066 裏切り
「貴方がクリストロフからの使いであるな?」
夕暮れ時。
オストロルに着くや否や、大勢の兵士たちに囲まれた。
「如何にも。この方が大使だ」
「そうか。無事で何よりだ」
髭を生やした隊長らしき人がお嬢様に頭をさげる。
この鎧、ティロニアン軍か。
「二人はギルドの者、であっているな。一人足りんようだが」
「ラマーナのいざこざではぐれちまった」
「お付きの女もか?」
「そうだ」
「……あいわかった。皆ご苦労であった」
隊長はそう言うと少しの間目をつむった。
そして目を開くと一枚の紙を見せて来た。
「ここからは我々に任せもらおう。君たちの仕事はここで終わりだ」
ティロニアンから発行された正式なお達し。
オストロルからは王都騎士団が護衛をする、と書かれている。
「いいのかい。この先も長いんだろ」
イヴがそう言った。
確かに十数人しかいない。
「心配無用。我々が護衛するのはあそこまでだ」
隊長が指差した方向に砦があった。
かなり大きい。
前はなかったはず。
「あそこにジェネス様がおられますので、そこから先はどうとでもなりましょう」
そうか、あそこに……
「では、引継ぎを行いましょう。大使殿の荷物をまとめてくだされ。我々も準備がありますので、少しお待ちを」
そういうと兵士たちは俺たちから少し離れた。
おそらく気を遣ってくれたのだろう。
「ゼオライト、イヴ。近くに」
「はい」
近づくと手を握られた。
細く、小さな手だ。
「これでお別れね」
「……そうですね」
「言いたいことは昨日全部言ったけれど、最後にこれだけ」
二人を握る手にグッと力が入る。
「愛しているわ、二人とも」
たった一言。
それだけだった。
でも、それで十分だ。
「どうかお元気で」
お嬢様が騎士団の馬車に乗る。
もう姿は見えない。
あっという間の別れ。
覚悟はしていたが、やはり切ない。
「では、君たちにこれを。報酬だ」
隊長が俺たちに袋渡してきた。
かなり重い。
中には金貨が入っていた。
「……10枚以上入っているが?」
「当初の予定よりも人数が少なくなったからな。30枚入っている。なんなら今いないもう一人の分も合わせることができるぞ」
「それは遠慮しておくよ」
「そうか」
それはあいつが貰うべきものだからな。
「あと、これも渡しておく」
今度はイヴだけに手渡した。
七つの星が描かれたバッチだった。
「これまでの実績と今回の依頼の結果、君を第七星に任命するそうだ」
「へっ、あたしが第七星か」
「ではこれで。ジェネス様がお待ちなのでね」
隊長が馬に跨る。
お嬢様が乗った馬車が出発した。
それはゆっくりと、とてもゆっくりと進んでいった。
ガラス細工を運ぶように。
あるいは産まれたてのまだ歩けない赤子を運ぶように。
俺たちは馬車が見えなくなるまで門の前で突っ立っていた。
-----
「ここがお前の家か」
「ああ」
鍵はかかっていなかった。
それどころか、扉も突き破られている。
中に入ると、荒らされた痕跡。
でも最近のものではない。
埃の感じからしてもう何年も誰も出入りしていないだろう。
「こりゃ片付けるところから始めないとな」
入ってすぐのテーブル。
あの日を思い出す。
二人で泣いたあの日だ。
こっちは台所。
一度ポーションを作ろうとして失敗したっけ。
隣の部屋のユナが賊の襲撃だと勘違いしてえらいことになったな。
二階に上がれば俺の部屋。
ここで勉強したり、想像にふけったりしていたな。
もう、三年になるのか。
いろいろと変わったんだな。
街もどこか暗くなっているし、明らかに空き家も多くなっている。
セグ姉さんもおばあさんもいなかったし。
「んで、お前は泊まるのか?」
「いいや。もう出るよ」
「どこに向かうんだ?」
「そうだねぇ。まあ久しぶりに実家にでも顔を出すかね」
そう言うと荷物を背負った。
もう日は暮れているが、無理に引き留めることもないだろう。
「ん。ああでも最後に」
イヴは振り返ると俺の横に置いてあった椅子の上に立った。
「おい。きたねえよ」
「ふふ」
目の高さがあう。
いつもは見下ろすことが多かったから新鮮な光景だ。
「うーん」
イヴの手が頬に触れる。
少しお互いの顔が近づいた。
が、しかし、あるところで止まってしまった。
いや、イヴが止めた。
「んぶ」
頬を両手で強く抑えられた。
多分、間抜けな顔になっているだろう。
「気持ち悪っ」
「ほりゃほうらろ」
「へへっ」
イヴは何かに満足したのか。
手を放し、椅子から降りた。
「じゃ!」
「ああ。イヴ今まで――」
「おっとそこまで」
別れの言葉を遮る。
そしてニカッと笑った。
「またいつか会えるさ」
-----
イヴが去ってからしばらくの間、ボーっとしていた。
自分はこれから何をすれば良いのだろうか。
とりあえず実家に帰るは帰るがその後は何すればいいのか。
いや、というかそもそもばあちゃんが家に入れてくれるか怪しい。
ちょっと顔を見せるぐらいなら許してくれるだろうか。
なんか背中が痒くなってきた。
掃除はしたが、まだまだ虫もいるに違いない。
お香を焚いて今日は寝よう。
でもその前に着替えないと。
「ん……」
上を服を脱いだ時、ひびの入った鏡に目がいった。
上半身裸の俺が映っている。
まず目立つのは身体を一周する火傷。
そして無数の穴の痕。
右腕の包帯はあいつに手首を折られた時のもの。
あと、針が刺さった時のもか。
背中には洞窟の中で槍でやられた傷。
胸の辺りの細かい傷は飛竜かな。
身体に出来た数々の傷。
14歳の時の俺にはなかった物。
良く言えば成長の証。
悪く言えば敗北の証。
思えばこの旅、俺は一度も勝ったことがない。
ずっと負けて来た。
仲間に救われ、自然に救われ、そして運に救われた。
俺は何が出来るのだろうか。
-----
翌日。
俺は最後の仕事をするべく魔術学校に向かっていた。
それは、お嬢様を無事に送り届けたとティロニアンに報告すること。
一応もうジェネスの元には着いているはずだが、正式には終わっていない。
王都に報告し、終戦を確かなものとする。
やり遂げなければならない。
にしてもだ。
やはり街に活気がない。
三年前と違って何かが足りない。
そうか子どもか。
気のせいかもしれないが街で見かける子どもの数が少ない。
それは魔術学校に入ってからも同じだった。
念話室に向かうまでの間、ちらりと講義中の教室を見たが、やはりどこか元気がない。
生徒数も少なくなっているし。
というか男が随分と多い。
逆にむさ苦しくなっている。
そんな気もした。
ティロニアンが優勢とはいえ、停戦中とはいえ、戦時中には変わりないということか。
戦力増強のために男が魔術を教えられているのだろう。
念和室に着いたが、やることは淡泊。
所定の場所に立って渡された文を読むだけ。
報告はすぐに終わった。
だが、実はやることはもう一つだけある。
「次はクリストロフに繋げてくれないか」
これはお嬢様に頼まれた任務。
クリストロフにお嬢様の無事を報告すること。
ジオ王子も心配しているだろうしね。
「あの~すみません」
「うん?」
「クリストロフに繋ぐことはできません」
接続係がそんなことを言い出した。
「何故だ?」
「えとー、次が控えておりますので」
「この時間は私だけだろう。さっきリストを見たぞ」
「急なお客様がですね……」
何か怪しい。
さっきまで普通に話していたのに、急にたどたどしくなった。
何かに焦っている。
「とにかく、出て行ってください!」
「断る。高い代金は支払っているんだ。この部屋を使う権利はまだこっちにあるはず」
「ですが……」
一向に言うことを聞く気配がない。
もしや何か隠しておきたいことでもあるのか。
そう考えた時、嫌な予感がした。
言語化できない、気味の悪い何かが頭をよぎった。
「どうしても繋がねえんだな」
「そうです」
「じゃあ、しょうがないな」
魔術で接続係をぶっ飛ばす。
そして念和室の制御権を奪った。
シュンメイでいっぱい観察しておいてよかった。
さて、後は波長を合わせればクリストロフに……。
「繋がら、ないだと」
試しに違うところと繋げてみる。
「こちら、シュンメイ。そち……」
「こちら、オステル。そちらの名前……」
他は大丈夫だ。
だがクリストロフは……。
「……」
繋がらない。
いや、この感覚は繋がらないというよりは、ない。
クリストロフの念和室が存在していない?
胸がざわつく。
倒れている接続係を引っ叩き、問う。
「クリストロフに何があった!」
「私は何も知りません!」
「嘘を言うな! 知ってんだろ!」
剣を取り出し、首元に当てる。
「ひいい!」
「ほら、吐け! さもないと――」
「わかりましたわかりました! 言います!」
脅しが効いたのか、男は話し始めた。
「クリストロフは消滅したのです!」
「……はあ?」
「ダリアン期13日。ジェネス様がクリストロフに大規模魔術攻撃を行い、クリストロフは滅亡したのです」
ダリアン期の13……。
ラマーナが爆撃を受けた次の日。
いや、ジェネスからすれば、お嬢様がティロニアンに無事を報告した次の日。
俺は無言で男を突き飛ばした。
そのまま念和室を出る。
「裏切ったなぁ! ジェネスゥ!!」
奴は初めから交渉に応じる気はなかった。
気になる女を手の届くところまで寄越して、邪魔なものは排除する。
そういう計画だったのか。
奴は裏切ったのだ。
俺ではない。
お嬢様を裏切ったのだ。
怒りが抑えきれない。
お嬢様が一体どんな気持ちでここまでやってきたのか。
どんなに悩みながら旅をして来たのか。
そしてどれだけの想いを背負いながら決断をしたのか!
お前にはわからんだろう!
お嬢様が自身の未来を捨ててまで守ろうとした物をお前は壊した。
これじゃあお嬢様は報われねえじゃねえか!
「許さんぞぉ! ジェネスゥ!!」
この報いは、必ず返す。
俺は天に誓った。




