第108話 侵攻
―オリバー公爵視点―
僕の軍は、特に妨害を受けることなく、バルセロク地方に侵攻した。
領域外で決戦を挑む可能性もあったが……
総兵力で劣る賊軍は、やはりロマンチストではないようだな。下手なダメ貴族が相手なら華々しい最期を求めるとでも言って自爆してくるんだろうが。
さすがは、アレンとシッドの両名将が率いているだけある。
そして、僕たちは県境付近にある砦を囲んだ。
守備兵はわずかで、戦闘らしい戦闘はほとんど行われなかった。数時間包囲して、すぐに降伏した。これで僕たちはバルセロク地方に橋頭堡を獲得した。
捕虜の尋問をするために、砦の責任者である少佐を連れて来させる。
「そなたが、この砦の守備隊長か?」
「はい。しかし、我らは捨て石にされたのです。時間稼ぎの……ですから、我々はすぐに降伏しました。あなたがたにこの砦の物資は提供させていただきます。食料や武器などそろっておりますので、どうぞ活用ください」
砦の守備兵たちは、捕虜として王都に向かわせた。
倉庫を見ると、隊長の言う通り豊富な物資が詰まっていた。
「オリバー陛下、バルセロク地方はどんなものかと思っていましたが、恐れるに足りませんな」
「まさか、こんな豊富な物資を捨てて、どこかに逃げてしまうとは……」
「アレンとシッドは腰抜けでありましょう」
幕僚たちは笑っている。これだから、バカたちは……
「キミたちは本当に無能だねぇ。魔導士隊に、物資を確認させろ。おそらく、魔力の罠が仕込まれているんだろう。下手に物資に触れば、爆発するんじゃないかなぁ」
僕の声を聴くと、彼らは凍りついた。
別の方向で、爆発音が聞こえる。おそらく、不届きな兵士が物資を横領しようとして罠にかかったんだろう。
奴らは心理戦を仕掛けてきているな。ブービートラップ。戦場ではよくある古典的な手法だよ。
食料や武器を無造作においておき、その下に罠を仕掛けておく。数字上の被害はそこまでではないが、敵兵を疑心暗鬼にさせて、精神的に余裕をなくす作用がある。
だが、魔導士隊によって罠は簡単に取り除かれる。さすがにバカな兵士でも、自分の命は惜しいだろうから同じ手にはもうひっかからない。
この砦と物資を手放すことで、僕たちに精神的な動揺を誘ったつもりだろうけど、無駄だったね。
「きみたち? おそらく、バルセロク地方兵団の作戦はゲリラ戦だよ。あまり無理に進軍しない方がいい。補給線を伸ばせば伸ばすほど、敵の狙い通りになる。今回は、ゆっくりと面を制圧していけばいい。そうすれば、ゲリラ戦は戦力の逐次投入という悪手になる。数で勝るこちらが負けるわけがない」
さあ、楽しませてもらうよ。アレン?
※
「陛下、こちらからバルセロナ市に向かうには2つのルートがあります。まずは、森を抜けるルートです」
幕僚たちとの作戦会議が始まった。
「だめだ。森はゲリラ戦に適している。そちらの方向に行けば、敵の思うがままになるだろうね」
本来なら海路という選択肢もあるんだけど……
だが、バルセロナ市の沿岸は、事実上の要塞。グラン海賊団ですら、沿岸線に配備された大砲によって、船団はほとんど壊滅した。事前に、陸上に潜入していた海賊団員がいなければ、小国に匹敵する海軍力を持つ海賊団が何もできずに壊滅していたことになる。
逃げ場がない船上からの攻撃は、大きな被害が出るため最初から選択肢に入れていない。
だからこそ、僕たちには最初から海路という選択肢は存在していなかった。
そもそも、バルセロナ市は自然の要塞ともいえる。
「であれば、東ルートで進軍ですね。こちらは比較的に見通しが良い平原が続きますから……ただ、問題は渡河しなくてはいけない個所が多いところですね」
「ああ、だが見通しが良ければ、奇襲の心配はなくなる。あとは、数の平押しで勝てるだろうよ。そうすれば、僕たちがこの国の本当の王になれる」
リスクを考えれば、森よりも平原を進んだ方がいい。渡河中に敵主力が戦闘を挑んでくる可能性もあるが……
その時は僕たちが数の暴力で押し切ればいい。多少の犠牲はでるが、総兵力に5倍近い差がある状況を考えれば、人海戦術で間違いなく勝てる。
伏兵戦術が使えないならば、怖くはない。罠を仕掛けるには、見通しが良すぎるから。
もちろん、アレンたちもよくわかっているだろうね。だからこそ、あいつらの狙いは市街戦か……
焦土戦術をとって、補給切れを狙うしかあるまい。まあ、それなら僕たちにとってもメリットしかない。だって、自分が作り出した自由党の牙城を自壊させなくちゃいけないんだからね。市街戦となれば、自由党の施政下で勘違いした庶民たちを問答無用で粛清できる。
庶民に知性なんて与えたらどんな反乱がおきるか……
だからこそ、自由党の学校はこの機会を使って完全に破壊してやる。自由と権利なんてものは、僕たちのような貴族しか扱えないんだよ?
自由をすべて壊して、僕は絶対的な王になる。軍事を優先した富国強兵をしなければ、列強国にいつかイブールは併合される。そうすれば、すべての者が他国の奴隷になるんだから……
王国の守護者として僕は僕なりの責任をはたす。この国を守るなら、僕は悪魔にだってなれるんだからね。
※
さあ、もうすぐバルセロク市だ。抵抗らしい抵抗はほとんどない。
やはり、地方庁で決戦か。たしかに軍事上はそれで正しいが、政治的には愚かな結論だな。自分が何年もかけて築いてきた成果を灰にするのだから……
いくつかの川を渡る必要があるからな。それが難しいが……
明日にでもバルセロク市を包囲可能だ。
包囲してしまえば、敗北はあり得ない。数の力で包囲殲滅するだけでいい。
「陛下……今日は川の水が少ないです。一気に渡ってしまいましょう」
「これはまさに天運です! 神は我らに勝てとおっしゃっているのでしょう。大軍が川を渡るのは危険ですが、この水量ならリスクもほとんどありません」
「ここが最後の関門ですからね。その最後の関門がこうも安々と突破できるとは……」
幕僚たちは、口々にそう言った。たしかに、ここ数日は雨が降っていないかった。
だからか……
若干の違和感はあるが……
だが、このままここに待機していれば水量は必ず増していく。チャンスは今日しかない。
ここは決断の時だな。賽は投げられた。
「諸君、いよいよだ。ここを抜ければ、いよいよ賊軍の本拠地バルセロク市は目と鼻の先だ。総兵力はこちらの方が圧倒的だ。負ける要素はない。ここで勝利すれば、本当の意味で僕が国のトップに立てる。勝てば恩賞は思いのままだ。勇者には、相応の褒美を取らせる。バルセロク市は叛徒の巣窟だ。奪えるものは奪ってしまって構わない。キミたちにとっては、敵の本拠地は宝の山だろう。ここで手柄を立てれば、新政権では相応の地位も約束しよう。ここからは一気に敵陣を制圧する!!」
「「「うおおおおぉぉぉぉおおおおお!!!」」」
これで軍の士気は上がる。
「では、前進だ!!」
ラッパが鳴ると、兵隊たちは我先にと川を渡り始めた。胸ぐらいまでは水があるようだが、兵士たちは次々と前に進んでいく。
無事に渡れそうだね。先ほどの違和感は杞憂だったか。
「陛下、前方にバルセロク地方兵団が展開を開始しました……」
「やっときたか……」
我々の進軍を知って、ついに決戦に挑む覚悟を固めたようだ。たしかに、渡河の後なら疲労で有利かもしれない。だが、最終的には数の力で制圧可能だ。ならば、こんな場所で正面衝突は悪手にしかならない。さらに、展開が遅い。
「あの旗……指揮官はシッド少将だね。相手にとって不足なし。一気に押しつぶしちゃって!」
軍の半数以上は川に入っている。渡り切ってしまえば、こちらの勝ちだ。
そう思った矢先のことだった。地鳴りが、周囲を包んでいる。
「なんだ、この音は……」
「陛下、あちらを見てください……」
幕僚にうながされて、見つめた先は川の上流側だった。さきほどまで、ほとんど水量がなかった上流に水が増え始めている。
まさか……
「撤退を命令し……」
その指示は致命的に遅かった。すでに、大部分の兵の近くまで濁流は迫っていたのだから……
僕の兵士の大部分は、濁流にのみこまれた。




