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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第三章:黄金の夢

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081 ドワーフ親父


「こんな奴がかの術師狩りとは、聞いて呆れる」


 フォヴは持っていた食器をテーブルの上にごとりと置いた。


「横にいる女に守られながら魔術を撃つだけの臆病者が。娘といた時も大方そうだったんだろう。身体を見ればそれぐらいわかる」


 足を組んで背もたれにドカリともたれる。

 相当俺は嫌われているようだ。


 ドワーフは客人に対して非常に暖かく接してくれることで有名だ。

 そしてその主人として、家を代表する者としてこのような態度をとることはありえない。

 俺をもてなす気はないかということだ。


「そんな弱者に戦士の何がわかる? 戦いの何がわかる?」


 言いたいことはいろいろあるが、ここは堪える。


「おっしゃる通りかもしれません。でも、そんな私にでもイヴの強さは、信念は伝わりました」

「何が信念だ。女の癖に家を飛び出していったあいつにそんなもんあるか」

「では、何故イヴは女にもかかわらず出て行ったのか考えたことはありますか?」


 今の返答は少し予想外だったのか、少し眉がピクリと動いた。

 しかし直ぐに落ち着き払って答えた。


「一時の迷いだ」

「迷い?」

「ああそうだ。やるべきこともせずに放浪したくなる時期は誰にでもあるだろう。しかし現実を見ればそんなことしている場合ではないことなどわかる。幼子ならまだしも奴はもう大人だ。わかって当然。だが一時の迷いのままに動き、引き返せなくなった。わが娘ながら哀れなことよ」

「ではイヴのやるべきこととは」

「家を守ること以外にないだろう」


 フォヴは非常に堂々としていた。

 自分の言っていることに何も間違いはない。

 そう言わんばかりの態度だ。


「結婚して、夫が出かけている間に家の、子どもの面倒を見る。それが女の務めだろう」


 そうかもしれない。

 ドワーフであれ人間であれ、それが普通なのかもしれない。

 でも違う道があったっていいじゃないか。


「イヴはそれを選ばなかった。迷いはあったかもしないが、彼女は出ていくことを自分の意志で選択した。これは尊重してやってもいいんじゃないのか」

「尊重も何も家を出て行った時点でダメだ」

「なぜそこまで彼女を家に縛りつけようとするんだ」

「……なぜかって?」


 フォヴはキョトンとした。

 そしてさも当然のようにこう言った。


「家にいなければ、娘を守れないではないか」


 その返答は以外なものだった。

 動きを制限する気などなく、あくまで守ろうとしているのか。


「ああ、そういえば流浪の者だったな。大切な人を置き去りにして自由気ままに生きているお前にはわからないことだろうよ」

「置き去りにしているわけでは――」

「ならばどうやって守る。その者に何かあったとして、すぐに駆け付けることができるか? 大事な家族を、恋人を守る気がないんだろう」


 言い返すことは、出来なかった。


「私は向こうの鉱山で働いている。妻に何かあればすぐに帰って来れる。遠出しなければならない時は家族皆連れていく。そうでなければ守れない。もう妻と結構して二十年近く経つが、妻を置いて一日以上家を空けたことなど一度もない!」


 ヨヴは僅かに笑みを浮かべたまま、黙っている。

 もう助け舟は出してくれないか。

 いやそもそも出すことは出来ない。

 フォヴは何も間違ったことを言っていない。


「それに比べてお前はどうだ。連れの女さえ満足に守ることができないだろう。男として恥ずかしくないのか?」


 確かにそうだ。

 いやずっと前から気づいていた。

 俺は無力だ。

 ユナも守れず、お嬢様も守れず、姉さんの身に何かあってもそれを察知することすら出来ない。

 これは疑いようのない事実だ。


「そんな者が、この話をする資格などない」


 静寂に包まれる食卓。


「では私からも一つよろしいでしょうか」


 そんな中、ずっと黙っていたお母さんが口を開いた。


「あなた、さっきから男がどうだこうだ言っていますがね」

「え?」


 お母さんの鋭い眼光はフォヴに向けられた。


「ドワーフの男としてお客さん前でその態度は、一体どういうことだい!」

「いやぁ、ミア、これは!」


 ドンッと机が叩かれる。

 さっきまで威圧的だったフォヴが、逆にたじろいでいる。


「ヨヴ。少しの間だけお客様をそこの丘に案内してあげて。上半球では見られない星が見えるかもしれないわ」

「そうですね。少し夜風に当たって来ます。さ、行きましょう」

「私はお父さんと一緒にお料理を温め直しておりますので、遠慮なく」



 二人に言われるまま裏口から出る。

 まあ星は確かに綺麗だけど、あ、なんか怒鳴り声が聞こえてきた。


「ふふ。見事なドワーフおかんだったでしょう」


 ヨヴが笑いながら近づいてくる。


「お前、まさか分かってたのか」

「不思議なもので、こういうことは父よりも息子の方が分かってしまうんです」


 だからちょっと余裕そうだったのか。


「一つ理解していただきたいのは、ドワーフの女は虐げられているわけではありません。男と同様、やるべきことが終わったら、あとの時間は自由に過ごせますし。それに家庭内の立場も、まあ今見ていただいた通りです」


 俺もちょっと考えを改め直したよ。


「むしろ男の方が締め付けられているのかもしれませんね。貴方にはどう見えましたか?」

「いや別にあんたらの文化を否定する気はなかったんだ。ただ、てめーの娘が異国の地で踏ん張って生きているのを否定するのはどうかと思ったんだ」

「私も父の親心を全て理解しているわけではありませんが、そうですね」


 フォヴは丘の頂上で座った。

 俺も隣に座った。

 頭上には星が輝いていた。


「姉貴から聞いていると思いますが、父は人間の男とドワーフの女のハーフなんです。それ自体はそこまで珍しくないのですが、問題が祖父がとんでもない浮気性だったということです。子どもが出来ても顔を出しに来るのは年に数回のみ。当然ドワーフたちに受け入れられるはずもない。なぜなら――」

「妻を、子どもを守ることを放棄した」

「その通りです。そしてその罪を一身に受けたのが父です。母方の両親からそれはもう厳しく育てられたのだとか。『父がいないのなら、お前が母を守るのだ』とずっと圧力をかけられてきました」


 フォヴはハーフながらドワーフよりもドワーフらしく育てられた。

 家族を守るためだけに。


「父は守ってきました。母を、妻を、そして娘と息子を。そこに対価はありません。特に子どもはそうでしょう。親が我々にしてきてくれたことに比べれば、子どもが親にしてやれることなど些細なものです。父も分かっていたでしょう。ただそれでも、何らかの形で注いだ愛の一部を返して欲しいと思うのはいけないことでしょうか」


 世の聖職者は言うだろう。

 愛に見返りは求めてはいけないと。

 そういうものだと思う。

 でもやはりどこか見返りを求めている自分もいる。

 それが人間なのだろう。


「娘は父が嫌いで嫌いで仕方なかった祖父に憧れた。この事実は、非常に重いものだったと思います。そしてやはり周りの目もある。あれは父なりの苦しみなのだと私は考えています」


 そうか。

 彼は娘を肯定することを恐れているのか。

 娘を肯定することは自分の人生を否定することに繋がる。

 彼はドワーフとして真っ直ぐ過ぎたが故に、自分の存在意義を見失いつつあるのかもしれない。


 だとするのなら、いやどちらにせよ俺からフォヴにかける言葉はない。

 その答えは本人のみしか見つけることが出来ない。


「さてそろそろ良い頃合いでしょうか。少し様子を見てきますね」


 ヨヴは立ち上がると家の方へ歩いて行った。


「主様」


 ずっと静かだったユナが話しかけて来た。


「ユナ、難しい話は、わからないけど」


 眉をハの字にしながらも優しく微笑んでいた。


「主様は強いと思うよ。だって、何度も立ち上がって来たでしょ。諦めなかった」

「んんー」


 そうかもしれないけど、フォヴの言う強さとそれはちょっと違うような。

 やっぱりあまり分かっていないようだ。


「そういえば、獣人にとって強さってなんなんだ?」

「強さ? え、いっぱい返り血を浴びること?」


 質問を変えよう。


「何のために強くなろうとするんだ?」

「あー、それは、子孫を残すため」


 子孫か。

 家族とはちょっとニュアンスが違うんだろうな。


「ユナのお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんみたいに、ユナも子孫を残していかないといけない。でも、弱い子どもは生き残れない。強くなって、強いパートナーと出会って子どもを作る。その子どもはきっと強くなる」


 こっちはこっちで独特な考えだ。

 先祖を信仰する獣人にとって、その血を途絶えさせることなどあってはならない。

 何が何でも子どもを作り、強く育てる。

 そしてこの子どもに自分の血を継いでいってもらわなければならない。


 ドワーフや人間とも似ているようで少し違う。

 もっと原始的というか、生物としての本能というべきか。


「どうやらお料理が温まったみたいですよ」


 ヨヴの声がした。

 確かにいい匂いがして来た。

 またあの食卓に戻るのはちょっと気が引けるが、フォヴに対する怖さはもうなくなっていた。

 もう俺の目には悩める父親としか映っていない。



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