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第130話 王子の深層心理

 夢を見た。

 夢の中では俺は、少年だった。


 まだ、ルーナにもアレンにも会っていなかった時だ。常に一人だった。

 母は物心つく前に亡くなってしまった。父は、俺よりも継母が生んだ弟を溺愛しているのが伝わった。


 だから一人だった。俺は勝ち上がらなくてはいけなかった。何か失敗すれば、俺の価値なんてすぐになくなる。


 ひたすら努力し周囲の期待を超える結果を残した。そうすれば、俺のことを否定する奴らが黙るから。


めかけの子』

『優秀だからなんとか立場が保たれている』

『アマデオ殿下が国王になれば大使という名目で大国に人質にだせばいい』


 そんな陰口はずっと聞こえていた。

 そして、俺は家の都合で婚約者をあてがわれた。


 ルーナ伯爵令嬢。有力な地方貴族の娘。第一王子の婚約者としては、やはり地位が低い。本来なら辺境伯令嬢や公爵令嬢クラスでなければ釣り合わない。

 王室から後継者としてみなされていないことの表れだな。

 復讐心が煮えたぎる。


 彼女は性格がよく、周囲に愛されて育った。俺とは真逆の存在。


 実家は裕福で、何もない俺とすべてを持っている婚約者。笑えるほど、対称的な婚約者関係だった。俺には嫉妬しかなかった。


 だから決めたのだ。


「この女の実家を利用して、成り上がってやる。そして、用が済んだら絞ったかすは捨ててやる。このすべてに恵まれた女が絶望するところを見て、俺は玉座に座るのだ」と。


 ルーナの実家からの経済援助で、俺は政治家の道を切り開いた。

 保守党でのキャリアは、順調で若くして宰相代理まで昇進した。


 周囲の目は少しずつ変わってきた。そして、ルーナに対する嫉妬を晴らす機会にも恵まれた。


 ※


「キミと私の婚約は解消だ、ルーナ。早く王宮から出ていけ。いや、違うな。貴族社会にお前が残る場所はない。イブール王国宰相代理として、お前に命ずる。ルーナ。キミの身分と財産はすべてはく奪する」


「お待ちください。私は、あなたを一生懸命支えてきました。たしかに、この度の災害で、お父様の伯爵領は壊滅しました。しかし、私たちはあなたにこれまで多くの献金をおこない支えてきたのではないですか。なのに、お金が無くなったら、即婚約を破棄して、私を捨てるなど、道義に反します。私のことを金のなる木としか、考えていなかったのですか?」


 ※


 追いすがるあの女の目を見て、俺はすべてがうまくいったと確信していたんだ。なのに……


 ルーナは復活した。それも、俺の側近中の側近であったアレンが俺を裏切る形で……


 それが分かった瞬間から、俺の中で何かがはじけた。

 手段を選ばずに邪魔するものを排除すればいい。


『そんなことで、弟である私を手にかけたのか? 兄上の手は血塗られている。そして、その手についた血は一生ふき取ることはできないぞ』


 弟の声と共に自分の手が真っ赤に染まっていることに気がつく。

 そこで目が覚めた。


 ※


 夢の中で血塗られた手を見て目が覚めた。

 そこは保守党の会議室だった。これから、リムル局長との打ち合わせだったな。少しだけ時間があったから、座って待っていたがどうやらうたた寝をしてしまったらしい。


 手は震えているが、血などは付着していなかった。

 水差しから慌てて、グラスに水を注ぎ一気に飲み干す。


 そうすることで、少しだけ落ち着いた。


「殿下。お待たせして申し訳ございません。大丈夫ですか、お顔の色が真っ青ですが……」

 リムルがやってきた。


「いや。気にするな。選挙関係で疲れているだけだ」


「それならいいのですが……」

 

「それで結果は?」


「自由党政調会長アラゴン=レオン男爵がこちらへの協力を受け入れてくれました。彼の派閥である旧・国民党議員30人が寝返りの確約をいただいております」


「上出来だ!」

 これで選挙で敗北した場合でも、首班指名の勝利が確定的となった。

 アラゴン=レオンは大連立でも閣僚のポストはあてがわれず、年下のルーナが総裁の座に就くことに反発していた。

 

 だからこそ、海賊の財宝をつかった買収に乗っかったな。こんな買収によって転ぶなど愚かでしかないが、4大大臣のどれかはくれてやる。功労者だからな。


「よくやった。リムル、これでお前は内務省次官だ」


「ありがたき幸せです、宰相閣下」


 これで今夜はゆっくり眠れそうだ。さっきの悪夢もきっと疲れていたせいで見たものだ。そうに決まっている。


「そう言えば聞いていなかったな」


「なにをですか? 殿下?」


「弟の最期の言葉だよ。クーデターの際に、お前が弟を救出して軍務省に送り届けたのだろう?」


「ええ、そうです。クーデター発生時は、ちょうど元老院が開催されていて、クーデター軍が議会に突入した混乱期を狙いアマデオ殿下を地下の脱出口にお連れさせていただきました。私が見た殿下のお姿はそれが最後です」


「その時は何と?」


 別に聞く必要はないのに、どうしても聞かなくてはいけない気持ちになっていた。


「"兄上はまさかここまで考えていたとはね。なるほど、兄上らしいよ。ここで僕が退場するのがキミたちのシナリオなんだろうね。兄上ほどの男だ。もう、僕に逃げ道はないようだね。ならば、僕はキミたちのシナリオ通りに踊ってやろう。この先に死が待っているのかもしれないが……僕はここで終わるつもりない”と……」


 その言葉を聞いて、「弟らしい」セリフだと思った。

 優秀でありながら、どこか冷めている。達観した言葉遣い。


 まるでチェスの負けを悟った時のようなセリフが胸に突き刺さる。

 最後の言葉が負け惜しみのように聞こえる。


 残念だったな。弟よ。俺の勝ちだ。

 お前は負けたんだ。父上も、叔父上も……そして、ルーナとアレンももうすぐ俺の軍門に降る。


 ※

「俺は勝ったんだ。勝ったんだ。すべてに……勝ったんだ」

 リムルが帰った会議室では俺の声だけが響いていた。


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