082 ドーリスの鍛冶場
翌朝、俺たちはすぐにおいとますることにした。
約束の日は明後日。
今日中に麓の市街地までは行っておかないと。
「それでは、お気をつけて」
「また会いましょう」
ヨヴとお母さんが見送ってくれる。
フォヴは俺が起きる前に仕事場に行ってしまったようでもういない。
まあいたとしても気まずいしね。
あの後のことについて話そう。
と言っても特に何か起きたわけでもなく、普通に食事をしただけだ。
会話も弾んだし、料理も楽しめた。
ただフォヴだけはしゅんとして静かに食事をしていた。
そうとう怒られたようだ。
彼に対してもう特別語ることはないだろう。
フォヴもただの父親だったのだ。
俺もいつか父親になるかもしれない。
このことは心に刻んでおこう。
さて今日は首都ナーランにやって来た。
ここで一泊したら明日は登山となる。
ゆっくり観光でもしよう。
さて市街地の街並みだが、今朝までいた郊外とはうって変わって建物が密集している。
道も曲がりくねっているし、あっちもこっちも坂道だ。
手元の地図を見ていても迷う。
街の作りとしてどうかと思うが、元々は城塞だったと聞けば納得だ。
坂道を上がって行けば簡素な城が現れる。
街の最も高いところに建っており、なかなかの展望だ。
この国と王政は少し変わっている。
市民による多数決で王が決定するのだとか。
てっきりドワーフのことだから一番強い奴が王になっているのかと思っていたが、こういうところは理性的らしい。
まあでもやっぱり闘技チャンピオンが人気で票を集めやすいそうだ。
昼食は城の近くの飲食店で入る。
オーナーがユナが第八星だと気付くと特別な個室に案内されてしまった。
どうやら役人や闘技チャンピオン御用達のお店だったようで、この部屋もなかなか入れるものじゃないらしい。
折角なので豪華な肉料理をたっぷりと頼んだ。
ドワーフらしい大胆な味付けと、しかしその中でも光る繊細なサシに舌鼓を打った。
かなり高くついたが、値段の価値はあった。
その後、俺たちは火山の麓の方へ向かった。
ここら辺から鍛冶屋や武器屋が多くなる。
今使っている武器や防具を見直すのもいいだろう。
もちろんそこらの鍛冶屋でもいいが、ここまで来たら行くべきところは一つだ。
火山に最も近いところにある『ドーリスの巨人』。
ここしかない。
ドーリスの巨人は世界で最も巨大な鍛冶屋で、なんと国が管轄している。
国王お墨付きとかではなく、行政機関なのだ。
十分に信頼に足る。
別に他の鍛冶屋がダメなわけじゃない。
というかここらの鍛冶屋のだいたいはドーリスの巨人で修行を積んだ人が始めた店だ。
品質は言うまでもない。
でも最初に行くならここだと皆言う。
近づくだけで熱気が伝わってくる。
奥の方では今まさに精錬が行われており、数多の煙突から煙がもくもくと立っている。
あちらこちらで作業が行われていて活気がある。
この光景を見れただけでも来た甲斐があるってものだ。
「さあ、何の用かな」
「武器を新調したくて」
「今使ってる武器は?」
腰に掛けた剣を渡す。
思えばクリストロフで買って以来、変えてこなかった。
あの旅路によく耐えたものだ。
「柄の大きさは、なるほど。同じようなものならいくつかあるが、どういうのがいいかな」
「魔力の通り良いものが欲しい」
「それで?」
「とにかく頑丈なものがいい」
「うん。丁度いいのがあるよ」
受付の老人のドワーフが横にいた若いドワーフに何かを渡した。
若いドワーフは急いで奥に走って行った。
「お嬢ちゃんは? なかなかいいものを背負っているが」
「あ、うん。これは」
ユナも大剣を差し出す。
ドワーフが手に取った。
顔つきが変わった。
「これは、うちで作ったものだね」
黒鉄の大剣は名を『ヘイルヘンド』というらしく、かつてはティロニアンの将軍が代々所有していたものだそうだ。
そんな大物が何故今ユナの手に渡っているのかは、老人は問いたださなかった。
「いや、間違いないよ。本物だ」
「もし売るとしたらどれぐらいになんるんですかね」
「金貨十枚はくだらない。俺の家をおまけでプレゼントしてもいいぐらいだ」
相当に価値があるようだな。
まあ売らないけど。
ユナほどの実力者が持つには丁度いいからな。
「もっと高い剣もあるんですか」
「まあ上を見れば『エルカーノ』と『ハリマサダムネ』があるけど、ありゃもう価値が付けれないレベルだからな」
「何ですかそれ」
「ええ知らないのかい? ならば語らねばなるまい」
鍛冶で有名なドーリスとアシハラ。
三百年ほど前に互いの名工一人を留学させ合ったことがあるらしい。
そしてその時に作られた二振りが偶然にも今日まで揺らぐことのない最高傑作になったという。
『エルカーノ』はドーリスに来たアシハラ人が鍛えた剣。
魔力の通りは変わることなく、しかしブレードは長細く、非常に軽量。
そして両刃ながら切れ味は最高クラス。
『ハリマサダムネ』はアシハラにいったドワーフが鍛えた剣。
片刃造りで魔力の通りも良く、そして大きい。
抜くのにも一苦労するそれは圧倒的な斬撃を繰り出すという。
「もっとも、あんなの振り回せるのは筋力にも技量にも優れた人だけだろうけどね」
「それでその二振りがここにあるんですか」
「まさか。ハリマサダムネはアシハラの将軍が持ってるし、エルカーノはロベルト坊やに盗られっちまった」
「ロベルト?」
「今の『教会の剣』だよ」
ああ、あいつか。
なんか妙な剣持ってるとは思ってたけど。
すっげえ痛かったけど、そんな伝説の剣に斬られたのは結構名誉だったりして?
「さて、君の剣が来たようだ」
箱から布に包まれた剣が取り出される。
刃が独特な反射光を放つ。
普通の剣ではないことは確かだ。
「こいつは『シケートライト』。古代語で浄化を意味する」
「浄化だぁ?」
「そう。こいつはそのまま使っても全く斬れない」
老人は自身の腕に剣をぐりぐりと押し当てた。
傷は付かない。
刃がないからだ。
「さあどうする」
どうするもなにもこれしかないだろう。
俺は剣を握りしめ、魔力を込めた。
先ほどまでの禍々しい雰囲気は消え、ブレードがうっすらと青白く光を放つ。
なるほど、これが浄化ね。
「ていうか、これほとんど魔力増幅器じゃないですか」
「そうだ。魔術師のための杖として使うことを想定されている。剣はおまけだ。魔力が枯渇したときにはもう使い物にはならない」
いざという時に役に立たないじゃないか。
「使いこなすのは困難。余程技量がある人でもない限りな」
なるほどね。
お手並み拝見というわけか。
「試し斬り、するかい?」
-----
鍛冶場の横にある広場。
何体もの木の人形が立てられている。
俺は剣を抜くと魔力を込めた。
よく馴染む。
いい結晶を使っているな。
両手でしっかりと構え、目の前にあった人形に斬りかかる。
スパリと綺麗に斬れた。
切れ味も俺の魔力次第みたいだな。
次は逆手に持ち、大きく振りかぶって投げた。
少し遠くの人形に刺さる。
そしてこの状態で魔力を使えば……。
剣がズボッと抜け、俺の元へ帰って来た。
今のは最初から仕込まれていた魔術だ。
なるほどこれは。
「使いにくいな」
「やはりそう思いますか」
「切れ味もちょっといい剣とそんなに変わらないし、そもそも剣を投げる必要性も薄い。そこらの適当な剣なら捨てるも覚悟で飛ばしたりするけど、これはねぇ」
値段はまだ聞いていないがそれなりにするはずだ。
そんな剣をぶん投げて相手に盗られましたなんてことになったら目も当てられない。
「では、別のものにしますか?」
「いやこれでいいよ」
もう一度握りしめて今度は付くような動作をする。
その瞬間刃渡りがグンと伸びた。
そして人形を貫いた。
正確には刃渡りそのものが伸びたわけではなく、先端から魔力の余波を出しているだけに過ぎない。
要するに飛び道具というわけだ。
近接戦闘において間合いは大事だ。
相手の攻撃を最低限の動きで避けなければならない。
そういった中で急に相手の武器の刃渡りが伸びるとなれば、やりにくいことこの上ない。
まあこれが俺に使いこなせるのかと聞かれれば、どうだろうか。
しかし可能性はある。
そして直感がこう告げる。
この剣を最初にものにするのはゼオライトしかいないと。
「買おう」
「毎度あり。よく似合っていますよ」
ニタリと微笑む老人。
俺の実力と性格をわかって出したなこいつ。
その後は防具や小道具などを揃えた。
値段は高くついたが、それだけの価値はあると信じている。
「あとこれ、サービスね」
「短筒、ですか」
「いっぱい買ってくれたからね」
短筒と弾が十ほど。
あと火薬かな。
「威力は保証する。是非使ってくれ」
とは言っても、使いづらいんだよなこれ。
ばあちゃんと一緒に狩りに行った時にこれの大きいの使ったけど、準備に時間かかるは下手に扱うと暴発するわで散々だった。
それなら魔術でいい。
でも魔力も気力も全て使い果たしたときには使えるかもしれない。
「ありがとうございます」
これで準備は整った。
約束の時間まであとわずか。
何が待ち受けるかわからない。
強敵かさらなる旅路か。
なんでもいい。
かかって来いってもんさ。




