第129話 選挙へ
私たちは、次回の選挙のために国中を回って演説を開始したわ。
自由党は各地に支部を作っているから、新総裁就任のあいさつ回りでもある。
ここはイブール王国の第3都市グロウド市の広場よ。
私は、観衆を前に演説している。
「皆さん、今後、政治は貴族だけのものではなくなります。みなさんには学ぶ機会が与えられて、努力すれば何者にもなれる世界が来るのです。今まで家に閉じこめられて自由がなかった貴族階級の子弟たちも同じです。皆様が家に閉じこめられる必要はもうなくなります。我々は、新しい国家を作るために動かなくてはいけません。皆さんも一緒です。すべては、既得権益を守るために、国家の発展を妨げている者たちが悪いのです。国家を私たちの手に取り戻すのです」
グロウド市は比較的に保守党寄りの地域だけど、この広場には予想を超える人数が集まってくれた。
ここでは、この地方出身の保守党議員との議論も予定されていた。
「ルーナ総裁率いる自由党が示すデータは、あくまでも希望的な観測にすぎません。みなさんだまされてはいけない。我々保守党は、長年政権を維持してきた実績があります」
会場では拍手が起きる。
「残念ながら、議員。あなた方の実績がこの国の停滞を招いたのです。さらに、私たちは実績を持ってここまで支持を広げてきました。我々が結党時、元老院の議席はほんの5議席しか持っていませんでした。しかし、今では政権交代が狙える地位にまで来ています。前回までの各種議員立法、バルセロク地方の発展など示すことができる結果はたくさんあります。ですが保守党は残念ながら、近年の実績を示すことができる人は何人いるでしょうか。議員は形骸化した結果に頼るだけで、私たちが示し続けている実績に文句を言っている。建設的な議論をしましょう。保守党は、私たちが示した改造計画を超えるプランを示すことはできるのですか?」
「ぐぅ」
保守党議員はそう言われるとうつむいてしまう。彼は保守党若手の論客だけど、どちらかと言えば扇動者。こういう政策議論は苦手なはず。いや、彼に頼るしかないほど保守党の人材が枯渇しているのかもしれないわね。
「みなさん、この議論でもわかるように、政権を担えるのは自由党だと覚えて帰ってくださいね」
私がそう冗談のように話すと、会場には笑いと大きな拍手がまき起きる。
保守党の地盤が強いこの土地でここまで好反応なら勝算は高いわ。
もうすぐ、山が動く。
私はそう確信した。
※
―保守党会議室―
「殿下。最新の選挙予測ができあがりましたわ。どうぞ、読んでみてください」
魔女め。何を持ってきたんだと思っていたが……。本題はこれか。
「俺は忙しいんだが?」
「いいではありませんか。保守党の次期総裁として最新のデータを見ることは重要ですわ? それに、昨日の党大会でクリスタ―侯爵を大連立の破綻を理由に辞任させたばかりでしょう。傀儡を処分して、自分が党の代表になった。あとは、選挙に勝つだけ」
「だから、忙しいんだよ。見せてみろ」
「はい、代表」
あえて、代表の言葉を強調する鼻につく態度がいらいらする。だが、彼女の選挙予測はかなりの割合で正しい。だからこそ、見るしかないわけだが……
そして、その予測は俺を絶望させるのに十分な内容だった。
「これは確かなのか? 本当にここまで……」
「ええ。我が新聞社が総力を使って調べ上げた数字です。わずかな誤差はあると思いますが……選挙まで1か月を切っている状況では挽回は不可能に近いのではありませんか? この前もグロウド市の公開討論で、あなたの側近がルーナにボロボロにされたと聞きましたよ?」
「くそ……」
魔女がたたき出した選挙結果は……
保守党:160~190議席
自由党:220~250議席
その他:20~40議席
だった。この選挙結果に終身元老院議員達も加算されるが、それを加味しても保守党は間違いなく野党に転落する。
絶望的な数字だった。少数政党に金をばらまいて味方に引き入れても逆転は難しい数字だ。
こうなってしまえば、保守党は崩壊する。
保守党は貴族の誇りと既得権益の維持のためにまとまっていた政党だ。与党であり続けなければ、その2つは失われて党は自壊する。
そして、俺は保守党を崩壊に導いた無能王子として、歴史に刻まれることになる。
次期国王としての身分も失われる。
「いかがいたしますか? 殿下?」
「魔女よ。リムル局長に連絡しろ。自由党議員のどんな弱みでもいいから集めろとな。脅してでも次の首班指名で俺の名前を書かせる」
「はい」
「そして、義父上に連絡してくれ。例の海賊たちの遺産をここで集中的に投入する。こうなったら自由党議員を切り崩す」
「おもしろくなってきたわね」
「ああ、ここで終わるわけにはいかない。いままでいかなる犠牲を払ってでも、俺は前に進んできた。ルーナのような女に邪魔をされるわけにはいかない」
「もしもの時のプランBの準備はそのまま進めてしまってもかまわない?」
「考えたくはないが仕方があるまい。ただ、あくまで準備だけだ。実行の指示はこちらがおこなう」
「わかったわ、王子様。あなたの仰せの通りに……」




