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第127話 王子の誤算

「何を言っているんだ!? ルーナ=グレイシア。お前はいったい何を発表したのかわかっているのか!!」

 王子は激怒しながら私に詰め寄る。


 私は涼しい顔で肩にかかった彼の手を振りほどいた。


「わかっていますよ。殿下は何か勘違いされているのではありませんか。我々は元々敵同士。国家のために緊急避難的に同盟を組んでいただけです」


「だが、お前たちの選択は、俺を本気で怒らせるものだぞ。覚悟はできているのか」


「覚悟? 殿下は意外と甘いものですね。私を何度、殺そうとしてきたか。撃っていいのは、撃たれる覚悟がある人だけですよ。私たちはずっと戦争状態です。何を甘いことを言っていらっしゃるのですか」


「なっ……」


「あなたの根幹にはこの国の王族という甘えがある。どんなに敵対していても、最後は王族に従ってくれるという考えの甘さが、あなたを2流の政治家にしているんですよ」


 王子は絶句して、固まってしまった。


「最高の連立離脱とパフォーマンスの場を与えてくださってありがとうございます。これが私からの絶縁状です」


 私が合図すると、自由党の職員たちが会場に入ってくる。そして、書類を記者たちに手渡した。


「私は次の閣議で正式に大臣の職を辞すことになります。ですので、元老院最大野党党首として、保守党へのアンチテーゼを発表させていただきます」


 私は自分の辞任会見を、自由党のための所信表明の場所に変えさせてもらう。


「そちらが次回の元老院、そして、総選挙で我々が主張していく計画の骨子になります」


 記者の人たちはあわてて書類を確認していく。


『教育制度の抜本的な改革』

『貴族に対する税制改革』

『職業選択の自由の拡大』


 これらの文字を記者の人たちは驚くように繰り返していた。


「それでは、はっきり言わせていただきます。我々は連立政権を1年以上続けてイブール王国の停滞は、保守党主流派の経済感覚のなさに起因するものだとはっきり感じることができました。このまま、保守党主流派に任せていたら、国力は停滞を続けて我が国は列強国の軍門に降る運命となるでしょう。そうなれば、貴族は没落し国民はより重い負担に苦しめられるようになる」


 ここまではっきりイブール王国の問題点を指摘した人間はいなかったはず。案の定、記者たちは目を白黒させている。


「よって、私たちはこの国家を根本的に改革する方法を考えました。それが皆様の手元にある『イブール王国改造計画』です。これが自由党の今後の活動についての指針になります」


 ※


「それでは、私たちの計画の概要を説明させていただきます」

 王子は力なく私を見つめている。邪魔しなければ、もうどうでもいいわ。


「これは、保守党政権が維持してきた経済政策の全面的な改革です。現状の保守党政権の政策は、既得権益や社会制度の保持に力を入れていました。たしかに、その方針なら安定感があります。ですが、数百年前の制度を墨守するだけで、新しい活力を国全体に注入できるわけではありません。その結果が、この長い停滞です」


 記者の一人が手を上げる。


『具体的には、どのようなことを?』


「はい。まず、イブール王国は20歳以下の若者が国民の大多数を占める成長国家です。しかし、保守党の政策では若者ではなく、すでにある程度の基盤を持っている貴族や富豪など年齢層が高い人たちを優遇しているものです。そこを転換します。私たちがターゲットにしているのは、これから成長していく若者と、貴族の当主になれずに家で飼い殺されている青年貴族たちです」


 会場はざわつく。だって、保守党は若者と青年貴族をしいたげることで政権を維持してきたから。


『しかし、それでは大した利益にならないのでは? 若者や青年貴族は貧しいですよね?』


「いいえ、間違っています。彼らこそが、私たちが見逃していた"未開の土地(フロンティア)"なのです」


『なっ!?』


 ここにいる保守党支持の記者たちは青筋を立ててイライラしている。だって、彼らはすでに持っている人たちだから。持たざる人たちの気持ちなんてわかるわけがない。


「彼らは、貧しさと機会の不平等によって、生産の機会を奪われています。ですから、彼らに投資をすることで、若者たちは外に出ます。彼らが動くことで、少なからずの活力が発生します。若者に教育を施すためには、教材や教師が必要です。さらに、学校の近くには食事をする場所だって必要でしょう? そして、我が国には家に不当に閉じこめられている青年貴族がたくさんいる。彼らに教職などの仕事を与えて、子供たちが学ぶことによって、莫大な経済活動が発生するのです。その若者の力が他の分野にも波及するのは間違いがない。その結果、国全体が豊かになる」


『どんな根拠があるんだ!! 根拠を示せ!!!』


「根拠ですか。簡単なことです。資料の32ページをご覧ください。私がバルセロク地方でおこなった教育改革の結果、港湾業・出版業・輸送業など広範囲に経済波及効果が発生していることがわかると思います。また、港湾業の独占を禁止することで、輸送費も低くなり庶民にも貴族にもその恩恵を得ることができております。参入障壁をなくして、機会を平等にすることで地域は生まれ変わるんですよ」


『なっ!?』

『こんなに税収が増えているのか……』

『これなら10年程度で初期投資を上回る』


「現在のイブール王国の停滞は、経済活動を行う主体が少なすぎることに起因しているのです。ならば、母体を増やせばいい。そうすれば、国は強く豊かになる!! そして、バルセロク地方でそれを私は仲間たちと示しました!」


『……』

 記者は完全に観衆になった。


「次回の元老院議員選挙で、皆さんは2つの道を選ぶことになります。保守党に投票することでこのまま安楽死するか? それとも、私たちの改革によって、皆さんも豊かになるのか。私は結果を残すことでここまで来ました。よい家柄に生まれて伝統を守ることでその地位に就いた人たちとは違う。さぁ、皆さん、どうしますか?」



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