第102話 荒剣
「火事だー! 逃げろ」
館内は、騒然となっていく。単なる煙玉で本当に火災が起きるわけではない。これなら、迎賓館の被害はガラスとカーペットが焦げるくらいだ。
「少佐いくぞ!」
俺たちは、2階の窓を叩き割って突入した。王子は窓際の椅子に腰掛けていた。まるで、俺たちがここに来ることを予期していたかのように。
いや、わかっていたんだろうな。この人は。
長い付き合いだ。憎しみ合いながらも、俺達の思考はよくわかるだろう。
「ご無事ですか、殿下?」
俺は、形式上の礼儀をつけつつ無事を確認する。怪我もなく、静かに笑っていた。
「ご苦労、アレン。久しぶりだな。来てくれると信じていた」
この男がまさかこんなセリフを吐くとは。にわかやに信じがたい。
「もう少し早く来てくれると思っていたよ。まあいい。脱出しよう、あいつが来る前に」
「あいつ?」
その返事が来る前に、俺はその答えに直面した。煙の中から大きな剣が俺に襲いかかる。間違いなく殺意を持った攻撃。
やはり、護衛か。王子という戦略的にも外交的にも切り札になる存在をそうやすやすと手放すわけがない。
おそらく、ヴォルフスブルクの兵士の中でも達人クラスの使い手だ。体の重心移動を利用した重い一撃。基本に忠実ながら、難しいことをきちんと成し遂げていた。
俺は剣のサヤを使って、凌いだ。
「ほう、さすがは突入部隊だな。あの不意打ちをかわしたか」
「なんていうパワーだ」
煙の中からは、銀髪の男が現れた。偉丈夫という言葉がよく似合う2メートルに近い体。見たこともないほど大きな剣を軽々と持ち上げている。
なるほど、こいつが噂に聞くヴォルフスブルクの荒剣だな。
「あんたもなかなかの使い手だな。まさか、イブールにも俺の剣と戦えるやつがいるとはな。名前を知りたいくらいだ」
「こんな茶番を用意してまで、わざわざ隠れて突入してきた兵士が、名乗るわけがないだろ」
「それもそうだな。なら、楽しませてもらおうか?」
こいつは、好敵手を見つけて楽しそうだが、俺には時間がない。早くしなければ、この異変に気付いた他の兵士たちが駆け付けたら作戦は失敗する。あと数分くらいしか余裕がない。
しかし、巨体から繰り出される剣技は今まで体感したことがないくらいの重い攻撃だった。こんな重い攻撃を繰り出しているのに、息すら切れていない。恵まれた体格と無尽蔵のスタミナ。
敵になればこれほど恐ろしい相手はいない。
こうなったらあれを使うしかないか。
俺は、敵の攻撃を待った。




