063 集落の中へ
「挨拶が遅れたね。私はナド。元医者で、今は獣人たちとともに暮らしている」
老人はそう挨拶した。
「人間の世界から抜けたのは、もう二十年前になるかな。今どんなことになっているか色々聞きたいところだが、まずは彼に会ってもらおう」
「彼、ですか?」
「君たちを助けてくれた獣人たちの長さ」
ああ。
それならば行かなくてはならない。
「あたしもついていくよ。改めてお礼を言いたいし」
「よし。じゃあついて来てくれ」
ナドはそう言った後に大きな声で叫んだ。
その声はまるで狼のようだった。
そしてその声に反応するかのように、何者かが上から降ってきた。
「すぐそこなんだが、一応ボディーガードだ。それに彼らも君に興味があるようだしね」
降りてきたのは狼系の獣人の男女。
二人とも鋭い目つきでガン見してくる。
興味と言うか、警戒されているんじゃないかな。
とは言っても、移動を始めると武器を構えて周囲を警戒しだした。
流石ボディーガード。
獣人たちの集落はすぐそこだった。
小屋の近くにあった巨大な岩の裏側にあって、テントがいっぱい建っていた。
木の上にも小屋みたいなものがある。
あれは見張り用かな。
獣人たちもかなりいる。
そしてやっぱりガン見してくる。
「ここの獣人たちは人間に対してかなり排他的でね。今は大分ましになったと思うんだけど、私以外になるとこんな感じでね」
そういや初めてユナと出会った時もこんな感じだったな。
とにかく黙って様子を見る。
そういう習性なのだろうか。
「さあ、着いたよ」
集落の中心に位置する大きなテント。
入り口には槍を持った二人の男が立っていた。
なんかここだけやたらと警備が厳重だな。
そんなことを思いながら、そして睨まれながら中に入った。
「彼がここの長だ」
テントの中心にどっかりと座っている人物。
彼がリーダーらしい。
だが、俺はぎょっとした。
そこにいたのは獣人ではなかったからだ。
鋭い牙に、尖った鼻。
そしてフサフサとした尻尾に、毛むくじゃらの身体。
まるで二足歩行覚えた狼、と言えばいいのだろうか。
身体は人型だが、顔は完全に狼だ。
そしてもう一つ。
彼の周りにある無数の髑髏。
不気味、というより威圧されているような感覚になる。
「戸惑っているようだね。実は、彼が本物の獣人なんだ」
ナドはそういうと長の前で胡坐をかいた。
俺とイヴも真似をする。
すると長は「グオッ」と短く吠えた。
「頭を下げるんだ」
ナドの言う通りに頭を下げる。
首に何かがかけられた。
「これは、ラッキーだね」
再び短く吠える長。
俺たちは頭をあげた。
「じゃあ出ようか」
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ナドのテントに戻ってきた。
聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず一番気になっていることを聞く。
「本物の獣人って、どういうことなんですか?」
彼が言うことが正しければ、ユナをはじめとした他の獣人たちは偽物ということになるが。
「本物というか、あれが本来の獣人の姿だったんだ。4000年前、オステルの書物に獣人のことについて記されている。それによれば、「顔は獣、身体は人の獣人に建国を手伝ってもらった」だそうだ。同時期に書かれたクリストロフの書物にも似たような記述があることから、獣人はその昔、全員がああだったのだろう」
「全員が? 本当ですか」
「あくまで文献だからね。多少の嘘や誇張はあるだろう。でも、逆に今のような獣人は明記されていなかったんだ。この事実を君はどう思う?」
「うーん。謎ですね。急に湧いて出てきたわけでもないでしょうし」
残念ながら、生物学についての知識を持ち合わせていない。
植物のことは多少はわかっても動物となればもうさっぱり。
旨い焼き方しか知らない。
ただ、わかったことがある。
「もしかして、それを知るためにこの集落に?」
「あは、そうなんだよ。バレてしまったね」
獣人について話す時、口角が上がっていたし、少し早口になっていた。
その姿はまるで捕まえた虫を母親に見せる子どものよう。
よっぽど興味があるのだろう。
「医者をするよりもこっちのほうが面白くてね。金も権威も全部捨てて来たのさ」
好奇心に勝てるものはない。
わかります。
「で、これはなんなんです?」
首にかけられた謎の紐。
ネックレス、とも言い難い粗末なつくり。
「それはね、一番位の低いものがつけられる証さ」
ナドの首元をよく見ると同じようなものがかけられている。
違う点はナドの方には小さな石がついていること。
「それって、馬鹿にされてるんじゃあ」
「そうとらえることもできる。だが、逆に君を仲間だと認めた。そう考えられないかい?」
わかるっちゃわかるけど。
まあここは好意的にとらえておこう。
「じゃあ、僕の勇気が認められたってことで」
「かもしれないね」
獣人についてはある程度知っているつもりではいたが、実際に集落に入るとまた違う一面が見れるな。
やはりこういうのは中に入ってみないと。
にしても、俺はいい経験をしている。
エルフの森に、極寒の王宮、武の国、聖都に獣人たちの集落。
いずれはティロニアンにも行く。
ムーガンの魔術学院は行けなかったのが少し惜しいけどね。
「というか、君、獣人と出会ったのは初めてじゃないのか?」
「え、なんでですか?」
「普通はもっと怖気るんだけどね。彼女も最初はかなりビビッていたし」
「はあ。実は少しの間一緒に暮らしていたことがありまして」
ナドは目を丸くした。
「獣人と? どこで?」
「どこっていうか、オストロルにあった僕の家ですけど」
「どういう関係だったの?」
「えと~」
突然乗り気になったナド。
そこからは色々質問された。
まあ隠すことでもないので素直に話した。
「なるほど。危険だとわかっていながら買ったと」
「深い理由はなかったんです。逃げられてもいいかなとも思っていましたし。ただ……」
「ただ?」
「彼女が一番目立っていたんです。もちろん獣人だったのもあるんでしょうけど、他の奴隷とは何かが違ったんです」
正直、その時本当にそう思っていたのかは定かではない。
マジで気分だった、としかいいようがない。
もしかしたら妙な期待をしていたことに対する言い訳かもね。
なんて振り返っていると、ナドがこんなことを言った。
「つまり、一目惚れだったと」
「え?」
「今の話を聞く感じだとそうなんじゃないか?」
……その線は考えていなかったぞ。
別れてしまった日には両想いチックな感じになっていたけど、それはあの一件があったからであって、初めからその気があったわけではなかったような。
それに、一目惚れってもっと「ドキッ」ってくるんじゃないの?
「違うような気がします」
「そうかな。自分が認めないようにしているだけで、本当はそうだったんじゃないかい」
「いや~」
「まあまあそこまでそこまで」
イヴが割って入ってきた。
「こいつはまだ病み上がりなんですから、あんまり困らせるようなことはしないでください。余計疲れちゃいます」
「ああ。そうだったね。すまない」
「いえ、別に」
体調の方は何ともないが、イヴの言うとおりだ。
あんだけの大怪我をしたんだ。
今日はもうちょっと安静にしておこう。
しかし、ユナか。
今はいったいどこで何をしているのだろうか。
だいぶ前に手紙を書いたが返信もなし。
心配だ。
「青年よ。弱くては何も守れないぞ」
その言葉が不意に突き刺さった。
あの時ちゃんとユナを守れていればこんなことにはならなかっただろう。
それは事実だ。
でも、もしあの時俺が奴より強かったのなら、俺は姉さんや師匠といったこれまた大事な人たちと出会うことはなかった。
こうやって気の合う仲間と旅をすることはなかった。
そう考えると、必ずしも弱いことが悪いわけではないような気もする。
いや、それだとユナと別れて良かったということに……。
ええい。
昔のことを考えてもしょうがない。
過去は変えられないんだから。
というわけで、今日はもう寝る。
明日からのためにね。




