076 追跡者
この調子で行けば、目的地まであと2日といったところか。
期限までは10日。
一時はどうなるかと思ったが、この船のおかげ余裕を持って着くことが出来そうだ。
だが、今日は何かがおかしい。
ユナも少し違和感があるみたいだ。
もうなんとなくわかる。
こういう調子のいい時ってのは、嫌なことが起こるもんだ。
そしてこういう勘は、大体当たる。
「団長。三の方向に船団を確認しました」
フルルとお茶をしているところに船員が入って来た。
表情に焦りが見える。
「どこの船だい?」
「旗はオステルですが、ティロニアンでしょうね」
「だろうねぇ」
「今すぐ船を止めろと要求しています」
フルルは舌打ちすると、甲板に出て行った。
「かせ」
船員から双眼鏡を奪い取り、まじまじとその方向を覗いた。
かすかだが、確かに船が近づいていることがわかる。
「一隻だけか?」
「そのようです。他に船は見当たりません」
辺り一面砂の海。
船を隠せることなど不可能。
なのに一隻だけ。
一方こちらは劇団といえど凄腕の傭兵団でもある。
船も十を超える大船団。
戦う気はないのかもしれないが、ちょっと不用心過ぎないか?
「目的は、なんなんでしょうかね」
「決まってるだろ。こいつらのことだ」
そう言ってこちらを指さす。
「あのルートを通って来たってことは、大方北オステルからの逃亡者だろう?」
「その通りです。いわゆるお尋ね者です」
「そうだろうねえ。でも『宴会代』を出してもらった以上、あんた達は大事な客人でもある。予定通りに送り届ける」
フルルはウインクをした。
任せとけってか。
「さあ、倉庫に案内してやってくれ。あの部屋だ。わかるな?」
男に指示を出す。
どうやら匿ってくれるそうだ。
「では行きましょう」
案内されたのは甲板から少し下ったところにある倉庫。
男が壁をトントンと叩くと、板が外れた。
ここに入れってことか。
結構甲板から近いが、大丈夫だろうか。
いや逆にわからないかもしれないな。
入り口を閉じられると一気に暗くなった。
天井から差し込む一筋の光だけが頼りだ。
覗かれてもいいように一応麻袋を被っておくか。
船が止まった。
しばらくして甲板にガタガタと足音が鳴り響く。
かすかではあるがフルルの声が聞こえる。
ちょっと盗聴してみるか?
いや余計なことはやめておこう。
「主様」
そんなことを考えていたら、ユナがくいくいと袖を引っ張った。
いつになく弱気な顔をしている。
というか、ユナが大人しすぎる。
いやいつも大人しいのだが、今日は全然話してくれない。
それでやっと何か言ってくれると思ったら。
「ここにいちゃダメ。ここは危険!」
真剣な顔だった。
ユナが怯えていた。
初めて見る顔だった。
「なんか、すごいのがいる。近くにいる」
強い奴がいるのか?
俺にはそんな感じはしないが、ユナにはわかるのか。
「逃げないと!」
ユナが板を蹴り飛ばす。
いやいやちょっと待て。
ユナを信じてないわけじゃないが、今動くのは危険すぎる。
……しょうがねえ。
こうなったら直接確かめよう。
『衛星』を甲板に向かって飛ばす。
中央で言い合っているフルルと40代ぐらいの隊長。
服こそはちゃんとした軍服だが、全く着慣れている感じはしない。
元貴族か。
顔もたるんで、とても戦えるようには見えない。
他はどうだ。
目立つ奴で言えば、めんどくさそうに立っている黒豹の獣人と、異形の大剣を担いでる男ぐらいか。
ともかく、俺たちを見つけようという意志は感じられない。
だが……。
「主様! 早く!」
ええい。
俺はユナを信じる。
隠し部屋から抜け、甲板に出る。
人ごみの陰に隠れながら、船尾の方へ向かう。
「ここでいいのか?」
「ダメ。もっと逃げないと」
ユナはそういうと砂漠に降り立った。
別の船に乗るらしい。
俺も飛び降りる。
う。
思ったよりも高かった。
足が痺れる。
でも急がないと。
そう思い、前を向いた瞬間だった。
男が立っていた。
俺たちが向かおうとしていた船に行かせまいとするように。
文字通り、ただ立っているだけ。
なんだ?
おかしいぞ。
殺意が全く感じられない。
闘志があるようには見えない。
男が立っているだけだ。
一方で、ユナだけは何かを感じ取っていた。
あのユナが震えている。
わかった。
あいつなんだな。
だが、何者かはわからない。
遠すぎる。
深くかぶった軍帽とたなびくコートが特徴的だが、そういう服装の奴はさっき何人かいた。
ティロニアン軍人のであるということしかわからない。
「主様。他の船に!」
「あ、ああ」
目の前の船は諦めて、別の船に向かって移動する。
男もそれに気づいたのか、追いかけるように、しかしゆっくりと歩き始めた。
なんなんだあいつ。
正直に言うと、怖さは感じない。
不気味ではあるが。
俺もいろいろと経験してきた。
自分なんかよりも遥かに強い奴にも出会ってきたし、立ち会ったこともある。
でもそういった奴はオーラが違う。
闘志だとか殺意だとかが漏れ出しているのだ。
それはもうこっちが委縮してしまうほどに。
だから、その経験にそうならば、あの男は大したことない。
もしユナがいなかったら喧嘩を売っていたところだろう。
だが、ユナがこれほどまでに恐れている。
戦わない理由はそれで十分だ。
「おい、何している! そこにいるじゃないか!」
突如怒鳴り声が聞こえる。
振り返るとさっきの隊長が甲板から乗り出していた。
見つかってしまったか。
団員たちが取り押さえ、それをきっかけに甲板で小競り合いが始まった。
しかし、依然としてこちらの男は動く気配がない。
「やるんだ! あいつらがお尋ね者だ!」
しつこく叫ぶ隊長。
まだ動かない。
ポケットに手を入れてただ歩いている。
「主様! あいつから絶対に目を離さないで!」
ユナも叫ぶ。
とは言っても、後ろを向きながらじゃ……。
その時背後から何かを感じた。
振り返ると甲板から兵が数人降りてきていた。
こっちも邪魔する気か。
とりあえずこんな奴らは、これで十分だろう。
気を溜めて掌を力を入れる。
そして……。
「危ない!」
俺が王道を放つや否や、飛び掛かってきたユナ。
もうすでに奴がそこまで来ていたのだ。
金属のぶつかる音が響く。
次の瞬間には男はまた俺たちから離れた位置に移動していた。
「ユナ、大丈夫か?」
「うん。何とか」
いや大丈夫ではない。
ユナの大剣には2つの赤い筋が入っていた。
そうとうな受け止め方をしたのだろう。
「どうする?」
「逃げる。でも……」
またあの男は俺たちの進路を塞ぐように立っている。
だからといって戻ろうとすれば兵士と戦うこととなる。
あいつら自体は大したことないが、男から目を離してしまうと……。
「苦しいな」
畜生。
俺がもう少し役に立てれば。
「わかった。あいつはユナが相手するよ」
ユナは静かな声で言った。
「だから主様は、逃げて」
「おい。そんなことできるか!」
とは言ったものの。
はあ、また何人か来やがった。
男から一瞬目を離し、対処する。
すぐに向き合う。
でもすでに男は四つん這いで構えていた。
その後かろうじてユナの剣と男の持っていた何かがぶつかった瞬間は目撃出来た。
だがわかったことがある。
こいつの狙いは俺だけだ。
ユナのことなど少しも気にしていない。
また距離を取られる。
いやらしい戦法だ。
以前師匠と稽古した時もこんな感じのことをしてきた。
でもああも離れられたら動きの起点が分からない。
さあどうする。
ユナはかなり腕にきている。
三度目は厳しいぞ。
「逃げて、主様」
まだそんなことを言うか。
「だから――」
そこには、ばあちゃんが立っていた。
いや、違うあれはユナだ。
なぜ見間違えた?
簡単なことだ。
あれはばあちゃんの薪割りの構えだ。
毎日やっていた構えだ。
いつもの荒々しい獣の如き構えとは違う。
足は肩幅で、少し前後に開く。
背筋はピンと伸ばし、剣は両手で上に構える。
小指と薬指はしっかりと握りこむが、それ以外の指は力を入れない。
おそらくこういった構えは他にやっている人もいるだろう。
実際、炎鷹流のイヴもこんな感じだった。
でも違う。
美しさなのか、完成度なのか。
ともかく今ならわかる。
あれはばあちゃんのオリジナルだったんだ。
男の動きが止まった。
何かに気づいたのか。
あるいは恐れたのか。
ともかく、チャンスは訪れた。
弓を構える。
狙うはもちろんあの男、ではなくこっちだ。
「おいあんたぁ!」
フルルが叫ぶ。
それもそのはず。
矢を放ったのは船の側面だ。
当然大きな穴が開いた。
そしてそこから出てきたのは――。
「なんだありゃ!」
「うわああ! ラードラゴンだ。突っ込んでくるぞぉ!」
よし、いい子だ。
ティロニアン軍を蹴散らしながらこっちへ向かってくる。
あとは……。
「ユナ! 掴まれ!」
手を差し出す。
しかし、動く様子はない。
まったく。
何処までも忠義な奴だ。
ラードラゴンが俺の近くに来た時、ついに男が動き出した。
再び四つん這いになり、地面を蹴る。
じゃあ、ここからは頼んだ。
ユナが剣を振り下ろす。
また金属同士がぶつかる鈍い音が響く。
だが今回は違った。
ユナはびくりとも動かず、逆に男が地面に転がった。
しかし、流石だ。
すぐに体勢を立て直した。
でも、ちょっと遅かったな。
俺たちはすでにラードラゴンに乗っており、もう遠くまで逃げていた。
流石にこの距離ではどうしようもない。
「えらいことしてくれたねぇ!」
上からフルルが声をかける。
安心しているようだが、少し不機嫌な感じだ。
「これ、貰ってくれ」
金貨の入った袋を錨に引っ掛ける。
「修理代だ! これで許してくれ!」
フルルがやれやれ首を振る。
だいたい宴会代でぼったくってんだ。
こんだけあれば十分だろうよ。
だが、もちろん感謝している。
それは伝わっているだろうか。
もしまた会う機会があれば、そん時は宴会だな。
もちろん、俺のおごりで。




