058 強者
腕の治療は終わったが、まだ包帯は取れていない。
様子見して、後で取るそうだ。
ということで暇になった。
お嬢様のもとに戻る時間はないし、この時間だともう儀式は終わっているはず。
確か、念話室でティロニアンに報告してるんだったかな。
ま、ちょっとぶらぶらするか。
ちょうど礼拝堂にも行ってみたかったし。
礼拝堂はこの教会の中央に位置している。
療病院から庭に出ればすぐに行けるのだが……。
「おい兄ちゃ~ん。礼拝堂に行くのかぁ?」
「それじゃあ入場金を貰わねえとな」
小汚い2人組の男が邪魔してくる。
ここは誰でも入れる教会だし、金もとらないはずだ。
それにどうみても教会の関係者じゃないし。
強引に通ってしまおう。
「ちょっとすいませんね」
「はぁ? 金払わねぇと……ぶご!」
「あぼし!」
さて、礼拝堂に入ろうか。
重い扉を開けると、廊下に出た。
また正面に扉があるので開く。
広い空間に出てきた。
天井には宗教画が広がっていて、床には――。
「お……」
死体があった。
それも2つ。
祭壇の近くにすらりとした中年の男が立っていた。
黒い聖職者用の服。
右手には一瞬レイピアと見間違うほど長細いロングソードを握っている。
そして特徴的なつんと尖ったちょび髭。
状況から見て、こいつが2人を殺めたと見ていい。
……帰ろう。
「待ちたまえ」
「は、はい」
「祈りに来たのだろう? なら歓迎だ」
こんな状況で?
嫌だなぁ。
「いや、また今度来ます」
「そうか」
「では……」
後ろを向いて廊下に出ようとする。
その瞬間だった。
突如、みぞおちに冷たい感覚が通り抜ける。
視線を下にやると剣の先端がそこにあった。
冷たい感覚は次第に生温い感覚に変わり、事態の深刻さをありありと伝えてくれた。
「すまないが、これも契約なんでな」
背後から先ほどの男の声が聞こえる。
意味がわからない。
あの距離を一瞬で?
男は剣を抜くと、頭を掴み、礼拝堂の中心に向けて放り投げた。
辺りに血が飛び散る。
俺はうめき声を上げた。
それしか出来ることはなかった。
腹を抑え、ただただその時を待つ。
いや。
そんなの認められるか。
「ほう。まだ立つのか」
だって、ここで終わるわけにはいかないだろ。
この男がどういう人で、なぜ俺を殺そうとしたのか知らねえが、俺はまだ死にたくない。
なんとしてもこの教会を出る。
「面白い青年だ。甘んじて死を受け入れるなら、それ以上苦しまずに済むというのに」
男が剣を構える。
俺も魔法壁を構えた。
「無詠唱でそのレベルの魔法壁を……。やはり面白い青年だな」
突然、男は剣を下ろし、トコトコと歩いてきた。
殺気もなく、非常に無防備な状態だった。
「ち、近づくな!」
「まあそう吠えるな。最後に現実を見せてやろうとしているだけだ」
男は魔法壁の前に立った。
すると剣をスッと振った。
魔法壁は綺麗に斜めに斬れていた。
それはおかしいだろ。
魔法壁は絶対に壊れない。
ましてやこんなに簡単に斬れるわけがない。
だって、こんなこと出来たら、何のために魔法壁があるんだ。
「名乗っておこう。私は、フィリップス・ロベルト」
……なんだと。
そんなことがあり得るのか?
今目の前に、あの『剣聖、フィリップス・ロベルト』がいるというのか。
剣士として……、いや、そういった括りを抜きにしても最強と謳われている1人。
もし本当にそうだとしたら――。
「今の君に勝ち目はない」
「ごふッ……」
何もできなかった。
ロベルトはすでに剣を納めて、ただ俺の様子を見ていた。
俺が目視できたのは、彼が柄を握り直したところまで。
次の瞬間には右胸に剣が突き刺さっていた。
魔法壁を張り直す間もなかった。
そしてさらに恐ろしいのは、それが最後の一突きだったということ。
「計8か所の刺傷。もはや助かるまい」
でも、それでも……。
このまま死ぬわけにはいかない。
俺はとにかく、やたら滅多らに魔術を放った。
しかし、それらは全て当たることはなかった。
彼は必要最低限の動きで魔術をかわし、剣ではらった。
それは想定の内だ。
最後に打ち出した誘導弾。
彼を一周するように飛ばす。
視線がそちらに移った。
俺は身体を屈めると、王道を放つ。
身体は浮き、入り口の方へと飛ばされる。
別にこの男に勝つ必要はない。
逃げることが勝ちなんだ。
空中を飛びながらロベルトを見た。
ただ突っ立ているだけ。
しかし、その手に剣は握られていなかった。
「これで9か所だな」
俺は壁に吊り下げられていた。
男は素手で歩いてくるが、何も抵抗できない。
力量差。
剣技とか、身体能力とか、知略とか、そういうもの全てにおいて負けている。
魔術を使えばどうとか、騙し討ちをすればどうとか、そんなレベルではない。
圧倒的な格上。
「ほう。なるほど、魔法壁を体内に埋め込んで詰め物にしていたのか。どうりであまり出血しなかったわけだ」
そんなことを言いながら剣を引き抜く。
俺の身体は地面に伏した。
「もう諦めたか?」
そんなわけ……。
「お前に何ができる。その状態では半日も持たんだろう」
確かにそうだ。
傷口は塞がっているとはいえ、血液とかなんかよく分からない液体が溢れてくる。
痛みのせいで身体はろくに動かねえ。
こんな状態でお嬢様を守れるかよ。
いや、むしろ俺がここで静かに死ぬことで、お嬢様に変な危害が加わることはないんじゃないか。
だが、それは、あまりにも……。
「……たくない」
「ん? なんと言った?」
「死にたくない」
吐き出した欲望。
人間にとって、生命にとって当たり前の願い。
普段はそんなこと考えてこなかった。
しかし、突然に襲いかかってくる底なしの絶望。
涙が止まらない。
「ここにきて命乞いか。青年もまだまだ子どもというわけだな」
ロベルトは俺の襟首を掴むと、部屋の中心に放り投げた。
「青年。いいことを教えてやろう。もうすぐラマーナは爆撃を受ける」
……。
「大勢が死ぬことになる。言っておくが、私たちが計画したわけではない。むしろ止める側……おっと」
それは無理だろ。
それを聞いてそのまま死ぬのは無理だろ。
「どうせなら何かを守って死ぬ、か。二流の考え方だが、悪くはない」
ロベルトは剣をついた血を拭きとる。
そして独特な構えをした。
両足を大きく開き、左手で剣の先端を支えながらこちらに向ける。
狙いは脳か。
二流かなにかは知らないが、とにかくまだあきらめるわけにはいかない。
せめて……。
せめてお嬢様の命だけは!
「青年よ。弱くては何も守れないぞ」
ロベルトが消えた。
おそらく気が付いた時には刺されているのだろう。
そんなことはどうでもいい。
今はただお嬢様のもとに……。
全身が揺れた。
骨まで染みるような衝撃。
目を開けると、剣の先端が目の前にあった。
ロベルトの身体はピタリと止まっていた。
その原因はすぐに分かった。
俺の身体も動かなかったからだ。
横の扉が開く音が聞こえた。
そしてコツコツと何者かがこちらに近づく音が聞こえる。
まだ身体動かない。
振り向くこともできない。
「もうここで暴れるのはやめてもらおうか」
ロベルトはその言葉を聞くと静かに剣を収めた。
「まさかこんなところで出会うことになるとは。運命とは本当に面白いものだ。そうは思わないかね?」
「その通りだな、フィリップス・ロベルト」
やっと身体の緊張が解ける。
横にいたのは全身鎧の背の高い男だった。
しかしその鎧はだんだんと溶けていき、服に吸い込まれていく。
目つきの鋭い顔が現れた。
「おーおー。これはこれは豪華なメンツじゃないか」
今度は反対側の扉が開かれた。
背の低い白髪の男、と目隠しをした女性。
こちらを見るなり笑いながら向かってきた。
「何故か一般人が混ざっているけどな」
なんだよ。
次から次へと、やって来やがって。
こいつらは一体なんなんだ。




