・エルフの少女のお話②
「レンくーん。どこにいるの~?」
夕ご飯の時間になったというのに、レン君は食堂に来なかった。
寝室にも広場にもいない。
「もしかして、またあそこかな?」
広場を抜け、瓦礫の山を登る。
あ、やっぱりいた。
瓦礫の中の少し開けた空間。
そしてそこに刺さっている木の柱。
その前にレン君はうずくまっていた。
「レン君、もうご飯の時間だよ」
「……いらない」
「どうして? お昼にあんなに遊んだんだから、ちゃんと食べないと」
「だからいらないって」
レン君はときどきこうなる。
いつも明るくて、お友達とも楽しく鬼ごっこで遊んでいる。
でも夕方になると急に静かになり、そしてここに来る。
隠れるわけでもなく、決まってここに来る。
「レン君はここが好きなの?」
「うん」
「どうして?」
「お姉ちゃんには関係ないよ」
「そっか」
私には、なんとなく分かっていた。
ここがきっとレン君にとって大事な場所だったんだ。
お家か、公園か、いやなんでもいい。
アレが落ちてくるまでは、そうだったのだろう。
そう、アレは突然落ちてきた。
そして全てを壊した。
お城も、街も、人も、そして心も。
クリストロフまであと一日。
宿に泊まってぐっすり寝ている時だった。
突然窓から差し込んでくる光。
眩しくて起き上がると、夜空に大きな魔法陣があった。
その中心に一際輝く雫。
それがお城のてっぺんに落ちた次の瞬間、私の身体は宙に浮いていた。
気づけば、私は瓦礫の上に寝っ転がっていた。
辺りには、何も残っていなかった。
酷い有様だった。
でも、街の方がもっと酷かった。
お城は跡形もなく消えており、美しいと聞いていた家々は土台だけが残り、その他はバラバラに散らばっていた。
そして、ずっと聞こえる、叫び声。
「助けて」
「痛い」
「熱い熱い熱い」
その後は、あまり覚えていない。
怪我した人を助けてあげたり、川まで走って水を汲みにいったり、なんか慌ただしく動いていたような気がする。
でも、私はその時初めて知った。
世界はこんなにも残酷だということを。
長生きのエルフだって死ぬことはある。
寿命で、獣に襲われて、洪水に巻き込まれて……。
でも、喧嘩で死ぬなんて見たことも聞いたこともなかった。
こんなこと、本当にあるんだ。
同族同士での殺し合い。
動物だけだと思ってた。
爺ちゃんも言ってたっけ。
人間や魔族が恐ろしい理由。
それは競争すること。
勝者と敗者を決めること。
そして勝つことに対する異常なまでのこだわり、野心。
私たちにないものだ。
そうか。
ゼオ君って、こういう世界で生きているんだ。
だから強くなろうとずっとずっと努力していた。
負けないために、死なないために。
必死だったんだ。
そしてその姿が、かっこよかった。
でも、それじゃあ負けらどうなるの?
強い人しか生き残れないの?
弱い人はレン君みたいに、悲しむことしか許されないの?
「ねぇ、お姉ちゃん。まだいるの?」
「ん?」
「ご飯、食べてきなよ」
ぶっきらぼうでそう言うレン君。
どうやらまだ戻るつもりはないみたい。
はぁ。
こうなったら……。
「んよいしょー!」
「うわあ!」
抱きかかえて運んじゃえ。
「ちょっと、なにすんだよ!」
「ほら暴れないの。とにかくご飯食べよ」
「も、恥ずかしいよ」
「えー、ホントは嬉しいんじゃないの~?」
「や、そんなことないよ。離してぇ!」
抵抗してくるけど、そんなのお構いなし。
もっと強く抱き締めて~、大きくジャンプ!
「ひゃっほーい!」
「わあああ!」
広場の前に綺麗に着地。
完璧~。
て、あれ?
レン君がしがみついて離れない。
「もう着いたよー」
「……」
もしかして怖がらせちゃった?
「レンくーん、大丈夫? 怖かった?」
「あっ、いや、怖くないもん」
離れるレン君。
その顔はまっかっかだった。
「もー。まだ恥ずかしがってるの? 誰も見てないよ」
「いや、そういうのじゃないもん」
「そっかそっか。じゃあほら行くよ」
「うん」
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数日後。
「レティシアちゃん! これなーんだ?」
戦士のおじさんが声をかけてきた。
「え? 何かの書類?」
「そう。でここ。ほらゼオライトって!」
ホントだ。
ゼオ君の名前だ。
そしてこの紙は……。
「やっぱり彼は役人護衛の任でティロニアンに向かっていたんだ」
「それもほぼ一年前、てことは!」
「ああ。戻って来たっていう記録もないし、あの爆発に巻き込まれたってことはない」
「良かったぁ」
以前ゼオ君から貰った手紙。
そこにはクリストロフから離れて旅をしてると書かれていた。
でも、やっぱり心配だった。
実は戻ってきてたかもしれないし、見栄を張って嘘ついてたかもしれない。
それでもしここにいたのなら。
ずっとそれが引っかかっていた。
はぁ。
スッキリした。
「てことは、出発かい?」
「あ。そっか。でも……」
「気にすることはない。私としても申し訳なかったんだ」
ゼオ君の安否が分かったら、ここを出ていく。
この人とした約束だ。
「このまま君をここに縛っておくわけにはいかないからね。それにもう十分手伝ってもらった」
「うん。そうします」
「彼に会えることを祈っているよ」
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「えー。出発しちゃうのー?」
「もっとお姉ちゃんのお菓子食べたかったな~」
「また遊ぼーねー」
出発の日。
施設のみんなが出迎えてくれた。
「ほら、レティシアお姉ちゃんになんて言うの?」
「今までありがとー!」
ここにいるのはみんな親を亡くした子どもたち。
少しでも親の代わりになろうと頑張ったけど、ちゃんと出来ていただろうか。
でも、ちょっと明るくなってくれたかな?
「ばいばーい!」
「うん。ばいばい」
悔いは残るけど、これ以上できることはない。
とにかく子どもはいっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝る。
これさえしてくれればとりあえずOK!
それが伝わってくれればいいかな。
「お姉ちゃん」
「あれ? レン君!」
施設を出たところで声をかけられる。
「あの、今までありがとうございました」
「あらあらかしこまちゃって」
さっきいないなって思ってたら、こんなところに。
「あのね。僕、頑張るよ」
「うん」
「それと、メイワクかけてごめんなさい」
「いいのいいの!」
確かにレン君が一番手を焼いたけど、あれぐらい何ともない。
家族を亡くして落ち込むのは当然のことだし、なんだかんだ言うことを聞いてくれた。
「確かにちょっと大変だったけど、レン君がいい子なのはお姉ちゃん知ってるんだから」
「べ、別にいい子じゃないもん」
そういう反応をする子はいい子なんだよな~。
「じゃなくて、僕、強くなるから」
「へ?」
「もう。落ち込んだりしないもん」
子どもらしい、可愛い目。
だけど、その瞳の奥に強い決意を感じた。
「それで、ティロニアンの奴らボコボコにしてやる」
「あー、復讐に行くんだね」
「だって、弱いって思われたら嫌だもん。ちゃんと仕返ししないと」
そっか。
レン君は、というよりはクリストロフは負けた。
それは事実。
でも、一度負けたけど、次もそうとは限らない。
なぜなら、負けた人も強くなれるから。
むしろ、負けた方が強くなれるのかも?
「頑張りなよ」
「うん!」
戦争することはいいことだとは思わない。
でも、この残酷な世界で生きるためには勝たないといけない。
そして勝つためにはより強くならないといけない。
レン君もまたゼオ君のようになろうとしているんだね。
「あれー。お姉ちゃんまだいたの?」
「レン君も一緒だ!」
あらら。
みんなまだいたのね。
「そういえば、誰に行くのー?」
「あ、聞きたい聞きたい!」
そういえば、この子たちにはまだ話してなかったな。
ちゃんと言っとかないと心配させちゃうよね。
「えっとね。ゼオ君っていう、その、恋人なんだけど」
「えーお姉ちゃんカレシいるの!?」
「きゃー!」
子どもらしい可愛らしい反応。
「どこが好きなの?」
「んー、まあかっこいいところかな。いつも一生懸命でかっこいいんだ」
「あれーレン君どうしたのー?」
「それにとっても優しいんだ~。いつも私のこと考えくれてて……」
「私も優しい人好き!」
「でも、ちょっとぶっきらぼうなところもあって、まあそういうところも可愛いいんだ。しかしも、そういう可愛いところは私にだけ見せてくれるの。あと意外と甘えん坊で……」
「レン君、大丈夫ぅ?」




