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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第二章:蛇王の旅路

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064 旅の日常


 お嬢様が小屋から出てきた。

 本人はもう大丈夫だと言っているが、少し瘦せているようにも見える。

 俺もイヴももっと休んだ方がいいと言ったが、お嬢様は聞く耳を持たなかった。

 それも理解できる。

 なぜなら、もうこれ以上時間はないからだ。


 数日前にラマーナからティロニアンに現在の報告をした後、俺たちは全く動いていない。

 もともとかなり遅れているのだ。

 不信感は募るばかり。

 爆撃を受けた件についてはもう情報が届いているだろうが、果たしてあちらはどうとらえるか。

 死んだと判断されれば、約束はなかったことになる。

 生きていたとしても、あまりに遅ければ裏切りとみなされる。

 どちらにせよ、俺たちの目的はお嬢様を無事にティロニアンに送り届けることのみ。

 そうでなければ任務失敗。

 だからもう出発するのが吉。

 ……きっと、ライサンドもシーリンさんもそう思っていることだろう。


「ゆっくり出来たのなら、良かったんだが」

「ええ。貴方にはお世話になったわ。ここに感謝を」


 ナドも急な出発に驚いていたが、すぐに状況を理解してくれた。

 彼も長い人生の中でいろいろと経験してきたそうだし、これぐらいは大したことないのかもしれない。


「ははは。相変わらず人間界は忙しいね。もっとみんなゆっくりすることを覚えたらいいのに」

「そうしたいんですけど、今回ばかりはゆっくり出来なくて」

「君の人生の山場というわけか」

「まあ、はい……」

「ならしょうがないが、一つ言っておこう。山頂までいったら休憩だ」

「わかりました」


 決めた。

 これが終わったら、しばらくはだらだら過ごす。

 それが健全な生き方ってものだ。


「あと一つ。話してもいいかな?」


 ナドはにこやかに、しかしどこか真剣に話し始めた。


「君は、私のようにならないでくれ」

「……どういうことです」

「私のようにやるべきことを捨て、他人任せの人生を送るようなことはしないでくれ」


 彼は人間界に嫌気がさして獣人とともに暮らすようになったという。

 言い換えてみれば、何もなさずに逃げてきた。

 と、本人は思っているのだろう。


「君は、凱旋の使者を知っているかい?」

「全ての戦いを終わらせるという使者……」

「そう。彼は獣人であり魔術師でもあるという、未だ現れていない使者。伝説上の人物。そんな人に、早く現れろと、早く世界を平和にしてほしいと願っている。医者という身分を捨てているにも関わらず、だれの役にも立っていないのに、そうずっと思っているんだ。他人任せだろう?」


 世間的にはそうかもしれない。

 医者という人を救う仕事を辞めて放浪。

 そのうえ誰かに世界の平和を任せる。

 許されないわな。

 でも、ちょっと言わせてくれよ。


「私は、そうは思いません」

「なぜそう言える?」

「自分で出来ないことを願うのは悪いことじゃない。それに貴方は貴方で仕事をしている」

「仕事って、大したことは。君を救うことも出来なかったんだよ」

「いえいえ、十分私のために動いてくれているじゃないですか。獣人たちの怪我や病気を治したり、小さなお嬢さんに言葉を教えたり、ね」

「……まさか!」


 やっぱりそうだったか。

 だったら貴方も俺の人生にとってのキーパーソン。

 貴方がいなければ今の俺はいなかった。


「これ以上は言いません。恥ずかしいので」

「そうか、うん。そうか」

「またいつか会いましょう」

「ああ。今度は彼女も一緒にな」


 出会い、そして別れ。

 いろいろ経験してきたが、こんなに心地の良い別れは初めてか。

 理由はわかる。

 今の俺にはやるべきことがあり、迷いはないから。

 1年前の俺とは違う。


 さあ、行こうか。



-----



 3日後――


「ねえ。何をしているの?」


 馬車の中で本を読んでいるとお嬢様が話しかけてきた。


「算術の勉強をしています」

「ああ。見たことない文字かと思ったら、算術の本なのね。面白いの?」

「私は好きですね。特にこのラプリエス算術は面白いですよ」

「ラプリエス……数学者でもあり使者でもあった人、だったかしら」


 そういえば彼も使者だったか。

 世界の仕組みを解明したとされているが、そこには疑問の声も大きい。

 いやだって、そんなことできるわけないし。

 だが、彼の残した功績を考えれば「ラプリエスなら或いは」となってしまうのも事実だ。


「そういえば彼、クリストロフとゆかりがあるのは知っているかしら?」

「えっと、遺書が見つかったんですよね」

「それもあるけれど、彼は魔術師のゼナ・クリストロフととても仲が良かったのよ」


 ん?

 今、ゼナ・クリストロフと言ったか。


「ゼナ・クリストフ、ではなく?」

「それは誤訳なの。正式にはゼナ・クリストロフ」

「それって」

「貴方の予想通り。彼は王宮の人間よ」


 いや、確かになんか似ているなとは思っていたが。

 まさかクリストロフの王族だったとは。


「まあ、きっとどこかのクリストロフが嫌いな国がそう訳したのでしょうね」

「でもそれだと時期が合いません。ゼナは700年前の人で、ラプリエスはセイエナ大戦以前の人ですよ」

「それはそうだけど、ラプリエスってそういう人じゃない。セイエナ大戦で亡くなったという人もいるし、ストロマイトとともに不死になって10000年以上生きているっていう人もいる。詳しい出自は不明で、ただ点々とした噂話だけが残っている」

「確かにそうですけど。う~ん」


 お嬢様の言っていることは正しい。

 ラプリエスは非常に謎の多い人物なのだ。

 それ故にそれらしい話から、とんでもない噂話まで出てくる。

 頭蓋骨が金でできてるとか、山が彼に恋をして地震をおこしたとか。

 まあこれはかなり眉唾であるが。

 ラプリエスが不死である説もかなり有力だとされているが、俺としては別の説を推したい。


「私は、セイエナ大戦以降の彼の功績とされるものは、別人だと思っています」

「どうしてそう思うの?」

「彼は、人間が死ぬということの美しさについて、かなりの熱量をもって説いています。それなのに不死になるのはおかしいのではないでしょうか」

「ふーん……」

「あ、申し訳ございません。私のようなものがお嬢様に対して歯向かうようなことを」

「いいのよ。ただそういう考えもあるのねって思っただけだから。それで話を戻すと、どう面白いの?」


 不機嫌になってなければいいが。

 まあ、これぐらいのことで怒る人ではないことはわかっている。

 せれでも気は遣うってものだ。


「ラプリエス算術の面白いところは、数学の世界に新しい空間を取り入れたことです」

「新しい空間?」

「そうです。簡単に言えば波形の計算を楽にする空間です。例えば、何か難しい数式を解くとき、我々は変数を使ったり、計算する順番を工夫したりしますよね。でもこのラプリエス算術は数式そのものを別の空間に移動させ、その空間のルールに当てはめることで複雑な波の計算を簡単にできるんです。とは言っても、そこまでの過程が結構大変なんですけどね」

「もう少し詳しく教えて」

「えっと、まずこの波形を丸めるんです。で、この丸めるというのが特殊なルールを持った――」


 お嬢様は本に書かれた数式を見ながら、ふんふんと頷いている。

 が、表情を見る限りはあまり理解されていないようだ。

 これは俺の説明が下手ということもあるだろうが……


「それで、この算術は何に使われているの?」

「今のところ、これを用いたものはありません」


 建物の強度、商品の適正な価格、製造公差の許容範囲、など。

 算術は我々の生活を陰から支えてくれている。

 縁の下の力持ち。

 だが、このラプリエス算術はこの社会の何の役にも立っていない。

 波形を利用するという特性上日常生活で使うこともなく、そもそもそんな複雑ものを解く意味もなく、波の問題を解いたところで何かができることもない。


「でも、そういうところも好きなんです」

「何の役に立っていなくても?」

「確かに今はそうかもしれませんが、今後発展していく可能性はある。いや、もしかしたらもう使っているのかも? そう思うんです」

「気が長いのね。もう4000年も経っているのに」

「まあ、私がどうこうできるものではないので、世界中の数学者に期待、ですが」


 ラプリエス算術は種だ。

 いつ芽吹くかわからない大きな種。

 ただ春を待ち続け、その時が来た時に芽を出し茎を伸ばし花を咲かせ、そして大きな果実ができる。

 そんな予感がする。

 じゃなきゃ世界中の数学者がこの算術に狂ったりしない。


「意味もないことを楽しめるなんていいわね。私はそういうのに無縁だったから」

「お嬢様が? 王族の娘となればいろんな遊びができそうですが」

「遊び、ね。お茶会も、本を読むのも、狩りに行くのも、全部気が抜けない状況なのよ」


 ずっと誰かに監視されている。

 ずっと王族の娘として見られている。

 それでは真の遊びはできない。


「でも、今回の旅はそういうことを気にしなくてよかった。……あなたたちのお陰かもしれないわね」

「それならいいのですが」

「で、他に面白い話はないの?」

「ええ、ちょっと待ってください。そんなにポンポンとは出てきませんよ」

「イヴは次々と話してくれたけど。貴方は私を飽きさせる気?」

「だって、この流れ3回目ですよ」


 イヴは寝ているし、はあ。

 俺が相手するしかないのか。


「今から落ちを考えるんで少々お待ちを」

「ふふっ。期待しているわ」


 お嬢様はいたずらっぽく笑った。

 ま、いいだろう。

 こうやってお嬢様と話せるのももうすぐ終わり。

 付き合ってやろう。


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