072 二度目の誓い
『ドーリス火山、第三休憩所から火口を目指せ 残り40日』
二日前に手に入れた招待状。
誰から、何のために送られてきたのかいまだ不明。
だがこの招待状はなるべくして俺たちの手元に来たのだ。
傲慢かもしれんが、そうに違いないだろうという確信がある。
狼煙の臭いに気づく敏感さ。
それは戦いの中で生きてきた者であれば、備わっていて当然の能力。
倉庫の奥までにたどり着くまでの道中。
魔術を深く理解し、あらゆるものに疑ってかかる慎重さが求められていた。
そして最後の試練。
生半可な実力ではあの人形に勝つことはできない。
つまりこれは俺たちだけでなく、優秀な戦士を集めるための招待状だとわかる。
間違いない。
誰かが仕込んだいたずらにしては手が込みすぎている。
それにこんな時にこんなことする暇人はいないだろう。
では、何故戦士を集めるか。
ティロニアンとの戦争に備えるためか?
いや、それなら堂々と集めればいい。
あの国に恨みを持つ人なんて大勢いるんだから。
こんな回りくどいやり方をするなんて他に意味があるに違いない。
色々考えたいところだが、これ以上考えても推理ではなく妄想になってしまうだけだ。
とにかく今分かっているいることは、ドーリス火山に行けば何かがあるってことだ。
残り40日。
ここからドーリス火山までラードラゴンを使っても30日以上はかかる。
途中でトラブルに巻き込まれたらと考えれば、結構タイトな時間制限だ。
こんな屋台でゆっくりお茶を飲んでいる場合ではない。
今すぐにでも出発するべきだろう。
だがどうしたものか。
まったく行く気が起きない。
まあ理由は察しがつく。
もうトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
魔術学校に通う決心をした。
ユナと生きることを選んだ。
エルフの村から離れ、そこには別れもあった。
お嬢様を守り抜くと決めた。
お嬢様を助けなければと無謀な戦いにも挑んだ。
そして全てを失った。
得られたはずの穏やかな暮らし。
手放した地位、金。
どこが分岐だった?
いや、どこまでも戻っても同じこと。
俺なら何度でもその選択をするだろう。
そういう性格だからな。
でも、一つだけ腑に落ちないところはある。
ユナのことだ。
一体なぜ俺はユナを檻から出したのか。
気まぐれか、かわいそうだったからか。
それなら別の女でも良かっただろう。
安かったから?
じゃあ買わなくても良かったはずだ。
一目惚れ?
冗談じゃない。
今となっては当時の心情など思い返すこともできないが、それだけはない。
ではなぜ?
なぜユナだったんだ。
そしてもう一つ。
「ユナ。俺たちが出会った時のことを覚えているか?」
「え、うん。覚えているよ」
「あの時、檻から出たとき。なんで直ぐに逃げなかった?」
「ああ、はは」
ユナはお茶の入ったコップを両手で握った後答えた。
「主様は、他の人と違った、ように感じたから」
「……どこら辺が」
「ふふ、わかんない」
「そっか」
であれば、つまり二人は……。
「俺たちの出会いは運命だったということか」
なんかキザなセリフになってしまったが、まあいい。
今はその運命とやらにちょっとだけ従ってやるか。
俺は店主に代金を支払うと、道のど真ん中に立った。
馬の足音がする。
いつも通りティロニアン兵が囚人を引きずり回しにきたか。
じゃあせっかくだし。
「おいそこ! 邪魔だこぞ……ブゴォ!」
「あ、主様!」
地面に叩き落された兵士。
すかさず立ち上がり、剣を抜く。
「なんだ貴様!」
「俺か? お答えしよう。ゼオライトだ」
「ゼ、え、お前が」
「そう。あんたらが血眼になって探してる指名手配犯だ」
兵士が剣を握りしめた。
戦う気か。
「ユナ」
「はい!」
「逃げるぞ」
「え、ええ」
兵士を背に走り出す。
それはもう全力疾走で。
こうなった以上この街から一刻も早く出なければならない。
「ユナ! 遅いぞ!」
「待って主様!」
-----
「はは。なんとか撒けたな」
「もう、汗だく……」
「流石に一回家に帰って色々持って出るってのは、やりすぎたか」
ラードラゴンの上。
少し肌寒い夜の砂漠の風に吹かれながら、二人は北オステルから逃げ出した。
「まだ追ってくるかな」
「大丈夫だ。トラップはたくさん仕掛けてきたからな」
それに大金を払って乗員なしのラードラゴンを街から四方八方に出発するように頼んだ。
これでどっちに行ったか分かるのに時間がかかるはずだ。
「にしても、ラードラゴンを買っちゃうなんて」
「後のことを考えればお得だ」
「それで、どこに行くの? というか、なんで急に」
手綱を取りつつ、振り返る。
急に目が合って驚いたのか、少し目を反らした。
「ユナ、近くに」
ユナはそろっと近づき左腕に抱き着いた。
ラードラゴンに乗ったことがないのか、少し緊張した様子だ。
「ユナ。俺のワガママに付き合ってほしい」
「はい。もちろん」
「それとごめんな、ウジウジしてて。なんだか、あの日のことを思い出すな」
あの日もそうだった。
絶望してやる気をなくしていたところにユナがいた。
そして二人で生きていくことを決めた。
「恩返しはまだ先になりそうだが、いいか?」
「うん。一流の魔術師になってください」
「ああそれなんだが少し訂正させてくれ。俺は唯一無二の魔術師になるよ」
「ユウイツムニ?」
「泥水すすってでも、這いつくばってでも生きていく魔術師さ」
ジェネスに勝てるかどうかは関係ない。
あいつとは別の存在になれればいい。
それがなにかはわからないが、それはユナと探していけばいい。
「まあ深くは考えてないよ。旅ってのはそういうものだろ?」
「主様、珍しいね、そういうの」
「今の俺にはこれぐらいでちょうどいい。まずは身体を動かすことだ。ああでも」
俺は左腕に抱き着いたユナの手を握った。
「ユナと二人で旅したいって思いは本気だよ」
「ん……」
急激に左腕が締め付けられる。
少し痛いが、なんとなく心地よい。
-----
深夜。
俺たちはラードラゴンを止め、テントで野宿をすることにした。
流石に眠くなってきた。
「あの、主様」
「ん、なんだ」
薄着になったユナがテントに入って来た。
少し寒そうだ。
暖かいお茶でも入れてやろう。
「ユナも、主様に言わないといけないことがある」
俺は手を止めた。
こういうのは珍しい。
いつも俺の意見に従うユナが何かを伝えようとしている。
「主様、約束守れなかった、って思ってる。よね」
ああそうだ。
目の前で誓った挙句、3年間もほっぽらかしにしていたんだ。
「でも、ユナも同じ」
「え?」
「ユナも約束守れてない。あの日、主様を守れなかった」
ユナは俺の手を取ると、ぎゅっと握りしめた。
「ユナも、悔しくて、悲しかったんだよ」
そうか、俺だけじゃないのか。
ユナも同じ気持ちだったのか。
「あの後、あの男と戦って、全然勝てなくて、逃げた」
「そうか」
「主様のこと、いっぱい探した。でも、でも、見つからなくて、それで」
ユナがぽろぽろと涙を流しながら、背後から何かを取り出した。
「この剣も折れちゃって」
これは、あの時渡した剣。
もう柄だけになっているが間違いない。
誓いの証。
「だから、悲しいの、主様だけじゃない。ユナも一緒なの」
俺はユナを抱き締めた。
なんて馬鹿なんだ。
自分のことばかり考えて、ユナがどんな想いをしてここにいるのか、全く考えていなかった。
「ごめんな。全然気付かなかったよ」
「ん、んぐ……」
「大丈夫だ。もう何処にも行かない」
この3年ちょっと、辛かったのは俺だけじゃない。
ユナも同じだった。
お互いが悲しみ、そして強くなった。
一心同体。
俺とユナはそうなのかもしれない。
「これからは二人で歩んでいこう」
「主様……」
ユナは俺からそっと離れると、涙を拭いた。
「あのね。ユナもワガママいいかな」
「ああ、いいぞ。俺だけ付き合わせるのもおかしいからな」
「じゃあ……」
ユナはケトルを持ち上げるとテントの外に出した。
せっかく沸かしたのに。
「これは、危ないから」
武器もテントの外に出した。
「ユナ?」
「ん」
肩を掴まれ、押し倒される。
「ユナ、ね、ずっと我慢してた」
顔に何かがぽたぽたと落ちてきた。
涙か。
いやこれ、よだれだな。
「主様……。主様ぁ」
大きく開いた瞳孔。
荒い息。
ああこれはナドに教えてもらったぞ。
これは……。
「主様。ユナの全部をあげるね」
がっつり発情だな。




