061 生まれ持った使命
目が覚めるとそこは白い空間だった。
辺りには薄い霧が……。
「ちょ、ちょっと待て!」
急いで起き上がり、後ろから迫ってきた何者かを止める。
そこにいたのは、もう説明するまでもなく『あの女』だった。
「あら、今回は何もしないわ」
これで三度目。
いや、なんかもうちょっと会っていたような気もする。
だけどそんなことはどうでもいい。
「あんたは、一体誰なんだ?」
1回目は奴に吹き飛ばされた時。
2回目は飛竜の時だったか。
そして今回、また彼女が現れた。
状況からしてお迎えに来た天使かと思っていたが、そうでもないようだし。
「それにここはどこなんだ?」
「まあ落ち着いて、ちゃんと全部答えてあげますから、ね」
そういうと彼女はニコリと笑った。
優しい笑顔だった。
ドロップキックやアッパーカットをしてきた人物とは思えない。
「えーと、そうねえ。まず私が誰なのかを伝えた方がいいかな」
口元に指をあてる。
見た目はかなり大人っぽいが、ふるまいはちょっと幼稚さがある。
「じゃあ今から発表するわよ。準備はいい?」
「は、はあ」
「私の正体はなんと、もう一人のあなたでした~! パチパチパチ~!」
「……は?」
もう一人の、俺?
この女性が?
「つまりあなたは僕と同一人物ということ、でいいんですか?」
「うん、その通りよ。流石ゼオちゃん、理解が早いわ~」
「でも納得はしていませんよ」
なんで俺がもう一人いるんだよ。
姿も全然違うし、性格もこんなんじゃないだろ。
もしかして多重人格というやつか?
でも今までそんな症状が出たことはないし……。
「そんな難しい顔をしないで。同一人物と言っても、貴方は理性、私は本能だから」
「え、理性?」
「もっと簡単にいうと、私は貴方の身体なの」
俺は頭を抱えた。
ごめん。
もっとわからなくなった。
「えっとねぇ、ほら心臓ってあるでしょ。それって貴方が意識して動かしてる?」
「いや、勝手に動いてますね」
「逆に心臓を止めることはできる?」
「直接は無理ですね」
「でしょ。その貴方が意識しても動かせない心臓を動かしてるのが私なの」
なるほど。
確かに自分の身体でありながら、鼓動、消化活動、発汗などは自分で調整できない。
となれば、一体誰が指令して動かしているのだろう。
実はもう一人自分がいて、それが私なのだ、と言いたいのか。
「いやぁでも、こんな天使の格好をした人が?」
「へー。貴方には天使に見えているのね」
ん、どういうことだ。
「とにかく、もうあまり無茶はしないでね。今回は本当に大変だったんだから!」
「ああ、そうですね。えっと、いつもありがとうございます?」
「そうそう。ちゃんと私に感謝してよね。ゼオちゃんが健康でいられるのは私のおかげなんだから」
自分の身体にお礼を言う日が来るとはな。
まあ彼女が生きているおかげで今の俺がいるのだから、ないがしろにするわけにはいかない。
「ん? じゃあ今あなたが生きているということは、僕は死んでないんですか?」
「流石ゼオちゃん、察しがいいわね。でも今回はちょっとそういうわけにはいかないの」
そういうと彼女は指さした。
そっちを向くと、白い扉があった。
前の時はなかったよな。
「今、あなたは辛うじて一命をとりとめている。丸二日意識を失っていて、十分な栄養も取れていない。正直、いつ死んでもおかしくないわ」
「今までとは違うと」
「そう。これまでもかなり危ない状況になったことはあったけど、私の力や誰かの治療によってなんとか命は守られていた。でも、今回ばかりはどうしようもなかった。心臓、肺、肝臓などに加えて、ご丁寧なことに胸部大動脈、腹部大動脈、腸骨動脈まで……。一体誰と闘ったの?」
剣聖様だよ。
よくもまあそんなピンポイントを突けるね。
「まあ、ゼオちゃんのことだから無理なことしたんだとは思うんだけど」
「それで、何が起きたんだ?」
「何って?」
「それでもギリギリ生きてるんだろ。あの傷じゃどんな治療しても意味がない。ということは、何かが起きたに違いないんだ」
彼女は肩をすくめた。
「さあ、具体的には分からない。けど確かなのは、何者かが私に対して途轍もない力をくれたということ。そのおかげで何とかここまでこれたの」
「あなたにも分からないのか」
「それは、あなたが目を覚ませばわかるかもしれないわよ」
すると彼女はくるりと回った。
白いドレスがひらりと揺れ、小さな風が起こる。
その風は辺りの霧を晴らした。
「え?」
俺は白い板の上に乗っていた。
彼女もだ。
板の下を覗いてみるも、ただ黒い空間が広がっているだけだ。
さっきからずっとこうだったのか?
「飛び降りたら、あなたは目覚めるわ」
「ここから? 本当に?」
「ふふっ。今までもそうして来たじゃない」
……なるほど。
「じゃあ、こっちは?」
後ろの扉を見る。
扉は板の先端に付いており、その先はないように見える。
「そっちに行くとね、私が消えるわ」
「……消えるって、どういう」
「あなたはどうなるか分からないけど、私は確実にこの世から消えることになるわ」
「それって、死ぬってことですか」
「端的に言えばそうね。そして今回は、それをあなたが決めなくてはならないの」
そうか。
あの扉を超えれば、少なくとも身体は死ぬと。
それなら、まだこっちはいいかな。
「じゃあもう行かないと」
板の端に立つ。
恐怖心はあるが、まだ生きられるのだからどうってことない。
「ああ。でも最後に一つだけ」
「何かしら」
次にいつ会えるか分からないし、今のうちにちょっと気になったことを聞いてみる。
「あなたは僕の命令関係なしに動くし、あるいは僕の命令に背くこともある」
「そうよ」
「それは、あなたの意志なんですか?」
「いえ、私に意志なんてないわ」
意外な答えに思わず彼女の方を向く。
彼女は一瞬真顔だったが、すぐに微笑んだ。
「だって、私はあなたの身体よ。今は何故かお喋り出来ているけど、いつもはただ淡々と仕事をしてるだけなんだから」
「じゃあその仕事って、誰からか命令されたんですか?」
「誰からも何も、産まれた時から決められていた仕事だったのよ」
「いやでもそれじゃあ……」
「あなたにもあるでしょう。自分の意志とは関係なく課せられた使命が」
俺の……使命。
「しかもその使命は逃れられない。だって、使命を果たさずにすぐ死ぬ私に価値なんてないでしょう」
「……」
鳥肌がたつ。
よくわからないがこれ以上この話をしてはいけないと思った。
もう、目覚めよう。
「行ってきます」
「またしばらく会えなくなるのかしら。でもね……」
彼女は笑みをこぼした。
だけど、とても不気味に思えた。
「私はいつもあなたのことを見ているから」




