第128話 熱狂と王子の絶望
記者会見の次の日。
私は、文部省の自分の席で辞表を書いた。
次官たちは、とても寂しそうな顔をしていたが、私のことを応援してくれると言ってくれた。
あとはこれを閣議で提出するだけ。自由党出身の大臣は皆辞任する。
ついに、次の選挙に備えて本格的な政争がはじまるわ。
「では、閣議に行ってきます」
※
宰相府での最後の閣議は、あっさりしたものだった。
すでに昨日の会見で宣戦布告しているから、慰留もなにもなかったわ。
王子はずっと白い顔をしていてなにもしゃべらなかった。
「では、皆さん。一度、自由党本部へと戻りましょうか?」
この後は本部でお疲れ様会を兼ねた食事会を準備しているわ。
「そうだな。ルーナ新総裁の大成功を祝わなくてはいけないからの」
フリオ閣下はそう言って、みんなを笑わせる。
本当はもうしばらく、閣下に総裁を務めてもらいたかったんだけど……
『保守党に絶縁状を叩きつけるいい機会だ。わしのような老いぼれが発表するのでは、インパクトが弱まる。お主が最善じゃ』
と言って総裁を辞任した。
宰相府の外には、たくさんの人たちが集まっていた。
彼らは、私たちをまるで英雄のように出迎えてくれた。
みんな、私たちと同じ夢を見ている。このなかに選挙権を持つ人は少ないかもしれないけど、もう誰にも止められない流れがこちらに来ている。
たとえ、王族でもこの流れに逆らうことはできない。
「ルーナ、みんなに一言かけてあげればいいんじゃないか?」
アレンは私にそう促す。
私は彼に頷いて、宰相府の玄関で叫んだ。
「みなさん、ここからが始まりです。わたしたちで、見えない壁を突き破り、この国を変えましょう!!」
大歓声が宰相府を包んだ。
※
―クルム王子視点―
軍務省の会議室に魔女はやって来た。
「殿下、大失態ですね。あなたはルーナを追い詰めていたと思いこんでいたのに、逆に追い詰められていたのは自分だった。どうしますか。このままでは保守党の野党転落は確実です。どうするんですか」
「……選挙前に、宰相を引きずりおろす。そして、私が保守党の代表として総選挙に臨む。そうすれば、王族の威光で……」
「へー」
魔女は俺の考えを冷たくあしらった。
「何を言っているんだ。俺は次期国王だぞ。次期国王が選挙に負けるなどありえない。そんなことが起きれば、王室は崩壊するぞ!! 国民の信任も得られないなど、ありえるか!!」
「そうだといいんですけどね。なら、私は別の計画を用意しておきます。どうか、頑張ってください。殿下」
そう言って魔女は消えていく。
誰もいなくなった会議室の机を強く叩いた。
乾いた音だけが部屋の中に反響していった。
※
―イブール王国玉座の間―
「この度は、時間を作っていただきありがとうございます。父上」
「うむ。お主の頼みなら時間を作らなくてはならないだろうな。単刀直入に聞こう。何の要件だ?」
父上は、溺愛していた弟がクーデターの犠牲になってから、急速に政務に興味を失っている。本来は、私ではなく弟を国王にしたかったのだろうからな。今は、宰相に政務を任せて離宮で隠遁生活を送っている。
だが、れっきとしたイブール王国の最高権威には変わらない。まだ、利用価値はある。たしかに、元老院の権力は強化されているが、位置づけとしては国王の諮問機関に過ぎない。
あの忌々しき自由党の勢力が拡大している元老院は、国王が解散権を持つ。つまり、次の選挙では父上が結果を気に入らなければ、元老院を解散して国王による独裁をおこなえばいい。そうすれば、すべて解決する。父上と次期国王としての地位が保証されている宰相の私がいれば国家としては成立する。
だから、父上を篭絡する。そのうえで、次の総選挙で負けた場合は、元老院を国王権限で解散し、絶対王政を確立すればいい。
これならば、いくらルーナ=グレイシアでも挽回できないはずだ。
「父上。今後の政局の話です。現在、貴族の権限を縮小し、愚かな庶民の権利を拡大させる動きが活発です」
「ああ、聞いているよ。自由党のことだろう?」
「はい。そして、自由党は大衆迎合主義で急速に支持を増やしております。もしかすると、保守党が野党に陥落する危険性も……」
「それをどうにかするのが、お主の務めだろう?」
「ええ、そうなのですが……」
「クルムよ。お主が言いたいことはある程度分かっている。もしもの時の保険が欲しいのだろう? 自由党が政権を握った場合、私がそれを拒否することを望んでいる。違うか?」
「……」
まさか、父上がここまで鋭いとは……
「残念だが、お主の望む答えはいえないよ」
「なぜですか!?」
「はっきり言おう、我が息子よ。お主は頭は切れるが、自信過剰気味だ。国王は、国民の総意でこの地位に就かねばならない。お主が政権の獲得に失敗した場合は、クルム、お前の能力と信用が足りていないことが原因だ。それをルーナのせいにするなど言語道断。仮に元婚約者のルーナに負けるようでは、お前はそこまでの男ということだ。そんな男に我が後継者になることを許すとでも本気で思っているのか?」
「実の息子よりも、あの女を取るのですか……」
「違う。親としての情よりも、国王としての責務を全うするだけのことだ。そのようなこともわからないのであれば、これ以上の議論は無駄だな。失礼する」
ゆっくりと奥に消える父上を見て、俺は屈辱と怒りに震える。
だめだ。俺以外、みんな何もわかっていない!!
ならば、俺がやるしかない。




