059 邂逅
「剣聖フィリップス・ロベルト。あんたがここにいるのは、まあ想定内だ。だが、何故かあんたがここにいる」
白髪の男が背の高い男に話しかける。
状況がわかっていないのか、あるいはわざとそうしているのか。
余裕がある雰囲気だ。
「妻がここの地下に眠っていてな。たまに来るんだ」
「それにしても厄介な時に来やがって。あんたのせいで計画が破綻しそうだ」
「そうか。それはすまなかったな」
その時、どこからか爆発音が聞こえた。
かなり近い。
「ま、それはそれとして実行するんだけどね」
爆撃!
さっきの話にあったやつか。
てことはこいつが……。
「わざわざ親玉から出てくるとはな。どういう了見だ」
「おっとそういう話はこいつを処分してからだ」
俺を指さす。
「よくわからん一般人に話が聞かれたなんてなれば、教会も大変だろう。なあ、剣聖さん」
「別にお前を消して全て解決してしまっても構わないが?」
「俺がそんなこと考えずにここにいるわけないだろう。それともやってみるか?」
「まあ待て」
背の高い男が仲裁する。
2人ともそれに黙って従った。
「彼らは君を処分しようとしているようだ。君の方から何もなければこのまま死ぬだろう。どうだ、ここは1つ命乞いでもしてみたらいいんじゃないか」
「え?」
「物は試しだ」
そんなこと、急に言われても。
今さら命乞いだなんて。
「どうせ何もねえよ。おいマレー、やってしまえ」
「はい。ご主人様」
「いや、待ってください。えと。その」
わかってる。
ただの命乞いじゃあダメだ。
お嬢様の話をしても響かないだろう。
多分こいつらはそんなこと聞いたって鼻で笑うだけだ。
そういう次元で生きてる奴らじゃない。
背の高い男と目が合った。
何かを試すように、じっと見ていた。
そうか。
俺のもう1つの生きる目的か。
「時間がもったいねえ。もうさっさと――」
「私は……」
「ああ?」
「私は、最後の使者だ!」
全員の注目が俺に集まった。
さっきまでの無関心とは違う。
明らかに俺に興味を持った。
「ほう」
「くくく……アッハッハッハ!!」
白髪の男が笑い出した。
腹を抱えている。
そんなに可笑しいのか。
まあ、それはわかっている。
「使者、使者だとぉ? 貴様、目の前にいるこの男が誰か分からないのか?」
背の高い男を指さす。
腕を組み、ため息をついた。
「この方は『神殺しの英雄、ストロマイト』! そして『最初の使者』8番目の継承者だぜぇ!」
いやいや。
さっき言ってた豪華なメンツってこういうことかよ。
こっちは『剣聖』、こっちは『英雄』。
こんなところにいていい人たちじゃない。
「最初の使者の前で、最後の使者を名乗るとは。こんな弱い奴が認められるわけないだろう」
「いや、使者であることに強さは関係ない。それにこの男は、少なくともお前より強いぞ」
もしかして、俺に肩入れしてくれているのか?
それならこの状況もどうにかなるのかもしれない。
ていうか、神封じの英雄が最初の使者?
しかも、8番目って何?
「そうはいってもなぁ」
「それより、君も名乗ったらどうだ? 彼はちゃんと身分を明かしたぞ」
「……わかったよ。俺はブラスだ」
ブラス。
どっかで聞いたことのあるような、ないような。
「ほう。君が『暗き海』の頭領、ブラス卿か。グールラット事変の首謀者だと聞いているが、実際の所はどうなんだ?」
「火のない所に煙は立たねえよ」
「ふふ。そうか」
思い出した。
マカカ村の住民を皆殺しにした奴か。
相当な悪人じゃないか。
「で、そんな大物が何故ここに?」
「へッ。ここにくる目的なんて1つしかないだろう」
「聖典か」
「そうだよ」
また、遠くから爆発音がした。
お嬢様の安否だ心配だ。
「おい。てめえどこに行こうとしてんだ? まだ処分しないと決まったわけじゃないぞ」
「え?」
「本当に使者かどうかもわからねぇしな」
「ハハハ。世界的な犯罪集団の頭にしては器が小さいな」
「慎重なだけだ」
ストロマイトと目が合った。
「君の抱える使命を少しでいいから教えてやれ。最初の使者が最後の使者に許可しよう」
微笑んでいた。
そして相変わらず、こちらを試すような眼力。
あるいは小さな子どもが頑張っている姿を見るようにも見えた。
「俺は、ジェネスの秘密を知っている」
「……なるほど、それが君が背負っているものなんだな」
「はい」
「よし。いいだろう。私が君を使者として認めよう。『最後の』というのは少し気に入らないがな」
認められた。
ということは。
「教会から出るまで私が君を保護しよう」
「はぁ。あんたがそういうならこっちとしては、もう何も言えねえよ」
白髪の男が折れた。
こう宣言した以上、俺を襲えば英雄ストロマイトと敵対することになる。
流石にそこまでのリスクは背負えないのだろう。
これでこの場は収まった。
「どういうつもりかね」
しかし、1人これに突っかかった者がいた。
剣聖ロベルトだ。
「どうもなにも、後輩に少しばかり手を貸そうというわけだ」
「そんな理由で私が納得するとでも?」
心臓が跳ねた。
突然ストロマイトから放たれる強い気。
身体が再び動かなくなる。
彼が部屋に入ってきた時と同じだ。
「やめておけ。闘うことになれば、この教会どころか、都の方にも被害が及ぶことになるだろう。聖典を守りながら私とやり合うつもりか?」
「私にそれが出来ないとでも?」
ロベルトの方も凄まじい闘気を発してきた。
場の空気がさらに重いものになる。
例えるなら、キヴォルクの吹雪。
冷たさが身体の芯、骨の芯まで侵入してきた。
息をすることさえ躊躇いたくなる。
この人は例外だ。
この中で唯一ストロマイトと対等に出られる存在。
無敵の英雄を超えるかもしれない男だ。
「挑発のつもりか。目的を達成するためならさっさと斬ればいいものを」
「戯言を。端から斬らせる気など無いのに」
「君なら、あるいは可能かもしれないだろう」
今にも押っ始まりそうな雰囲気。
さっきまで調子こいてたブラス卿とやらも若干引いている。
この状況を止めることは、もう誰にも……。
「ロベルト。そこまでにしなさい」
気付けば、ロベルトの後ろに男が立っていた。
細身で背中が曲がった老人だ。
「アルダ神父……」
「これ以上することはないだろう」
老人はロベルトの横に立つとこちらを見てきた。
表情は穏やかだ。
「儂も詳しくは知らんが、今回の任務は目立たないことも重要視されていたはずだ」
「そうでしたかな」
ロベルトが引いた。
あれだけ闘気を放っていたのに。
それを感じたのか、ストロマイトも気を緩めた。
「あれだけ爆破されているのに、今さら何を」
ブラスがそうボソッと言った。
おそらくロベルトにも聞こえていたのだろう。
少し視線をそちらにやったが、すぐに振り向いて立ち去っていった。
「では、今回はこれでお開きということで」
「そうしようか」
「へっ」
神父とブラス一行が立ち去っていった。
色々やばいメンツが集まっていたが、何事もなくて良かった。
「助けてくださってありがとうございます」
「例などいらん。そんなことより、これからのことを気にしたらどうだ?」
確かにそうだ。
今からお嬢様のもとに行かなくては。
身体を動かそうすると全身に痛みが走る。
刺傷からも血が噴き出た。
かなり限界が来ている。
だが、やるしかない。
一度は諦めかけたこの命。
まだ動けるのなら、それだけのことをしなければ。
俺はゆっくりと歩きながら教会から出た。
「はは。こりゃあひどいな」
ラマーナは燃え上がっていた。
大聖堂の塔は既に崩壊しており、つい先ほどまであった美しい街並みは無くなっていた。
未だに爆発音のようなものも聞こえる。
「さて、私が君を守るのはここまでだ。ここから先は君の味方ではない」
「敵、とういうことですか?」
「それは君の今後の選択次第だな。最初の使者として君の存在が不要だと判断すれば、相対することになるだろう」
師匠は言っていた。
すべての使者を終わらせるための最後の使者だと。
それを真に完遂するならば、彼にもご退場していただなければならない。
大賢者と英雄の両方に喧嘩を売らないといけないのは、キツイな。
だが、問題はそこまで行けるかどうか。
俺に今後は訪れるのか。
「苦しそうだな。だが、今が正念場だぞ」
ストロマイトはラマーナを眺めながらこう言った。
「今から君の過去の行いに対する清算が始まる。何をしてきたのか。どんな人と仲良くなったのか。
あるいは敵になったのか。それが全て返ってくるのが、よりによってこういう時だ」
「誠実に、生きてきたつもりです」
「ふふ。そうか」
ストロマイトはラマーナの方に向かって歩き始めた。
そして最後にパタパタと手を振った。
「安心しろ。天はいつも君を見ている」




