第13話 1年後
私が村長になってから1年後。
村の生活にはかなり慣れて来たわ。自分で畑を耕してイモを収穫して食べる。他にも作るのが簡単な季節の野菜を栽培しているわ。
イモは1年中作れるので便利だわ。王都での主食はパンだったけど、この村に来てからはずっとイモが主食ね。蒸かして塩をかけて食べるだけで美味しいし、たまにおすそわけのチーズと一緒にオーブンで焼いたりして食べるのは最高よ。季節の野菜にお酢や塩をかけてサラダで食べるのも好きね。
最近はルイちゃんのお母さんにピクルスの作り方を教わったりして食卓が豪華になっているわ。
イモと野菜、たまに乳製品の食生活は貴族時代と比べると見劣りするけど、自分で作った新鮮な材料に囲まれた食生活はとても充実しているわ。
村の人たちに食事に呼ばれたりして、楽しく生活できている。
ちなみに、アレン様は何度も村に来てくれているけど、お互いに恥ずかしくなって進展はないわ。残念なような、ホッとするような不思議な気持ち。
そうそう、男爵家からもらった賠償金だけど、村の人たちと相談して金利分と相続者がいなくなってしまったお金は私に一任されたの。この村で一番賢いから、私がやり方を考えた方がいいとみんなに言ってもらえたわ。
だから、皆が勉強するのに必要な教材を買い集めたり、オリーブの植樹をしたり、村の人たちの互助組織を作ったりするのに使わせてもらったわ。
まだ、少し残っているから緊急時のために予備費にしているの。
村の広場やイース前村長さんの家で、朝や夜に子供たちや希望する大人の人に読み書きや計算を教えているわ。子供たちはもう簡単な絵本くらいなら自分で読めるようになって私を驚かせてくれる。
大人の人たちも少しずつ文字をおぼえてくれているわ。みんなしゃべる言葉と文字が一致しないだけで文字だけを理解できれば、あとはすらすらいくはずよ。ルイちゃんのお母さんは物覚えがよくて、文字をすぐにマスターしてしまって、今は騎士とお姫様の恋物語を楽しく読んでいるわ。
お母さんは「いままで話していた言葉を応用するだけだから文字だけ覚えたら簡単よ。小説っていうのかしら。こんな素敵な恋物語が世の中にあるなんて知らなかったわ。文字をおぼえるだけでこんなに世界が広がるのね!!」って喜んでくれたの。
お母さんの少女のような笑顔を見ているだけで、私も報われるわ。教材用に買ってきた本をふたりでシェアしたりして、今ではすっかりロマンス小説の仲間よ。
図書館みたいなものがこの近くにもあればいいのになぁ。イブール王国には王都にしかないのよね。
いくら本屋さんが格安で本を譲ってくれるとはいえ、そんなに何冊も本を買うのはかなりの負担だもん。
私ももっと本を読みたいんだけどね。
なにかいいお仕事でもないかしら? オリーブが収穫できるのは、あと何年も先のことになるし。
アレン様もお仕事が忙しいから読書っていう趣味の話で相談するのも気が引けるのよね。
そうだ、本屋さんに頼んでみようかな? たとえば、写本のお手伝いとかなら私でもできるだろうし!
外国では、魔力活版印刷という方法が確立されているらしいんだけどね。諸外国の言葉と違ってイブール語は文字数が多くてなかなか導入できないそうよ。だから、本を手書きで写さなくてはいけないから、庶民がなかなか手に入らないほど高価になっているのよねぇ。
明日、街に用事があるからその時に相談しよう!!
そう思って私は早めにベッドに入る。
※
―バルセロク市―
久しぶりに街に出てきた私は、村の人たちに頼まれた必需品を買いそろえて本屋に向かったわ。
あの本屋さんは、貴族や大商人御用達で品ぞろえも多いわ。
写本にミスがあったして商品にならないものや仕入れたけど売れないものを安く譲ってもらっているの。
「おや、ルーナさん。久しぶりですね」
「ええ、1カ月ぶりですね、店主さん!」
最初に来た時のあの嫌味な感じとはうって変わって本当に親切に対応してくれるようになったわ。私が村の人に文字を教えていると話したら、是非とも協力したいと申し出てくれたのよね。今では楽しくお話しできる仲よ!
「今日は絵本を用意しておきましたよ!」
「わ~、ありがとうございます! 子供たちも喜びますよ」
「そりゃあよかった。しかし、あなたのような賢い女性が人知れずあんな小さな村にこもって、子供たちのために勉強を教えているのは本当にすごい。あなたは本当に聖女みたいなひとだね。そんな徳が高い人に協力できてうれしいよ」
「ありがとうございます! でも、聖女なんて言い過ぎですよ。私はただのしがない女村長ですから」
「そして、謙虚だ。いや~現代の聖人ですね」
「もう、あんまりからかわないでくださいよ!」
そして、私は絵本のお金を支払った。
「そうだ、店主さん。もし、写本とかのお仕事を手伝ったりできませんかね? 実はもう少し本を買いたいんですけど、農業のお金だけだと足りないんで少し働きたいんですよね」
「ああ、それならお願いしたい本があるよ。やってもらえるかな?」
店主さんは部屋の奥から1冊の本を取り出してきたわ。
『イブール王国史列伝』。最近、編さんされたばかりの歴史書ね!
※
私は、本屋さんから頼まれた本を紙に写し始めたわ。
この歴史書は100ページくらいね。『イブール王国史列伝』は、政府が編さんを始めた歴史書よ。自国の歴史を作ることが政府の正当性をアピールすることにもなるからって、私が貴族だった時代から偉い学者さんたちを集めて作ることになったのよね。
全30巻を予定していて、この本はその最初の1巻よ。
最初は国王陛下の伝記みたいな記述の歴史書が書かれて、その後は臣下の英雄たちの一生が描かれる予定らしいわ。
最初は建国の祖であるカルロス=イブール陛下の記事。
彼は、ヴォルフスブルクの圧政に悩んでいた反乱軍のリーダーだったわ。巨大なヴォルフスブルク帝国に反旗をひるがえすと、すぐれた指揮官として連戦連勝。
数が少ないことを逆に応用した機動戦術で、軍事的にも革命を起こした人よ。
彼の生涯の傑作、軍事史の伝説とも呼ばれるのが"カンルイの戦い"。
世界史的にも有名なイブール独立戦争の天王山。現・イブール王国の西半分を手に入れた反乱軍は、カンルイ平原でヴォルフスブルク帝国主力部隊と激突。
8万のヴォルフスブルク帝国に対して、6万の反乱軍は地形と機動力を生かして逆包囲を仕掛けて、世界最強のヴォルフスブルク陸軍を全滅させたの。敵軍を指揮していたヴォルフスブルク帝国皇帝も討死し大勝利を収めたわ。
これによってヴォルフスブルク帝国の敗北が確定したわ。和平交渉の後、反乱軍はイブール王国政府の樹立を宣言して独立を獲得したのよ。
でも、独立戦争の時のケガが原因で彼は戦争終結1年後に病没してしまう。
カルロス=イブール陛下が今でも国民に人気があるのは、こういうところも大きいわ。悲劇の英雄だもの。
歴史書を書き写しながら、本を読むのが楽しくて3時間も作業していたわ。このお仕事もいいわね。本で勉強しながらお金も稼げるもの。もしかして本屋さんも、新しい本を読む機会を作ってくれたのかもしれないわね。
120枚の紙を渡されているから、間違えないように書き写す。
昔は、紙じゃなくて羊皮紙を使っていてそれは、それは大変だったらしいわ。
だって、羊皮紙は1頭の羊から6枚くらいしか取れないらしいもの。メモを作るだけで大変なお金がかかるのよ!?
紙は"すきかえし"という方法を使えば古いものでも再利用が可能になるから、羊皮紙よりも安くそろえることもできるの。
まぁ、庶民にとってはまだまだ高いんだけどね。このスピードならだいたい3日で1冊書けるわ。
3週間後に3冊納品すれば金貨が1枚ももらえるのよ。
「もし余裕があったら3冊以上作ってもらっても大歓迎だよ。その分、割増料金を払うから。この本は国が作る知性を象徴みたいな本だからね。貴族の人たちから一度に30冊も予約があるんだよ。うちの使っている写本業者も手いっぱいでね。ルーナさんが手伝ってくれて本当に助かるよ」と言ってくれたから、私も頑張らないと!!
金貨1枚で大人ひとりが半年過ごせるのよね。つまり、6冊書けば金貨2枚。1年間も生きていけるほどのお金だから、本もたくさん買えるわ。
もしかしたら、夢の小さな図書館を開けるかもしれない!!
夢が広がるわね。
それに何度も書けば、それだけ本の内容をおぼえることができる。歴史の本はいろんな分野の知識を教えてくれるからとても勉強になるもの。
もしかしたら、読書好きな私にとって天職かもしれない!!
晴れの日は、畑を耕して野菜を作り、雨の日はたくさん写本をする。
すてきな生活になりそう!
午前中は畑仕事。午後の暇な時間は写本のお仕事。
私は3週間写本に没頭した。
※
―3週間後―
「ルーナさん、3週間でこんなに写本を作ってくれたんですか!!!!」
店主さんに納品に来た私は驚かれた。
「ええ、なんかコツをつかんだみたいで、どんどん書けましたわ!」
「でも、3週間で9冊なんて早すぎますよ!? お願いしていた量の3倍もあるじゃないですか」
「楽しくなってたくさん作っちゃいました。本の内容ももうほとんど暗記しちゃいましたよ!」
「すごーい、さすがルーナお姉さん!」
「うんうん、さすがは私の先生だわ!」
ルイちゃんとお母さんも付き添いで一緒に遊びに来たのよ。今日報酬をもらえるはずだから、いつもお世話になっているふたりに本をプレゼントしようと思っているのよ。金貨3枚ももらえたら、本何冊買えるかしら?
さすがに『法律大全』や『イブール王国史列伝』みたいな政府が作っている公式な本は高くて買えないけど、ロマンス小説や絵本、童話なら比較的に安く買えるからふたりに好きなものを選んでもらおう。
ふたりとも文字が読めるようになったのが楽しくて、自分でドンドン自習しているのよ。だから、上達が早いの。
私も真面目な本ばかり読んでいたから、ロマンス小説を読みたいな。
「すごい。誤字や修正もほとんどない完成度だ。やはりあなたは、ルーナさんは天才。これなら業者が作るよりも高く売れる」
「もう大げさですよ! でも、このお仕事はとても楽しかったからまた、声をかけてくれたら嬉しいです!」
「いや、こちらも是非ともお願いしたいですよ。そうだ、来月新しい本が出版されるんですよ。そちらもお願いしたいな」
「じゃあ、次に来るときに原本を渡してください。私も本を読みながらお金になるので最高ですから!」
新しいアルバイトも順調に進んでいるわ!
「ああ、嬉しいね。じゃあ、これは報酬の金貨3枚とおまけに好きな本を1冊プレゼントするよ。最高の品質の写本を作ってくれたからね。なんでも持って行ってくれ!」
「いいんですか!! わ~ありがとうございます!」
とても充実しているわね。村の人たちも優しいし必要とされるお仕事が3つもできた。
皆に勉強を教えること、村長として皆をまとめること、写本を作ること。
この3つね。全部やりがいがあってみんなが尊敬してくれるもの。その尊敬を裏切らないように頑張らないと!!