、私との裏での協力するという密約は結ばれていた。
王子を完全に失脚させた後、彼らは保守党を脱党し、新政党を立ち上げる。そして、その新党と自由党の連立をおこなう予定となっている。
これで不正の温床だった保守党は完全に崩壊する。
そして、新しい時代がはじまるわ。
「それでは、私から皆さんにお知らせをしなければいけないことがあります」
そして、私は王子を完全に破滅させるための一手を放った。
「それは、この12年間で発生した3つの災厄についてです。伯爵領の大災害、バルセロク地方の海賊襲撃事件、そしてアマデオ殿下が犠牲になった公爵のクーデター。それらについて、私は未確認ながら重要な情報をつかみました。こちらの事件については、きちんとした再調査が必要となると考えております」
『だが、捜査は終わっているよな。それもかなり古い事件のことをどうやって調べるんだ?』
前列の議員は当たり前の疑問を口に出した。
「はい、その通りです。難しい捜査になると思います。しかし、私には一つ希望があるのです。ですので、この場を借りて宣言いたします。私、ルーナ=グレイシアは宰相と共に法務大臣を兼務し、捜査機関に対して指揮権を行使します。これによって、すべての真実は明るみに出るでしょう!」
私と王子の最後の戦いが始まりを告げた。




