第10話 論破
ナジンは、屈強な男たちに取り囲まれた。男爵家の反当主派と、私たちは手を組んでいたのよ。ナジンに自白させて、すなおに謝罪するなら、私たちは見逃すつもりだったわ。
でも、ここまで私たちをバカにしている人にかける慈悲なんてあるわけないわよね。
もちろん、私たちは許したとしても、弟君たちは許してくれなかったでしょうけど……
丸腰の私たちを武器で襲おうとするひきょうな貴族と戦うのよ。準備してもし足りない。アレン様が、領土に不在なら、代わりになる有力な存在と結びつけばいいのよ。私は貴族社会でそういう場をたくさん見てきたわ。だから、今まで見たことをそのままやり返せばいいの。
ね、簡単でしょ?
「クリス。弟の分際で、平民と共謀して、兄を陥れるなど、どういうつもりだぁ!」
ナジン男爵は、弟のクリスさんに激怒している。
「兄上。あなたの責任です。まさか、小金を稼ぐために、こんな違法行為に手を染めるとは……あなたは貴族の誇りを捨てて、動物以下の存在になり下がった。もはや、兄とも思えません。最後に無駄な抵抗をせずに、降伏してください。これ以上の醜態は、おやめください」
「何をバカなことを言っている。私は男爵家の当主だ。ここで平民を殺せば、すべて隠ぺいすることができる。私は選ばれた存在なんだ!!」
「そんなことをすれば、300年続いていて男爵家が断絶します。そこの賢い女性が、兄上の暴走を考慮していないとでも思っているんですか。このまま、あなたが暴走すれば、ここの領主のアレン様に連絡がいく手はずになっています。私は、だから来たのです。私が、あなたを捕まえれば、男爵家は取り潰されずにすみます」
「お前たちは、当主を犠牲にしてでも、生き残るつもりか。この薄情者めぇ」
「あなたが、勝手に税を取り立てたのがいけないのです。自業自得ではないですか」
「やれ、お前たち。このバカな弟を、村人ごと殺してしまえ」
激高した兄は、部下に無差別殺害を指示したが……
部下たちは、剣を床に落として、腕を上げて降伏の意思を伝えていた。
いっさいやる気がないようね。
よかったわ。
「なぜだ、なぜ、お前たちは動かない! このままでは、俺は破滅するんだぞ。誰でもいい。助けてくれ。俺は、没落なんかしたくない。まだ、人の金で贅沢したいし、貴族の特権につかっていたいんだよ」
クリスさんは男たちを縛り上げていく。
終わったわ。私たちの勝利よ。
ナジン男爵は、弟に剣を突き立てられて震えているわ。
「兄上。私はこういうシナリオを考えています。あなたは、狩りに行ったきり、帰ってこなかった。どうやら、狩りの途中に、運悪く遭難してしまい、魔獣にでも殺されてしまった。しかたなく、男爵家は、私が継承する」
「兄を殺すつもりかぁ……嫌だ、殺さないでくれ。頼む、命だけは、命だけはぁ」
「大丈夫です。この件は、私と村長さん、そして、ルーナさんとも話し合いは済んでいます。あなたが、無理やり奪った絹の損害は、男爵家で補償します。もちろん、利子まで計算したうえで、私が責任をもっておこないます。それで示談です。あなたも自らの責任を取って、男爵家のために死んでください」
「いやだあああぁぁぁぁぁあああああああ」
太った貴族の絶叫が村に響き渡る。
「反省はしていますか?」
私はナジンに、そう問いかける。
「ああ、反省している。すいませんでした。みなさんをだましていました。反省しています。どうか、殺さないでください。なんでもします。絹は売ってしまったので返せませんが、お金で払います。どうか、許してください」
男爵は、貴族のプライドを捨てて、地面に頭を叩きつけて謝罪を始めた。
「ほかには?」
「えっ!?」
「ほかにも、謝ることありますよね?」
私は冷たい目で、ナジンを見つめる。
「ひぃ」
「ないなら、死んでください」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「一体、何を謝っているんですか?」
「皆さんのことをバカにしていました。字も読めない平民のことをバカにしていました」
「そんな平民に負けたのよ、あなたは?」
私が残酷な事実を突きつけると、彼はぴたりと動きを止めた。
最後に残っていた物も彼は失ってしまったのね。
「いやだあああぁぁぁぁぁあああああああ」
何度目かわからないほどの、絶叫にみんなが失笑する。
「ルーナさん。それでは、手はず通りでよろしいですか?」
クリスさんは、情けない兄の姿を見ながら、私に確認する。
「お願いします」
私が首を縦に振ると、彼は罪人に近づいていく。
「いやだ、殺さないでくれェ。金なら払う」
お金は、弟さんが払ってくれるから、必要ないんですよ。
私はそう思いながら罪人を見つめていた。
「大丈夫です、兄さん。殺しはしません」
「えっ!? 助けてくれるのか?」
「ええ、ですから安心してください。命だけは助けてあげますよ、命だけは」
そう言って、罪人の首にはリングが繋がれた。
「これは、まさか……」
男爵は青ざめた顔になっていく。このリングの意味がわかったのね。
「ええ、兄さんは、今日からこの村で《《奴隷》》として、村の方々に尽くしてください。それが、あなたが受ける罰です」
「俺を、平民の奴隷にするのか……」
ナジンは、ショックでそのまま気絶した。
※
こうして、男爵たちの暴走によってはじまった一連の事件は終息したわ。
誰もケガすることなく、私たちの村は男爵家からの賠償金を手に入れたのよ!
そして、男爵は……
いえ、もうナジンね。彼は、事実上社会的に抹殺されたわ。
※
「兄上。私はこういうシナリオを考えています。あなたは、狩りに行ったきり、帰ってこなかった。どうやら、狩りの途中に、運悪く遭難してしまい、魔獣にでも殺されてしまった。しかたなく、男爵家は、私が継承する」
「大丈夫です。この件は、私と村長さん、そして、ルーナさんとも話し合いは済んでいます。あなたが、無理やり奪った絹の損害は、男爵家で補償します。もちろん、利子まで計算したうえで、私が責任をもっておこないます。それで示談です。あなたも自らの責任を取って、男爵家のために死んでください」
※
クリスさんが、こういう話をしたけど、これはあくまで脅しよ。
さすがに私たちまで犯罪者になりたくない。
殺しはしないけど、ナジン男爵は狩りに行ったまま行方不明っていうのは変わりないわ。そのままクリスさんが、男爵家の当主代行になる。そして、法律の定める期間、男爵は行方不明のままで、死亡認定されるのよ。
本人は、この村で罪を償うために、働いているんだけどね。
彼は村の牢屋にとりあえず入れているわ。暴れないようにするためにね。
まあ、あの鎖は、犯罪者の捕縛用に使う魔道具。
術者の命令に背いた時は、魔力が自動的に働いて繋がれた犯罪者を痛めつけるのよ。
クリスさんは、「罪を償うために、この村の人たちにしっかり仕えること」という命令をしていたわ。なので、ナジンが、挑発的な行動を取ればすぐに鎖の魔力が発動して彼を痛めつける。
貴族としていびり散らしていた彼にとっては、自分が平民以下の存在になって働くというのが一番の罰だもんね。
自分が贅沢するために、農家の人がどんなに頑張って畑を耕しているか知れば、彼も変わるかもしれない。
そろそろ目が覚めるころね。少しだけ様子を見に行ってみましょうか。
※
―村の牢獄―
「ここはどこだ。出せー、おれは男爵だぞ。貴族に対して牢獄にいれるなんて許されると、思っているのか!!」
地下牢では、ナジンが暴れていたわ。
私と村長さんはそれを聞いてあきれて首を横に振った。
「どうしましょうか、ルーナ様」
「とりあえず、話を聞きましょうか?」
「そうですね」
私たちが牢屋の前に来ると、ナジンは私たちにとびかかるかのように襲いかかってきた。でも、牢があるせいで私たちには届かないんだけどね。
「ここから出せー、平民ども!!」
「あのね、ナジン? あなたはさっき弟さんに言われたことをおぼえていないの? どうなっても知らないわよ」
私は忠告のつもりで彼に警告する。
でも、聞くわけがないわね。鉄格子をバンバン叩く彼に鎖が反応した。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁああああああ。痛い、首が熱くて痛い。やめてくれ、助けてくれぇぇぇぇええええええぇぇぇぇぇ」
ナジンは、牢の中でのたうち回っている。やっぱり、噂には聞いていたけど、あれって本当に痛いのね。
「あなたは、私たちに仕えることになったんですよ。その鎖が、証拠です」
「お前ら平民の奴隷になるなんて、死んでも……ぎゃあああぁぁぁぁぁああああああ」
痛々しい悲鳴よ。お願いだから、言うこと聞いてよ。
「どうしますか。このままじゃ、体が持たないわよ?」
「わかった。わかった。なんでもするから、もう痛いのはやめてくれよ。これ取ってくれよ、頼む」
「あなたも貴族だから、わかるでしょ。その鎖は、魔力が切れるまで外れないわ。たぶん、10年くらいはそのままね」
「10年もこのまま……なんでだよ、なんでこんなことに」
「あなたが罪を犯したからでしょ。あんな違法行為が表に出たらこんな罰では済まされないわ。あなたは拷問の末に処刑されて、家は断絶よ?」
私の家のようにね……
「うう、死にたくない。死にたくない」
「なら、私達と一緒に畑を耕しましょう。あなたは、きちんと労働して罪を償うのよ。今まで自分がしてきたことをしっかり自覚して、きちんと反省するのよ?」
「ああ、わかったよ」
「じゃあ、明日から、たくさん仕事を頼むわ。働いてくれるわよね?」
「ああ、わかったよ」
まるで、糸が切れた人形のように同じ言葉を繰り返しているわ。
明日には、男爵家の賠償金も届くはずだし、いろいろと忙しくなるわ。
私も頑張らなくちゃ!
「これで終わりですね、村長さん!」
「いえ、まだ終わりではありませんよ」
「えっ?」
「だって、そうでしょう。あなたがいなければ村は救えなかった。私は、仲間を救うことができなかった。村長失格です」
「そんなことはないですよ。村長さんがいなければ、私たちはまとまることができなかったんですよ」
「そうかもしれない。でもね、もうこの老人が村を引っ張っていくのは限界なんだよ。新しい時代は、キミたちが作っていかなくちゃいけない」
「それって……」
「そう、私の後任の村長に、キミがなって欲しい!」
これにて第1章は終わりです!
楽しんでもらえたら嬉しいです。