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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第三章:黄金の夢

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075 通し稽古


「はい。1、2、3、ああ違う違う! 脱力しすぎ! もっとフィジカルに!」

「金管楽器! 音がギザギザしてる! やり直し!」

「照明、しぼりが遅い。本番までに流れを頭に叩き込んでおけよ」


 もう夜だというのに、フルルの声が響き渡る。

 厳しい指導が行われているようだ。


 公演まであとちょうど30日。

 通し稽古をしながら精度を上げていく段階らしい。

 のはずだが、途中でフルルが止めてしまうのでもう同じシーンを何度も繰り返している。

 まあいつものことらしいが。


「凄い熱気ですね」

「これから本番まで続くぞ、あれ」


 衣装の制作を担当している男に話しかける。

 この前ユナが着ていたスケベな服を作った人だ。


「演劇ってのは、何度も何度も練習すればいいってものじゃない。慣れてしまうんだ」

「舞台に慣れるための練習では?」


 そういうと男はピンと人差し指を立たせ、フルフルを震わせた。

 違ったらしい。


「それはそうだが、逆にこなれ感が出てしまう。そうなると感動は出来ない」


 先ほどまで舞台で歌っていた女性が走ってくる。

 男はリボンのずれを直し、スカートの裾の調整を始めた。


「うちの劇団員は優秀だ。泣けと言われればすぐにでも涙を流せる。でもそれは嘘の涙だ」


 今度はメイク直しに入った。

 慌ただしく手を動かしながらも、丁寧にまつげを描いている。


「なぜ泣いたのか? 台本に書いてあったから? それは答えになっていない。泣いたことに対しての納得が必要だ」


 メイク直しが終わり、背中をポンと叩くと女性は再び舞台に戻っていった。

 そして舞い始める。

 スカートがふわりふわりと揺れる。


「ビューティフル!」


 調整中は何が変わったかさっぱりわからなかったが、なるほど。

 あの躍動感を出すためだったのか。


「彼女はビヨンに恋をする名もなき女の役、つまりメインヒロインということだ。彼女はまだ18歳で、まあ総合的に見て演劇がうまいとは言えない。だが、人の心は動かせる。見ろ、彼女のあの表情を!」


 晴れやかな表情をし、小刻みにステップしては、くるくると回る。

 文字通り、浮足立っている。


 そして、これは俺の感覚にはなるが、彼女の目線は一人の男見ているように思えた。

 特定の一点を見ているわけではない。

 目くばせする先々に彼の面影を見ている。

 そんな気がする。


 なぜそう思えたのか。

 彼女が恋をする役だと知っていたから?

 いや違う。

 そんなこと知らなくたって、彼女が恋する乙女を演じていることはわかる。

 あの目はそういう目なのだ。


「台本には『彼に会えることを嬉しく思い、飛び跳ねる』としか書いていない。あれは台本通りかい?」

「いや、違いますね」

「彼女は、今、舞台上で、本気でビヨンに恋をしているんだ。だからあの表情が出来るんだ。舞台というのは毎回同じじゃない。音も光も、他の役者の動きや表情も毎回異なる。だからその中で、自分の役に没頭するんだ」

「だから観客も物語に没頭できると」


 今度はピンと人差し指を指してきた。

 あってるらしい。


「その通り。だから慣れてしまうとパターンになってしまい、没頭感は薄れる」


 なるほど。

 台本通りにやるのは演劇でない。

 人や空気、音、観客との一期一会が演劇になるのか。


「まあ、本当にうまい人はこなれてても、心は動かせるんだけどね」


 男はボソッとそう言った。

 次に出てきたのは、将軍だ。

 実際の将軍は30代のとはずだが、出てきたのは50を超えているだろう。

 化粧と服で若く見せているが、とは言っても限界はある。


 だがその目は若かった。

 希望と決意に満ち溢れている。


 男が歌い出すと、空気が変わった。

 一瞬にして、だ。

 先ほどの浮ついた雰囲気は消え、戦いの恐怖と熱意があたりを支配する。

 音楽は最低限、照明も彼に当たったスポットライトのみ。

 なのにこの空気を作れるか。


「すごい圧だ」


 下腹部から心臓を貫通するようにズンズンと何かが届く。

 それは強制的に心臓の高鳴りをもたらした。

 これがベテランか。


「彼はもう20年以上あの役をやっている。もうとっくに慣れちまっている。だが、だからこそ磨き上げられた技術がある。だからこそ味がある」


 さっきまで頃あるごとに口をはさんでいたフルルも黙って聴いている。

 もう言うことはないのだろう。


 男の歌が終わる。

 おもわず二回ほど手を叩いてしまったが、ここはまだ本番じゃない。

 周りで誰も拍手していないのを確認するとゆっくりと手を下した。


「はい。じゃあみんな前出てきて!」

 

 フルルのダメ出しが始まる。

 どうやら幕間に入ったらしい。


「お兄さーん」


 振り向くと若い踊り子たちの姿が。


「折角だし、今のうちに特等席に案内してあげよっか?」

「ここじゃあんまり楽しめないでしょう」


 まあ確かに舞台がよく見える場所ではない。

 本番を見ることは叶わないだろうし、どうせならいい場所で続きを見たい。


「では、お言葉に甘えて」

「じゃ、こっちだよ~」



-----



「お兄さん、クリストロフから来たんですか?」

「おお、結構筋肉あるんだね~」

「ね、結構モテるっしょ。彼女とかいたりするの?」


 特等席って、こういうことかい。


「話が、少し違うようですが」

「ええー、でもよく見えるでしょ~」


 確かに、舞台はよく見える。

 視界にちらちら彼女たちが入ってこなけば、だけど。


「どうせ再開するまでに時間あるんだし、いいじゃん」

「始まったら出ていくからさ。マジお願い!」

「とりあえず、一杯だけでも飲みませんか?」


 まあこれもショーの一部ではある。

 何も演劇だけでない。

 音楽、ダンス、手品、大道芸、ギャンブル、()()()()サービスなど。

 あらゆるの娯楽を提供するのがこの一味なのだ。


「ほら、乾杯乾杯」


 強引に盃に酒を入れられる。

 こうなっては断るに断れない。

 失礼というものだ。


「お、いいねえ。それじゃ楽しんじゃおっか! 乾杯!」


 うん。

 結構きつい酒だな。

 これは用心しなければ。


「じゃあなんかゲームでもしよっか」

「お兄さんは得意なゲームある?」

「ボードゲームとかは、出来ると思います」

「え、ボドゲ? なんか頭良さそう」

「それならいいものがありますよ」


 出てきたのは昔やったことのあるボドゲ。

 カードを引いてそこに書かれた数の分だけ自分の駒を動かしたり妨害できるというやつだ。

 運もあるが、結構頭を使うゲームだ。


「早速始めよっか!」



-----



 何故だ。

 何故勝てない!


「あれーお兄さんピンチー?」

「これは負けかな~」


 一回戦は勝てた。

 でもその後から連敗続きだ。

 いいところまで行くのに全然勝てない。

 ずっと三位か四位だ。


「では私は、こうしましょうかね」


 そして今もビリ決定戦。

 何としても勝って一気飲みだけは避けなければならない。

 でもこの盤面はもう……。


 いや、待て。

 今の彼女の一手、明らかなミスだ。

 そこは妨害できないように見えて実は妨害できる。

 そして妨害すればほぼ勝ちに持っていける!


「はい。お兄さん引こうね~」


 うん、間違いない。

 どの数字を引こうがこっちが有利になれる。

 これは勝ったな。


 一位上がりした子の手からカードを一枚引く。

 よしこれで……。


「あースキップだ!」

「ここでかー」


 嘘だろ。

 ここで一回休みだと。

 よりによって今?


「では遠慮なく。……お、これはこれは」


 相手が引いたのは三のカード。

 ゴールへと辿り着いた。


「はい、一気飲み決定!」


 再び目の前の盃になみなみと酒が注がれる。

 俺がそれを手に持つとグッと飲み干した。


 もうこれ以上は、やばい。


「流石にかわいそうだし、ここらでやめよっか」

「そうですね」

「まだ始まらないし、お話しよー」


 ふう。

 一旦休憩できる。


「お兄さんは魔術師なの?」

「ああ、そうだよ」

「なんか見せてよ」

「ダメだ」

「なんでー」

「魔術師というものはね、簡単に手の内を明かさないものなんだよ」

「おーかっこいい!」



-----



 しばらくして。


「ほい! ほい! 次はもっと回すぞ~!」

「わあすごいすごい!」

「もっと見たいです」


 これが私の最後の記憶となる。

 この後はとっておきの魔術を見せようとして……、という感じだった気がする。

 情けない話である。



-----



「んっ」


 まぶしい。

 朝か。

 よく寝た。


 え、朝ぁ!?


「あ、おはよう」


 目を見開くと、ユナがいた。

 いやそれ自体は毎朝のことである。

 しかし、なにか嫌な予感がする。


 断片的ではあるが、昨夜のことが思い起こされる。

 そしてこの右腕の感覚は。


 ゆっくりと振り返る。

 昨日の踊り子のうちの一人が腕に抱き着いていた。


「ユナ! これは!」

「ううん、大丈夫。主様は何もしていない。臭いでわかる」

「ああ、そう、なんだけど」

「主様は、だまされちゃったんだよ」


 え。

 それはどういう。

 ハニトラ?


「フルルが言ってた。『部外者にこれ以上未完成のものを見せられない』って」


 未完成……。

 ああそういえば!


 今は朝。

 当然稽古は終わり、船はすでに動いている。


「なるほどな。まさに一杯食わされたということか。本番まで待てと」

「そう。主様が劇を見れなかったのも、交尾できなかったのも、まだ本番じゃないから」


 いやまあ、それは。


「怒ってる?」

「ううん。でも……」


 でも、なんだ?


「あんまりユナ以外に、主様の無防備な顔見せないでほしい、かも」


 え、かわいい。

 めっちゃキュンとしたよ今。

 確かに昨日の踊り子も可愛かったけど、やっぱりユナなんだよなあ。


 おい、聞いているか、昨日の俺。



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