第113話 黒幕
「なるほど、キミは私が今回の事件の黒幕だと言いたいんだね?」
王子はやっと政治家の顔になった。
ここからは政治闘争だ。
「まさか……そうはいっていません。でも、いろいろと辻褄はあうんですよ」
「聞かせてもらおうか?」
王子は、引き返してソファーに腰かけた。
「はい。クーデター後の政界は簡単に予想できますよね」
「ああ、この後は論功行賞人事が発生するだろうね。特に、臨時政府を束ねた我々には、格別の恩賞が与えられるはずだ。私はおそらくどこかの省の大臣だろう。キミは、知事と兼任で終身名誉元老院議員に任命される。アレンは現役復帰を許されて2階級特進くらいが適当だろうね。あの年齢で史上最年少の将官の誕生だ」
私も同じ意見よ。きっと、シッド将軍も同様に昇進して大将になるだろうけど。少々なら軍の中枢部分を担当できる。率いることができる兵力も1万を超える。さらに、シッド将軍が大将となれば、軍全体に大きな影響力を及ぼすことができる。
「シッド大将・アレン少将。自由党のシンパが軍の重要なポジションに君臨するなんてキミたちも嬉しいだろう? 自由党も大躍進だ」
「ええ、でもそれ以上にあなたが得をする。アマデオ殿下が亡くなったことで、次期国王レースは間違いなく、あなたに確定する」
「そうかもしれないが、叔父上はそれを許さないだろう? 彼は私を嫌って、キミの方を高く評価しているんだから」
「そして、宰相閣下もあなたはこのタイミングで失脚させるのでしょう?」
「ほう、どうやって?」
「まず、今回のクーデターは王都で発生しました。王都の責任者である総督と軍務大臣は引責辞任しなくてはいけないでしょうね。2人は宰相閣下の側近中の側近。軍務大臣と軍務次官の両翼を失った軍務省の次席は、あなたの舅であるカインズ子爵。そして、論功行賞で空席になった軍務大臣には、新しく昇進するあなたが就くことが自然です。これで軍はあなたが完全に抑え込める」
「それはわからないさ。人事は国王陛下が決めることだ」
「……。そして、宰相閣下も辞任に追い込まれるでしょう。彼はクーデター側から名指しで批判されました。行政のトップとして、辞めざるを得ない状況になってしまっている。そもそも、こんな大規模なクーデターが発生するまで気づけなかったこと自体、失態ですから。ですが、気になることがあるんですよ。それは、宰相閣下がどうして実行されるまで、クーデターを知らなかったかです……国内に密偵をばらまき、情報収集をしているはずの内務省情報局はどうして、その情報を集められなかったのか? そこで、内務省のリムル情報局長があなたの側近中の側近であることに気づきます」
「……」
「あなたは、クーデターが起きることを知っていた。でも、情報局を裏で操りそれを隠ぺいした。あなたは、クーデター軍をわざと放棄させて、国王になるために邪魔な叔父上と弟君を失脚に追い込もうとした。違いますか?」
私の追及に対して、王子は乾いた笑いを部屋にとどろかせた。
「さすがだな、ルーナ?」
※
王子は満足したように笑い続けた。
「お認めになるんですね?」
「まさか! ただ、ルーナがあまりにも妄想力たくましいから笑いたくなっただけだよ。まさか、臨時政府の代表である私が黒幕なわけがないだろう? そもそも私は、クーデター発生時にヴォルフスブルクに拘束されかけたんだ。下手をすれば一生、あのまま幽閉生活を送らなくてはいけなくなっていたんだ。リスクが高すぎるだろう?」
やっぱりそれを言い訳にするのね。私の仮説は論理的には正しいと思う。でも、物的な証拠は何もない。そもそも、王子グループがそんなものを残すわけがない。だからこそ、ここで彼を倒すことができないのが口惜しい。
これ以上は口に出せないわ。不敬罪という厄介な法律がある。でも、私の中では一つの確信があった。きっと、あの魔女……ヴォルフスブルクと強いパイプを持っているイブール新報の女編集長が裏で動いていたんだわ。そして、これは確証はないけど……
きっとクルム王子は、ヴォルフスブルクに母国を売ろうとしていた。
王子の狡猾な保身を重視する性格なら、臨時政府は表プランだったはず。わたしたちの性格を熟知しているからこそ、私たちがクーデターに反発し抵抗することは想定できていた。ただし、兵力が乏しい臨時政府では、クーデター軍に敗北する可能性のほうが高い。仮に、私たちが敗北した場合は……
裏プランの発動。
ヴォルフスブルク帝国軍による軍事介入が待っていたんだと思うわ。さすがに大陸最強のヴォルフスブルク軍が軍事介入してくれば、精強な王都防衛師団でも敗北は間違いない。ヴォルフスブルク側も王子からの救援要請という大義名分があれば、包囲網側から批判される心配もなくなる。そして、そのまま感謝のしるしということで王国の領土を割譲する。割譲される場所は、おそらくバルセロク地方になるわね。そうすれば、体よく私たちまで王国から追い出せる。
まさか、このクーデターを利用して、アマデオ殿下・宰相閣下・自由党の地盤であるバルセロクすべてを排除しようとしていた。母国の不利益すら顧みないで……もう、彼には理想なんてないわ。ただ、自分を邪魔してきたすべてに復讐することしか考えていない。ただの復讐鬼。最悪の状況は回避された。バルセロクだけは、王子一派の障壁として残り続けることができた。それだけが唯一の救い。
「馬鹿なことはこれくらいにしようか。臨時政府が解散するまでは我々は運命共同体だ。さあ、王都に向かおう」
「わかりました」
私はこれ以上の追及を断念した。でも、証拠がないから彼を罰せないだけ。
今回の件の対応で私は元老院議員に任命される。選挙を通さない議員というのは少しだけ不満だけど……
国政の場で、私は彼を止める。
いえ、止めるだけでは不十分なのは、今回の件で分かった。
だから、私は……
彼を倒す。元婚約者として――彼にすべてを奪われた者として――そして、イブール王国の国民として、クルム王子をこれ以上、自由にしてはいけない。
手段を選ばない彼の野望を粉砕し、国民の手に国を取り戻す。
※
そして、私たちは王都に到着した。先行したアレンとシッド将軍のふたりが私たちを迎えに来てくれたわ。王都の近くで私たちは合流し、用意してもらっていた馬に乗ってゆっくりと王都に入る。
これはセレモニーでもあるわ。政治は、演出も大事。私たちが馬に乗って優雅に王都に向かえば、それだけ民衆は安心するわ。すでに、クーデター軍は降伏しているわけなんだけど、やっぱりみんなどこか不安に思っているはずだもの。だから、臨時政府の私たちが、王都にそろって凱旋することでみんなを安心させるの。
そして、4人で陛下にお会いして、国権をすべて陛下に返還する。これで内戦は完全に終わるわ。
すでに、民衆は私たちをひとめ見ようと待ち構えていた。
『あれが、アレン様だな。さすがは英雄だ。クーデター軍のトップ・オリバー公爵を討ったというのは本物なのかな』
『それに、ヴォルフスブルクに潜入してクルム王子を救出したんだろ……どんだけ化け物なんだよ』
『そりゃ、当たり前だろう? だって、カステローネの英雄だぜ? 国王陛下をひとりでお守りして、ひとりで魔導士たちを制圧したんだ。あの若さで実力で近衛騎士団の副団長までのし上がったんだから、本物だよ』
やっぱり、一番人気は私の婚約者だった。今回の内戦では、直接的に戦争を終わらせる活躍をしたから当たり前よね。
『やっぱりシッド将軍もすげえよな。有能すぎて、中央の貴族ににらまれて地方に左遷されているのにさ。いざ国の危機となったら自分で前線に立って、多数の敵を少数の兵力で包囲殲滅しちゃうんだもんな。マジシャンか何かかよ』
『海賊騒動とクーデター騒動。この2つで国を救った英雄だよな。まさに、イブール王国の守護神だ』
『毎回、不利な局面を覆して勝ちまくるとか名将すぎだろう……』
民衆の中では常に評価が高ったシッド将軍はさらに株をあげている。
『クルム王子は、相変わらずかっこいいな。今回も優秀な将軍にすべてを任せてたらしいけど、やっぱり王族は器が違うな』
『ああ、あんな人が次期国王陛下なら、我が国も安全だ』
私は、王子を讃える人たちの声を複雑な気持ちで聞いている。
彼は、ずっと仮面をかぶり続けている。そして、何も知らない人たちは、まるで過去の私だ。
『そして、あれが聖女様か』
『海賊騒動に続いて、クーデター騒動まで鎮圧してみせた。あんなにかわいい顔をしていながら、すさまじい胆力だぜ』
『あれでまだ20代だぜ? 信じられるか?』
『ルーナ知事が動かなかったから、臨時政府は発足しなかったんだろう? あの若さで大政治家のオーラをまとってやがる』
『バルセロク地方でいままで誰もなしえなかった港湾改革を達成した革命家って噂だろ?』
『それだけじゃねえよ。国で誰もやろうと思っていなかった教育改革すら軌道に乗せやがった』
『自由党の影の指導者っていうのはどうやら本当らしいな』
随分と持ち上げられたものね。大事な演出とはいえ恥ずかしいわ。
そして、王宮の前では国王陛下と宰相閣下が待っていてくれた。
私たちは、馬を降りて、陛下たちに礼を尽くす。
「クルム、ルーナ、アレン、シッドよ。この度は、オリバー公爵の反乱の鎮圧ご苦労だったな。お主ら4人は、まさに国家の功労者だ。イブール王国最高勲章を授ける。本当にありがとう。さあ、皆の者。この4人の英雄を讃えよう。彼らこそ、永遠に語らねばならぬ4人の勇者だ」
群衆が歓声を上げる。私は、王子の顔を見た。彼の笑顔はゆがんでいた。血塗られた偽りの英雄がそこにいた。
※
そして、臨時政府はすべての権力を王国へと戻す手続きに入ったわ。これですべて終わったのね。でも、まだこれからよ。クルム王子とその支配下に置かれつつある保守党を倒すには……
まだまだ、時間がかかる。
私が引き継ぎ作業を終えて、用意された王宮の一室のベランダに出る。ここは一見変わらないわね。この部屋は、婚約者時代に何度も泊ったけど、今は当時とは完全に違う立場になってしまったのね。
あの時は、まだクルム王子を信じていたのよ。愛してもいた。でも、今は……
超えなくてはいけない憎き政敵になっている。
運命とは、本当に残酷なものね。
ドアを叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
私はそう言うと、中に入ってきたのは宰相閣下だった。
彼は、開放感で満足そうな顔をしている。
そういうことね。私は、閣下が何を言いたいのかよくわかる。聞きたくはなかったけど……
「すまないな、ルーナ。夜分遅くに来てしまった。婚約者のアレンには許可をもらっているからいいかな?」
「はい、閣下」
「ありがとう。たぶん、わかっているとは思うが、進退の話だよ」
私は目をつぶって頷く。ついに、来てしまったのね。
「すでに、陛下には話を通している。私は今回の事件の責任を取らねばならない。原状復帰が終わり次第、宰相の地位から離れる」
「考え直してはいただけませんか。クルム殿下を抑え込むことができるのは、宰相閣下しかおりません。ここで閣下が辞めてしまえば、王子の暴走を止めることはできなくなります」
「そうしたいのは山々だがね。残念ながら、今回のような国家の危機を未然に防げなかった責任は重いよ。それに、その責任を取らずに地位に固執すれば、悪しき前例になる。クルムがその前例を活用することになれば、この国は終わる」
「しかし、あえて王子派が情報を隠していたのではありませんか? ならば、宰相様に責任は……」
「そのような証拠を見つけることはできないよ。それに、そうであっても私には責任が発生する。それが王族であり、行政機関の長としての立場だ。部下の暴走を許した責任は重い。ここで退くのが一番だ」
「……わかりました」
「だからこそ、ルーナに会いに来た。キミがクルムを止めてくれ。おそらく、あの男を止めることができるのはキミしかいない。あの怪物が国のトップになれば何が起きるかわからない。ルーナ。キミに頼める道理ではないかもしれない。だが、国を代表してお願いする。この国を頼む。キミこそがトップに立つべき器なのだから」




