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第114話 初恋

―ルーナ視点―


 宰相閣下は私にすべてを託して部屋を出ていった。

 私には重すぎる。知事と元老院議員になったとしても、私は貴族の身分をはく奪されている。だから、私は平民であり続ける。


 たしかに、アレンと結婚して貴族身分に戻る手はあるわ。でも、それだけはだめよ。彼の優しさすらも政治の道具にしてはいけない。それをやってしまえば、クルム王子と同じ卑怯な人間になってしまう。


 政治家としては、甘いとよくわかっている。でも、それが私自身の気持ち。アレンは恩人で、大好きな人だからこそ、彼を利用したくはない。


 私はあの日のことを思い出す。


 ※


「私は、ルーナ様を本当の妹のように思っています。妹が、そのようなことになっていくのを、黙って見ているわけがないでしょう? あなたの本心を聞けてよかった」


「妹が……いや、あなたは王子の婚約者ではなくなったから、もう建前たてまえはいりませんね。私は、あなたのことをひそかに、思っていたんですよ。それは許されない気持ちでした。だから、あなたを妹のような存在だと、必死に思いこもうとしていた。でも、もうその必要性も無くなる。あなたは平民になってしまったけれど、そのおかげで何のしがらみもなくなった。そのような姫をさらわない騎士がいると思いますか……?」


 ※


 たぶん、あの日、私は恋をした。王子に対する親愛の情はあったけど、恋愛としてはあれが……


 あの瞬間が……


 私の初恋だった。


 あの瞬間を考えると、胸のときめきをおさえることはできない。いや、それだけではないわ。


 ※


「言っただろ。姫を救わない騎士なんていないってさ」


「愛する人を目の前で奪われては、カステローネの英雄の名が泣くさ」


 ※


 知事選の時の暗殺未遂。海賊騒動の時の救出。私は何度もアレンに救われている。それなのに、私は何も返せていない。


 今回のクーデターのときだって、アレンに頼りきりだった。クルム王子の奪還。クリスタル川の決戦。彼がいなければ、間違いなく私はここにいない。


 もう、一生をかけても返せないくらいのものを与えてもらったわ。


 そんなことを考えている窓ガラスがこつんと音を立てた。静かな夜で風もないのに……一体なぜ?


 窓に近づくと、アレンが木の上からこちらを見つめている。


「やっと気づいてくれたね、ルーナ。お姫様をお迎えに来ました」


「えっ!?」


「冗談だよ。ルーナ、最近忙しかったし、元老院議員と知事を兼ねるとさらに大変になる。だから、デートしないか? 深夜のお忍びデートを!」


 ※


「あ、あのアレン様? いったいどこに行くんですか? そもそも別に窓から外に出なくてもいいのでは……」


「何を言っているんだ、ルーナ。そのほうがわくわくするじゃないか!! なんか二人だけの秘密みたいだしさ」

 彼は私の手を引いてはしゃいでいる。まるで少年みたいな純粋さだった。


「でも、私達一応有名人ですし……街の人たちにでもばれたら、大混乱が」


「ルーナはまじめだな。こんな夜に救国の英雄二人がデートしているなんて思わないさ。それに今夜は国中が戦勝モードで浮かれている。こんな時はめったにないぞ。たまには、お祭り気分を堪能しようじゃないか」


「デート……」

 その言葉の響きを聞くと胸がときめく。大好きな人と、私はデートしているんだ。その感激によって頭がくらくらしてしまう。


「いい酒場を知っているんだ。近衛騎士団の時に通い詰めていた。ルーナと一緒に酒を飲みながら語り明かそう。たまには、羽目を外しても罰は当たらない」


「そうですね」

 私たちは街へと走り出した。


 ※


 アレンが案内してくれた酒場は、こじんまりとした隠れ家的な場所だった。


「ルーナは、ワインでいいかな? 俺は久しぶりに強いものを飲むか。グレア帝国製のウィスキーを頼む」

 私のために甘いワインを頼んでくれた。

 アレンがウィスキーなんて珍しいわ。いつもワインかエールだもの。


「騎士団時代は大きな仕事が終わったらここでウィスキーを飲むんだ。なんとなくそれで一区切りつけるみたいなものだね」

 私が不思議そうにしていると彼がそう説明してくれた。


「お待たせしました。ナッツとチーズのポテトサラダとヴォルフスブルク産ソーセージです。付け合わせは、ザワークラウトでよろしかったですよね?」


「うん、ありがとう」


 給仕さんがおつまみを持ってきてくれた。美味しそう。

 乾杯の後にアレンはウィスキーをストレートで飲み始める。


 グレア産のウィスキーは麦から作られる。工程に泥炭ピートを使うため、独特の香りになる。


 昔、試しに飲ませてもらった時があるけど、アルコールが強すぎてすぐに酔ってしまったから飲まないわ。


「楽しそうだね、ルーナ」


「えっ!?」


「さっきから、自然と笑顔になっている気がするし……プレッシャーから解放されたからからかな?」


「それだけじゃないですよ」


「そう。なら、一緒にお酒を飲めて楽しんでくれているんだね。それはそれで嬉しいな」


「そんなにストレートに言われると恥ずかしいです」


「そんなルーナが大好きだ」


「もう……」

 赤ワインを飲んで私は、今の自分の表情をごまかした。

 そうしなければ、嬉しすぎてどんな顔をしてしまうかわからないから。


 ※


 私たちは、たくさんお酒を飲み続けている。

 こんなに飲んだのははじめてかもしれない。少しだけ目が回る。このくらいにしておいた方がいいわね。


「ねぇ、アレン? 私をどうして好きになったの?」


「えっ?」


「いつもからかわれているからお返しよ。いいじゃない……よく考えれば聞いたことないわ」


「ずいぶん酔ってしまったんじゃないか?」


「ごまかさないでよ……聞きたいのよ。酔ってないとこんな話できないじゃない」


「臨時政府の宰相代理・議長代理がするべき話じゃないね。たしかに……」


「でも、いいじゃない。ここでは私たちはしょせん若い酔っぱらいのカップルだもん」


「そうだね。でも、ここじゃ言いたくないな。もっと景色がいい場所で話したい」


「もったいつけて……でも、そうね。その方がロマンチックよね。もうお酒もご飯もたくさん食べちゃったし」


「うん、少し散歩しようよ」


「でも、夜は危険じゃない?」


「目の前にいる男を誰だと思っているんだい?」


「たしかに、ね」

 私たちはそう言って笑い合った。彼に一騎打ちで勝てる人なんているわけがない。

 そして、私たちは外に出る。夜の風は、酔った頭にはちょうどいい気持ちが良いものだった。


 ※


 私たちは、郊外から王都の裏山まで散歩した。裏山と言ってもここは丘みたいなものだ。私も嫌なことがあった時はよくここに来ていた思い出の場所。さすがに、次期国王最有力のクルム第一王子の婚約者となれば嫉妬されていたからね。いろんなわだかまりも多かった。貴族社会は本当に堅苦しいものだったわ。


 だから、よく嫌がらせもされた。


 そういう時は、余暇の時間を使って馬術の練習と称して、ここに抜け出して夕日を見ていた。そうすれば悩みが多い王宮生活でも頑張れたわね。


 もちろん立場が立場だから、常に護衛を必要とされた。

 近衛騎士団の誰かが先生役として付いてきてくれたけど、たいていはアレンだったわね。彼は若い時から、騎士団のなかで頭角を現していていたから先生としては最適だったもの。


 そういうこと、か……

 さすがに私も気がついた。ここなのね。

 私たちの最初の思い出の場所は……すべてが始まった場所は……


「おぼえている?」


「もちろん。ここには何度も騎士様を連れて遊びに来ていたわ。もしかしたら、少しだけ火遊びだったのかもしれない」


「冗談がすぎる。私と一緒にここに来たお姫様は、いつもめそめそしていて泣いていらっしゃいましたが?」


「そうだったかしら……でも、ここなんですね?」


「はい、ここから始まったんだ」




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