073 砂漠の朝
砂漠ではすぐに喉が渇く。
もっとも今喉が渇いているのは、違う原因だろうが。
「主様。起きた?」
「ああ」
正直あまり眠れなかった。
もう少し寝たい。
が、あくまでも俺たちは追われている身。
そろそろ動かなくてはならない。
「水……」
「お水ね。ん、はい」
ぬるい水が喉を通る。
その感触は気持ち悪いが、次第に全身の神経が活性化してくる。
……ような気がする。
「主様。もう少しだけ、休む?」
「んん、そうしようか」
ダメだ。
まだ身体が重い。
復活にはもう少しかかりそうだ。
ユナが隣に寝ころび、腕を抱き締めて来た。
なんで平気そうなんだこいつは。
「ん、ふふ」
まあ、色々と我慢していたのだろう。
それから解放されたのなら、何も言うことはない。
「あの、主様」
「なんだ」
「主様、慣れたね」
「……」
これは、なんと答えたらいいんだ。
ユナの前で嘘はつけない。
だけど、ありのまま話すのは、ちょっと。
「隠さなくていい。ユナ、なんとなくわかってた。匂いとか、このネックレスとか」
「ばれてたか」
というか、俺結構クズなことしてるか。
いやしてるな。
一応浮気には当てはまらないが、倫理的に問題大ありだな。
だって、複数の女性と関係を持っては、はいさようならしてるわけだもんな。
「んー? もしかして、申し訳ないって、思ってる?」
「ああ。だいぶ」
「大丈夫だよ。強いオスが複数のメスに手を出すのは、何も悪いことじゃない。ユナは何とも思ってないよ」
獣人ならそれで許されるんだろうけど、ね。
「主様、ユナのこと大事にしてくれてる。それで十分」
「そうか」
んー、なんか違うんだよな。
いや大事にするんだけど、ニュアンスというか、何か違和感がある。
「ふふ」
ユナは優しく微笑んだ。
まあこの笑顔が見れるのであれば問題はない。
にしても、本当にいい顔をしている。
美人といえば美人なんだろうけど、それだけに収まらない。
どこか可愛さも交じっているというか、そう特に困った時の顔なんかはそうだ。
まつ毛は長いが派手な印象はなく、かといって地味なわけでもない。
とにかく、整った顔立ち。
俺の語彙ではそれしかいうことがない。
実際、あまりの面の良さに目が合うたびに少しビビッてしまう。
惚れ惚れする。
これを毎日見れるのは、そうとう幸せもんだぞ。
あ、というか。
「ユナ、これ」
「なに?」
首輪、まだ外す気はないのかな。
「いい加減取らないか、首輪」
「ダメ。だってこれは」
ユナはふふと笑った。
「これは、証だから」
「証?」
「うん。ユナは主様のものだっていう証」
嬉しそうに首輪をさするユナ。
ちょっと恐怖を感じる。
そうかぁ。
従属欲かぁ。
ユナは俺のために生きることに幸せを感じているのだろう。
きつい言い方をすれば、俺に支配されたいのだろう。
なにか引っかかると思っていたが、これかあ。
「主様。これからも、ユナのこと、たくさん愛してね」
まあ、ユナがそれでいいのなら、一旦は良しとしようか。
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昨夜の涼しげな空気はどこにいったのやら。
日が昇ってしまえば、灼熱の地となる。
このような場所で遭難でもしたら、もう終わりだ。
だからこそルートどりはミスってはいけない。
目的地まで最速で22日。
ラードラゴンが1日で走れる距離から計算した。
しかし実際には物資の調達で街によったり、場合によっては迂回の必要が出てくる。
と考えると、わかりきっていたことではあるが、かなり時間がない。
「ユナ。教えてくれ」
「なに?」
「安全策を取るべきか、それとも攻めるべきか。どう思う?」
「攻めた方がいいと思う」
なるほど。
ならば寄る街は最小限にしようか。
北オステルから見てドーリス火山は南西にある。
本来であれば街道を通っていけばほぼ最短距離で、かつ宿に泊まりながら進むことができる。
が、追われの身である以上それはできない。
よって一度街道離れるため南に進み、カカンという村から西に行くと決めた。
そこから点在する村を経由しながらいけば、33日で火山に着く。
だがもちろん問題もある。
このルートは以前ギルドの奴らから聞いたルートだ。
亡命者が北オステルからセイエナ大陸に向かう時に使うという、あまり知られていない道。
つまり、オステルの治安管理が行き届いていない場所となる。
そこは『砂の魔神アブテビ』の縄張りであり、『砂海の一味』の通り道である。
とはいえ、悪い話ばかりでもない。
アブデビは最近何者かと争い、弱っているらしい。
一味もいわゆる通行料を払えば見逃してくれるという話もある。
それに、俺にはユナが付いている。
これほど頼もしいことはない。
「主様。音がする」
「何の音だ」
「多分ラードラゴン。近づいているみたい」
ここは通常の貿易ルートから離れた場所だ。
ラードラゴンが来ることはないはず。
きっと追手だ。
「ユナ、出発だ」
急いでラードラゴンに乗り、前進の指示を出す。
動き出すが少し遅かった。
補足されてしまった。
「主様。矢が飛んでくるよ」
「了解」
防御壁を張る。
矢であればこれぐらいで十分だが。
「敵はどんな感じだ?」
「11人いる。剣を持っているのが4人。弓を持っているのが3人」
「強そうなのはいるか?」
「ううん。一瞬で終わるよ」
「じゃあお願い」
ユナは俺の指令を聞くや否や高く飛び上がった。
そして華麗に着地すると、兵隊たちをボコスカと殴り始めた。
剣すら使っていない。
ラードラゴンを止め、ユナの元へ向かう。
もう事は終わっていた。
「流石だな」
倒れた兵士の様子を見る。
オステル兵だった。
そして11人か。
酷いことをしやがる。
ラードラゴンの最大定員は操縦士含め11人だ。
ただしぎゅうぎゅうに詰めて11人。
こうなれば他の荷物を積み込むことは出来ない。
水も食料もラードラゴン用のエサもない。
つまりこの状況は生きて帰ることを保証されていないということだ。
要するに彼らは使い捨て。
「ユナ。荷物を降ろそうか」
自分たちのラードラゴンから水と食料を降ろす。
その後彼らのラードラゴンにエサを食わせてやった。
これで帰りの分は持つだろう。
一番立場が上そうな男を叩いて起こす。
「おい。聞こえているか?」
「う、ぐぐ」
「全員起きたらサッサと帰りな。そんでもう追うのは諦めろ。じゃないと可愛いアンを殺す」
「あ、アン?」
「メッコ隊長にそう伝えろ。知ってるだろ、ティロニアンのメッコだよ」
それだけ言って、ラードラゴンに乗る。
さっさとここから離れないとな。
「ねえ、主様」
「どうした」
「あの人たち、帰ってから、その、殺されないかな」
「さあな。まあでも、こんな暑い砂漠のど真ん中で放置されるよりは希望はあるだろ」
最善は尽くした。
あとは天命に任せるだけだ。
「あの、ね」
「うん」
「主様のそういうところ、好き」
「そう言ってもらえるなら、嬉しいよ」
「でもちょっと、うっかりさんだね」
「え?」
「もうユナたちの食べ物、ちょっとしかないよ」
でも、渡したのは1日分だけ、っておい!
あっち11人じゃないか。
そりゃほとんど消えるわけだ。
「ごめん、ユナ。全然計算してなかった」
「ふふ。そういうところも好き」
後ろから抱き着いて来た。
首元に鼻息が当たってこそばゆい。
なんか何にも考えずにかっこつけてる人みたいで嫌だな。
割と普通に善意でやったんだけどな。
でも、ユナは少し勘違いをしている。
俺はそれほどいい人間ではない。
北オステルを実質的に支配しているメッコは以前からマークしていた。
ギルドを潰しに来るとすればまずこいつが動くだろうし、一応俺の捜索の指揮も執っている。
そういうわけで奴にはバレないように、奴の波長を追いかける魔術を仕込んでおいた。
これでメッコが近くにいるかどうかが分かる。
北オステルにいる間はこれを気にしながら生活していたが、もう必要ない。
他のリソースを圧迫する原因にもなるし、手放してしまおう。
ただ、そのままこの機能捨てるのも勿体無い。
この機能を応用すれば、例えば波長によって起爆する爆弾を作ることも出来る。
至近距離なら確実に殺せる爆弾。
でも少々発動はめんどくさい。
爆弾が奴に極限まで近づくか、あるいは怒りなどで大きくなった波長と共鳴させることが必要となる。
そういう意味であれば、今回は非常に好条件。
仕込んだ爆弾はほぼ確実に怒り狂ったメッコの下に届けられるだろう。
そうなればドカンだ。
ああ安心してくれ。
一応爆弾そのものは被害を受けないようにはなっている。
理論上は、だけどね。




