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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第二章:蛇王の旅路

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066 裏切り


「貴方がクリストロフからの使いであるな?」


 夕暮れ時。

 オストロルに着くや否や、大勢の兵士たちに囲まれた。


「如何にも。この方が大使だ」

「そうか。無事で何よりだ」


 髭を生やした隊長らしき人がお嬢様に頭をさげる。

 この鎧、ティロニアン軍か。


「二人はギルドの者、であっているな。一人足りんようだが」

「ラマーナのいざこざではぐれちまった」

「お付きの女もか?」

「そうだ」

「……あいわかった。皆ご苦労であった」


 隊長はそう言うと少しの間目をつむった。

 そして目を開くと一枚の紙を見せて来た。


「ここからは我々に任せもらおう。君たちの仕事はここで終わりだ」


 ティロニアンから発行された正式なお達し。

 オストロルからは王都騎士団が護衛をする、と書かれている。


「いいのかい。この先も長いんだろ」


 イヴがそう言った。

 確かに十数人しかいない。


「心配無用。我々が護衛するのはあそこまでだ」


 隊長が指差した方向に砦があった。

 かなり大きい。

 前はなかったはず。


「あそこにジェネス様がおられますので、そこから先はどうとでもなりましょう」


 そうか、あそこに……


「では、引継ぎを行いましょう。大使殿の荷物をまとめてくだされ。我々も準備がありますので、少しお待ちを」


 そういうと兵士たちは俺たちから少し離れた。

 おそらく気を遣ってくれたのだろう。


「ゼオライト、イヴ。近くに」

「はい」


 近づくと手を握られた。

 細く、小さな手だ。


「これでお別れね」

「……そうですね」

「言いたいことは昨日全部言ったけれど、最後にこれだけ」


 二人を握る手にグッと力が入る。


「愛しているわ、二人とも」


 たった一言。

 それだけだった。

 でも、それで十分だ。


「どうかお元気で」


 お嬢様が騎士団の馬車に乗る。

 もう姿は見えない。

 あっという間の別れ。

 覚悟はしていたが、やはり切ない。


「では、君たちにこれを。報酬だ」


 隊長が俺たちに袋渡してきた。

 かなり重い。

 中には金貨が入っていた。


「……10枚以上入っているが?」

「当初の予定よりも人数が少なくなったからな。30枚入っている。なんなら今いないもう一人の分も合わせることができるぞ」

「それは遠慮しておくよ」

「そうか」


 それはあいつが貰うべきものだからな。


「あと、これも渡しておく」


 今度はイヴだけに手渡した。

 七つの星が描かれたバッチだった。


「これまでの実績と今回の依頼の結果、君を第七星に任命するそうだ」

「へっ、あたしが第七星か」

「ではこれで。ジェネス様がお待ちなのでね」


 隊長が馬に跨る。

 お嬢様が乗った馬車が出発した。

 それはゆっくりと、とてもゆっくりと進んでいった。

 ガラス細工を運ぶように。

 あるいは産まれたてのまだ歩けない赤子を運ぶように。


 俺たちは馬車が見えなくなるまで門の前で突っ立っていた。



-----



「ここがお前の家か」

「ああ」


 鍵はかかっていなかった。

 それどころか、扉も突き破られている。

 中に入ると、荒らされた痕跡。

 でも最近のものではない。

 埃の感じからしてもう何年も誰も出入りしていないだろう。


「こりゃ片付けるところから始めないとな」


 入ってすぐのテーブル。

 あの日を思い出す。

 二人で泣いたあの日だ。

 こっちは台所。

 一度ポーションを作ろうとして失敗したっけ。

 隣の部屋のユナが賊の襲撃だと勘違いしてえらいことになったな。

 二階に上がれば俺の部屋。

 ここで勉強したり、想像にふけったりしていたな。


 もう、三年になるのか。

 いろいろと変わったんだな。

 街もどこか暗くなっているし、明らかに空き家も多くなっている。

 セグ姉さんもおばあさんもいなかったし。


「んで、お前は泊まるのか?」

「いいや。もう出るよ」

「どこに向かうんだ?」

「そうだねぇ。まあ久しぶりに実家にでも顔を出すかね」


 そう言うと荷物を背負った。

 もう日は暮れているが、無理に引き留めることもないだろう。


「ん。ああでも最後に」


 イヴは振り返ると俺の横に置いてあった椅子の上に立った。


「おい。きたねえよ」

「ふふ」


 目の高さがあう。

 いつもは見下ろすことが多かったから新鮮な光景だ。


「うーん」


 イヴの手が頬に触れる。

 少しお互いの顔が近づいた。

 が、しかし、あるところで止まってしまった。

 いや、イヴが止めた。


「んぶ」


 頬を両手で強く抑えられた。

 多分、間抜けな顔になっているだろう。


「気持ち悪っ」

「ほりゃほうらろ」

「へへっ」


 イヴは何かに満足したのか。

 手を放し、椅子から降りた。


「じゃ!」

「ああ。イヴ今まで――」

「おっとそこまで」


 別れの言葉を遮る。

 そしてニカッと笑った。


「またいつか会えるさ」



-----



 イヴが去ってからしばらくの間、ボーっとしていた。

 自分はこれから何をすれば良いのだろうか。

 とりあえず実家に帰るは帰るがその後は何すればいいのか。

 いや、というかそもそもばあちゃんが家に入れてくれるか怪しい。

 ちょっと顔を見せるぐらいなら許してくれるだろうか。


 なんか背中が痒くなってきた。

 掃除はしたが、まだまだ虫もいるに違いない。

 お香を焚いて今日は寝よう。

 でもその前に着替えないと。


「ん……」


 上を服を脱いだ時、ひびの入った鏡に目がいった。

 上半身裸の俺が映っている。


 まず目立つのは身体を一周する火傷。

 そして無数の穴の痕。

 右腕の包帯はあいつに手首を折られた時のもの。

 あと、針が刺さった時のもか。

 背中には洞窟の中で槍でやられた傷。

 胸の辺りの細かい傷は飛竜かな。


 身体に出来た数々の傷。

 14歳の時の俺にはなかった物。

 良く言えば成長の証。

 悪く言えば敗北の証。


 思えばこの旅、俺は一度も勝ったことがない。

 ずっと負けて来た。

 仲間に救われ、自然に救われ、そして運に救われた。

 俺は何が出来るのだろうか。



-----



 翌日。

 俺は最後の仕事をするべく魔術学校に向かっていた。

 それは、お嬢様を無事に送り届けたとティロニアンに報告すること。

 一応もうジェネスの元には着いているはずだが、正式には終わっていない。

 王都に報告し、終戦を確かなものとする。

 やり遂げなければならない。


 にしてもだ。

 やはり街に活気がない。

 三年前と違って何かが足りない。

 そうか子どもか。

 気のせいかもしれないが街で見かける子どもの数が少ない。


 それは魔術学校に入ってからも同じだった。

 念話室に向かうまでの間、ちらりと講義中の教室を見たが、やはりどこか元気がない。

 生徒数も少なくなっているし。

 というか男が随分と多い。

 逆にむさ苦しくなっている。

 そんな気もした。


 ティロニアンが優勢とはいえ、停戦中とはいえ、戦時中には変わりないということか。

 戦力増強のために男が魔術を教えられているのだろう。


 念和室に着いたが、やることは淡泊。

 所定の場所に立って渡された文を読むだけ。

 報告はすぐに終わった。


 だが、実はやることはもう一つだけある。


「次はクリストロフに繋げてくれないか」


 これはお嬢様に頼まれた任務。

 クリストロフにお嬢様の無事を報告すること。

 ジオ王子も心配しているだろうしね。


「あの~すみません」

「うん?」

「クリストロフに繋ぐことはできません」


 接続係がそんなことを言い出した。


「何故だ?」

「えとー、次が控えておりますので」

「この時間は私だけだろう。さっきリストを見たぞ」

「急なお客様がですね……」


 何か怪しい。

 さっきまで普通に話していたのに、急にたどたどしくなった。

 何かに焦っている。


「とにかく、出て行ってください!」

「断る。高い代金は支払っているんだ。この部屋を使う権利はまだこっちにあるはず」

「ですが……」


 一向に言うことを聞く気配がない。

 もしや何か隠しておきたいことでもあるのか。

 そう考えた時、嫌な予感がした。

 言語化できない、気味の悪い何かが頭をよぎった。


「どうしても繋がねえんだな」

「そうです」

「じゃあ、しょうがないな」


 魔術で接続係をぶっ飛ばす。

 そして念和室の制御権を奪った。

 シュンメイでいっぱい観察しておいてよかった。


 さて、後は波長を合わせればクリストロフに……。


「繋がら、ないだと」


 試しに違うところと繋げてみる。


「こちら、シュンメイ。そち……」

「こちら、オステル。そちらの名前……」


 他は大丈夫だ。

 だがクリストロフは……。


「……」


 繋がらない。

 いや、この感覚は繋がらないというよりは、ない。

 クリストロフの念和室が存在していない?


 胸がざわつく。

 倒れている接続係を引っ叩き、問う。


「クリストロフに何があった!」

「私は何も知りません!」

「嘘を言うな! 知ってんだろ!」


 剣を取り出し、首元に当てる。


「ひいい!」

「ほら、吐け! さもないと――」

「わかりましたわかりました! 言います!」


 脅しが効いたのか、男は話し始めた。


「クリストロフは消滅したのです!」

「……はあ?」

「ダリアン期13日。ジェネス様がクリストロフに大規模魔術攻撃を行い、クリストロフは滅亡したのです」


 ダリアン期の13……。

 ラマーナが爆撃を受けた次の日。

 いや、ジェネスからすれば、お嬢様がティロニアンに無事を報告した次の日。


 俺は無言で男を突き飛ばした。

 そのまま念和室を出る。


「裏切ったなぁ! ジェネスゥ!!」


 奴は初めから交渉に応じる気はなかった。

 気になる女を手の届くところまで寄越して、邪魔なものは排除する。

 そういう計画だったのか。


 奴は裏切ったのだ。

 俺ではない。

 お嬢様を裏切ったのだ。


 怒りが抑えきれない。

 お嬢様が一体どんな気持ちでここまでやってきたのか。

 どんなに悩みながら旅をして来たのか。

 そしてどれだけの想いを背負いながら決断をしたのか!

 お前にはわからんだろう!


 お嬢様が自身の未来を捨ててまで守ろうとした物をお前は壊した。

 これじゃあお嬢様は報われねえじゃねえか!


「許さんぞぉ! ジェネスゥ!!」


 この報いは、必ず返す。

 俺は天に誓った。


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