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災厄の落とし子  作者: 特教機関ゲリュオン
第二章:蛇王の旅路

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062 己の信念


「あ、起きたぁ」


 ユナ?

 いや違うな。

 ユナにしては顔が幼すぎる。


「ドクターに、教えなきゃ」


 獣人の少女はそういうと、どこかに行ってしまった。

 起き上がって周りを見てみる。

 どうやら、動物の皮で作られた簡素な家の中のようだ。

 イヴが隣で寝ている以外は誰もいない。


「俺は、いったい……」


 身体を確認する。

 血は止まってるし、傷口もしっかり埋まっている。

 その代わりに見覚えのない傷が増えていた。

 左肩から右の脇腹にかけて出来ている黒色の帯。

 触った感じ、背中にも続いていそうだ。


「これは、信じられんな……」


 気づけば扉の所に老人が立っていた。

 その横にはさっきの獣人の少女もいる。


「人生、本当に不思議なことばかりだなぁ」



-----



「どうだ? 痛むところはないか?」

「ええ。全く」

「そうか。ならこれを食べなさい」


 老人が肉団子の入ったスープをくれた。

 温かいし、食欲をそそられるいい匂いがした。


「ありがたくいただきます」


 匙を握り、肉団子を掬う。

 冷ますこともせずに口に入れた。

 肉のうま味が口の中に広がり、香辛料の辛さが鼻を抜けた。


「んまい……」


 スープも飲む。

 喉に、そして体中に熱気が伝わる。

 


 気づけば涙を流していた。

 さっきまで弱っていた身体が、休んでいた脳が、必死に働いているのを感じる。

 このスープを全身で味わおうとしているのが分かる。

 俺は今になって生きていることを実感した。


「良い食べっぷりだ」


 スープを飲み干す。

 白い息が出た。

 これが生きている証拠だ。


「まだお腹が空いているかもしれないが、取り敢えず今はこれだけにしておこう。胃に負担をかけ過ぎるのは良くないしな」

「ありがとうございます」

「さて、どこまで話したかな?」


 老人は空になった椀を受け取ると、獣人の少女に渡した。

 少女はボーっとそれを見ていたが、しばらくして老人の意を理解したのか走り去っていった。


「お皿洗う~」

「はは、可愛いだろう」

「そうですね」


 褐色肌に白髪。

 カタコトな喋り方も誰かさんによく似ている。

 少し懐かしいな。


「……では、最初から話すとするか。とは言っても、あの子から聞いた話にはなるんだがね」


 老人はあの日のことについて話し始めた。


 あの時、俺たちはここの獣人たちのテリトリーに入っていたらしい。

 つまり侵入者だったわけだ。

 とは言っても、通り過ぎるだけなら何もしない。

 その予定だった。


 同時刻に魔の手が現れた。

 奴は近頃テリトリー内の動物を食い荒らしており、排除対象だった。

 そしてその魔の手がいる位置を突き止め、様子を見に来たところ倒れた魔の手と俺たちがいたという。

 普段であれば人間と関わろうとしない彼らだが、その状況を見て何かを感じ取ったらしく、特別にこの住処に招き入れたという。


「そこで初めて君の容態見たんだが、すぐに諦めたよ。助かる可能性はないと判断したからね。だから他の2人の方を優先した。そのおかげもあってか、さっきも言った通り彼女たちは無事だ」


 それなら良かった。

 命張った甲斐があった。


「それに比べて君は絶望的だった。はっきり言ってあれは死体だった。身体中に開いた穴全9か所。どれも人体の急所といってもいいような場所だ。出血多量に臓器の機能不全、当然心臓も止まっていた。そのことを赤髪の子に伝えたら殴られそうになったよ」

「それは、すみません」

「君が大事に思われている証拠だな」


 イヴはまだ寝ている。

 おそらく、俺が起きるのを待っていたのだろう。

 

「だが、そこで待ったをかけたのがもう一人の子だった」

「お嬢様が……」

「そうだ。彼女が君を救うと言ったんだ」

「でもどうやって?」

「それは私にはわからない。外に追い出されてしまったからね」


 きっと前の時のように火の魔女だけに伝わる秘術みたいなものを使ったのだろう。

 死んだ人間を生き返らす魔術なんて知らないしな。


「で、彼女はどこに?」

「ああそういえば、そういう話だったね。彼女はあそこにいるよ」


 老人が指をさす。

 その方向には小さな小屋があった。


「あれからずっと閉じこもっていてね。どうやら君を助けるのにかなりの力を使ったそうで、休んでいるんだとか。赤髪の子が言うにはご飯はちゃんと食べているらしいんだが」


 俺は立ち上がり、歩き出した。

 そして小屋の前で足を止める。


「お嬢様」


 少し張った声で。

 だけど寝ている人を起こさないぐらいの声で。

 俺は中にいるお嬢様を呼んだ。


「なに?」


 小さな声だが返事が聞こえてきた。

 間違いないリオお嬢様の声だ。


「お体の調子はいかがですか?」

「私は大丈夫。ただちょっと疲れているだけ」

「私を生かすために力を使ったと聞きました。何と言ったら分かりませんが、その――」

「感謝や謝罪は不要。ゼオライト、貴方は私のために尽力した。貴方なしではここまで来ることは出来なかった。そのお礼をしただけ」


 淡々とした口調。

 しかし、その声はかれていた。


「むしろ謝罪をしたいのは私の方。貴方を生き返らす過程で大きな火傷跡を作ってしまった。ごめんなさい」


 火傷跡。

 この身体を一周している黒い帯のことだろうか。

 覚えがない傷だと思っていたが、そういうことだったのか。


「今までの傷に比べれば、こんなものはなんでもないです」

「……でも、これまでの傷も、ほとんど私のせいでしょう?」


 返す言葉がなかった。

 お嬢様の言う通りだったからだ。

 それは否定しようがない。

 ただ一つだけ言えることがある。


「私は、お嬢様に使えることができて、良かったと思います」

「……なぜ?」

「先ほどのお言葉が全てです。上に立つ者でありながら、我々のような下っ端のことも気にかけてくださる。そんな人はそうそういないでしょう?」

「それは貴方が、私のために尽くしてくれたから!」


 お嬢様の声が張る。

 初めて聞いた感情的な声。


「貴方だけじゃない。イヴもライサンドも命を懸けて戦ってくれたというのに、私が出来るのは感謝することぐらい。それが何だか悲しくてしょうがないの」

「我々が命を張るのは当然です。そういう依頼ですから」

「でも、貴方はクリストロフの民ではないのよ。王家にに使えてるわけでもない。もし死んだとしても家族に少額の保険金が渡されるだけ。そこに名誉はなく、歴史に名が残ることもない」

「……」

「私、わからないの。なぜ貴方たちが私のために命を張れるのか」


 そう言われても、困るな。

 元々は金と故郷に帰るためだった。

 ちょうど良かったしな。

 だけどそこから変わった。

 今でも覚えてる、あの騎士の言葉。


「男っていうのはそういうものなんです。カッコつけたくなるんですよ。他人の想いとかを勝手に背負っちゃって、見え張って、実力もないくせに強大な敵に立ち向かったりする。そういう生き物なんです」

「でもイヴは――」

「まあ細かいことはいいじゃないですか」


 確かにあいつは女だが、間違いなくこっち側だ。

 じゃあ完全に女を捨ててるかというとそうでもない。

 俺も女性として接しているわけだしな。

 まあそこら辺はややこしいから今はいい。


「みんなカッコつけたがりなんですよ。……で、誰にカッコつけてると思いますか?」

「誰って、恋人とか?」

「それもあるかもしれません。でも一番は自分なんですよ」

「自分自身に……」

「そうです。私も死ぬのは怖いです。だけど、情けなく後悔しながら生きるもの嫌なんです。自分の意志や信念に反して生きるのが嫌なんです」


 俺はあの時、死を覚悟した。

 そこには納得があった。

 お嬢様を守るだけ守って死ぬ。

 それはお嬢様のためであり、自分のためでもある。

 ただのうのうと暮らして死ぬんじゃ、俺が納得できない。


 別にそうやって生きてる人を否定しているわけではない。

 俺はだって元々はそういう風に生きようとしていたわけだから。

 でも、俺もイヴやライサンドにあてられちゃったのだろう。


「だからお嬢様がそこまで気負う必要はないのです。お嬢様はお嬢様らしく堂々と我々に命令していただければいいのです」


 今までどんなことがあろうと気丈に振る舞ってきたお嬢様。

 それは王族の娘として責務を全うするため。

 でも根本は14歳の少女だ。

 心の中では色々な感情が渦巻いていたのだろう。

 それが今回、産まれた時から一緒にいたシーリンさんと離れたこともあり、一気に溢れた。


「そう……。私はこれでいいのね」

「はい。そのままで、お嬢様の思うようにいれば良いのです」

「わかったわ。ありがとう。でもちょっと喋り疲れてしまったわ。少し寝るから、貴方も休んでいなさい」

「承知致しました」

「あと、今のやり取りは他言厳禁よ。絶対に誰にも喋らないで」

「……承知致しました」


 口を閉じ、なるべく足音を立てないように立ち去る。

 しかし、その配慮も無駄だったようだ。


「ゼオ~! 起きたなら早く言えよぉ、この馬鹿野郎!!」


 大声を発しながら突進し、抱きついてきたイヴ。

 嬉しいのは分かるが、空気を読んで欲しい。

 いや、こうじゃないとイヴではないか。


「ははっ……」


 俺の苦笑いが気に入らなかったのか、今度は突き飛ばしてきた。

 そんなに睨まなくてもいいじゃないか。

 しばらくはそんな感じだったが、不意に笑みがこぼれた。


「へへっ」

「なに急に笑ってんだ」

「え? まあ一応感動の再開だから、な」

「なんだそりゃ」


 二人で笑い合う。

 そして、小屋からも小さな笑い声が聞こえた。


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