060 ただ、あなただけを想って
聖都は激しく燃えていた。
炎の勢いは衰えることはなく、むしろ勢いを増していた。
俺はその様子を見ながらゆっくりと丘を降りていた。
すると馬の走る音が聞こえてきた。
前から走ってきた2頭の馬。
乗っていたのはイヴとお嬢様だった。
「ゼオ! 無事か?」
俺の様子を見るなりイヴが飛び降りる。
身体を起こそうと身体を触って来た。
掌にべっとりと血がついた。
「なッ……これはどうしたんだ!?」
「説明は、後でする。それよりお嬢様は?」
お嬢様は馬から降りてこない。
いや、降りれないのだろう。
脇腹に手を当てて苦しそうな顔をしている。
「木の破片が刺さったみたいでな。出血がひどいからお前のいる療病院に行こうとしたんだが」
「あそこはダメだ。俺も襲撃された」
「じゃあ次の街まで行かないとな」
「他の2人は?」
「別行動してたからわからねぇ。気になってはいるが、今はお嬢様の命が優先だ」
確か2人は念話室に行っていたんだったか。
幸いにもラマーナの中心部からは離れていたのか。
「お前は?」
「え?」
「お前は、どうなんだ。怪我はしていないか?」
「あたしか? うん、見ての通り元気いっぱいだ。へへっ」
お嬢様の方を見る。
口を震わせながら、必死に声を抑えている。
今にも倒れ込んでしまいそうだ。
一刻を争う状態かもしれない。
馬は2頭。
多分どこかで拾って来たのだろう。
こちらもあまり元気ではなさそうだ。
「ゼオ、どうした?」
こうなれば、俺がお嬢様にしてやれることは1つしかないだろう。
腹をくくらなければならない。
「イヴ。お嬢様を連れて先に行け」
「……何言ってるんだ、お前」
「俺はもう動けないし、何もできない。馬に乗っても走るのが遅くなるだけだ」
だったら、ここで死ぬ。
あの騎士隊長のように。
それが2人のためになるのなら……。
「本気で言ってるのか」
「ああ。本気だ」
「でもお前、泣いてるじゃないか」
ああ、俺泣いているのか。
血とか汗だと思ってた。
ははは……。
そりゃあだって、死にたくないんだもの。
「俺の気が変わらないうちに、早く行けぇ~」
「こんな奴置いていけるわけないだろ!」
イヴは俺の身体を乱暴に持ち上げる。
そのまま自分が乗っていた馬に乗せた。
「やめろよ。俺はもう動けないんだ。お嬢様を守れない」
「うるさい! お前はあたしが守る!」
イヴはお嬢様の後ろに乗ると、俺を背負った馬の尻を勢いよく叩いた。
馬がヨタヨタと走り出した。
「お嬢様を守れなくなったぐらいで生きる意味を失うな。置いてきた彼女とかが悲しむぞ」
イヴの馬も走り出す。
そうして3人は森の中に消えていった。
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「お嬢様。多分もうじきですからね」
目指すは次の目的地だった街の教会。
しかし、ラマーナが巨大な都市が故に、近隣の街とはいえかなり離れている。
出発したのが昼過ぎだったのに、もう日は暮れている。
お嬢様が出してくれた光球で最低限の視界は確保できているが、それでもだいぶ暗い。
「……ぐぅ」
身体の痛みが増している。
頭もボーっとしてくる。
ふと腕を見ると紫色に変色していた。
強引に止血したからうっ血しているのだろう。
逆の手は血の気がない。
どちらもまともに動かせない。
雨も降ってきた。
かなり強い。
この時期は良く降るんだっけな。
天気はどうしようもないことだけど、空気読んでくれよ。
なんて思ってると、急に馬が止まった。
耳を絞り、前脚は地団駄している。
何かに怯えているのか。
その時、雷がなった。
かなり近かったのか、大きな音だった。
「う、ちょっと我慢してくれ……」
抵抗虚しく地面に叩き下ろされる。
逃げて行ってしまった。
「ゼオ!」
イヴが馬から降りて駆け寄ってきた。
また雷が落ちた。
一瞬だけイヴの心配そうな顔が見えた。
「しっかりしろ。あたしは歩くからお前はこっちに乗れ」
とは言ったものの、お嬢様の乗った馬も暴れ出した。
こっちも怖がっているようだ。
「おいおい頼むぜ」
お嬢様はなんとか捕まっているが、あの様子では落ちてしまうだろう。
イヴが馬の方に向かおうとすると、急におとなしくなった。
また雷が落ちる。
稲光によって辺りが照らされた。
そこに何かがいた。
見えたのは一瞬だけ。
だけど間違いなくそこにいてはいけないものが目に映った。
馬の首を握りしめ、頭に齧りつこうとする巨大な影。
もう見えない。
お嬢様は気付いていないようだが、まだそこにいる。
雨の音とは別に、骨が砕け、肉が千切れるような音が聞こえた。
イヴの行動は早かった。
異変を察知するや否な、バイザーを下げ、剣を抜きそれに飛び掛かった。
お嬢様のすぐ近くにいるのだ。
躊躇う時間はない。
だが、あまりに無謀な戦いを仕掛けてしまったのかもしれない。
「う、うわぁぁぁ!」
イヴの身体が持ち上がる。
お嬢様もやっと気付いたようだ。
光球がそちらへ向いた。
「魔の手だぁ!」
四足歩行をした巨大な人型の化け物。
肌は爛れており、所々骨がむき出しになっている。
奴は大きな口でイヴの胴体に噛みついていた。
自慢の鎧を着ていなければ、すでに命はなかっただろう。
化け物はイヴを吐き捨てると、お嬢様の方に向いた。
まるでお菓子を目の前に出された子どものような表情をしていた。
「お前の相手はこっちだろ!」
イヴの一太刀が化け物の腕を斬りつけた。
手ごたえはあった。
しかし、血もでなければ痛がる素振りさえ見せない。
イヴもその異常さに気付いた。
そしてたじろぐ。
その隙が決め手だった。
化け物はイヴに襲い掛かる。
デカい図体から放たれる、有り得ない速度の拳。
イヴは吹き飛んだ。
化け物の狙いは再びお嬢様に向けられた。
お嬢様は怯えることしか出来なかった。
「ゼオ! 何してんだお前ぇ!」
草むらからイヴの怒鳴り声が聞こえた。
すごい権幕で怒ってやがる。
悪いな。
俺に出来ることはこれしかねえんだよ。
身体全体に生温かい感触が広がる。
土の匂いとは別に錆びた鉄のような匂いも服の中に充満する。
化け物がお嬢様に襲い掛かる。
お嬢様は落馬こそしてしまったものの、化け物の鋭い爪が当たることはなかった。
齧ることも、掴むこともできない。
「てめえ……お嬢様だけでなく、あたしまで守るなんて……」
まあそう言うなよ。
お前にはまだお嬢様を守るっている役割があるだろ?
だったら無事でいてもらわなきゃ。
「ゼオ、ライト……」
自分体内に埋め込んだ魔法壁。
それを全て解除し、お嬢様とイヴに分け与えた。
血液や体液が滝のように流れ出るが、不思議と痛くない。
むしろ、苦しみを全て吐き出しているような、そんな感覚だった。
うん、今なら死ねる。
化け物はこちらの存在に気付いた。
やるなら俺からだと思ったのだろう。
イヴも走り出すが、まあ間に合わないだろう。
大丈夫。
時間稼ぎぐらいにはなるから。
「ゼオ!!」
全てを諦めた、その時だった。
目の前を通り過ぎる巨大な刃。
空を舞う化け物の首。
そして倒れ込む巨体。
いつの間にか、何者かが俺の後ろにいた。
振り向くと、背が俺の倍はありそうな長身の男。
肌は不気味なほどに青白く、額には2本の立派な角が生えていた。
しかし、それが確認できたのは稲妻が鳴った一瞬のみ。
その後は白いフードとローブを身に着けていることと、2つの大きなサーベルを持っていることしか分からない。
だが、それだけでこいつが何者かが分かった。
むしろそれだけあれば十分だ。
こいつは人類の、そしてエルフ含む北方連盟の敵。
そう、魔族だ。
「なんで、こんなところに?」
それはよく分からない。
ただ、俺を守ってくれたのは事実だ。
魔族は化け物が動かなくなったのを確認すると、ゆっくりと歩き始めた。
俺たちのことは何も気にしてないのか?
その様子に敵意は感じられない。
そのまま去っていった。
「なんだったんだ、今の」
するとどこからか獣の鳴き声が聞こえた。
あの声は狼か。
もしかして……。
いや、そんなことはないか。
仮にそうだとしても、もう俺は……。
「ゼオライト……!」
「おい! しっかりしろ!」
イヴが駆け寄ってくる。
お嬢様も脚を引きづりながら向かってくる。
それが俺が最後にはっきりと見えた光景だった。
「故郷に帰るんだろ? お前何のためにここまで来たんだ!」
視界がだんだんぼやけてきた。
これはもう、ダメだな。
今まで色々ヤバいことはあったけど、今回ばかりはどうしようもない。
何がいけなかったんだろう?
俺に他人を守れるだけの力がなかったことか?
あるいは、俺の安直な行動か?
まあ、運がなかったと言えばそれまでなのだが。
剣聖といきなりタイマンだなんて、考えもしてなかったからな。
「ゼオ! 死ぬなよ!」
やり残したことは山ほどある。
もっと魔術を学びたかったし、大切な人と一緒にいたかった。
師匠には悪いけど、使命なんて別にどうでもよかった。
貴方に認めてもらえるなら何でもよかった。
「おい、噓だろ……」
もう少し生きたかったな。
でも、もう諦めるしかない。
ここからどうにかなるとすれば、それももう奇跡……に違いな……い。
「お前がいなくなったら、あたしはどうすればいい?」
初めて聞いたイヴの弱弱しい声。
それが、最後に聞こえた言葉だった。




