055 グールラットの少年たち
徐々に呼吸が小さくなっていく賊たち。
彼らを見て俺は理解した。
これは俺の手に終えるものじゃない。
今の俺の脳みそでは考えられない、追い付かない。
そういうものなんだ。
一種の諦めに近かった。
でもこうしないと自身の心を守ることができない。
そう思った。
「そこまでして……」
いつの間にか後ろにライサンドがいた。
彼もこのような状況に立ち会ったことはなかったのだろう。
いつにもなく険しい表情をしている。
「行こう、ゼオ。俺たちにも守るべきものがあるんだ」
「そうですね」
俺はゆっくりと立ち上がった。
さて、穴は大人が屈めば入れるぐらいの大きさ。
そして中には何かがいる。
「俺が先に入ろう。援護してくれ」
ライサンドの後ろに付き、光球を穴に入れた。
そしてその瞬間、黒い小さな何かが飛び出した。
「危ない!」
それは俺の脚にしがみついた。
同時に激痛が走る。
「やめろ! 斬るな!」
ライサンドを止める。
いや、わざわざ止めなくても勝手にやめていただろう。
何故ならそこにいたのは、子どもだったからだ。
9歳ぐらいだろうか。
小さなナイフを俺の太ももに押し付けていた。
ライサンドがその子を引き離す。
が、姿勢を崩し倒れる。
もう1人いたようだ。
今度は棍棒を持っている。
これが隠れていた反応の正体か。
ライサンドに襲い掛かろうとする2人を止め、隔壁に閉じ込める。
しばらくは抵抗していたが、外に出ることはできないと察すると諦めて座り込んだ。
「けっ。もうダメだな」
「そうっぽいな」
ナイフを持っている方は金髪で右目だけが異様に大きく見開いている。
棍棒の方は剥げており、口元は金属製のマスクで覆われている。
「君たちは一体……」
「そうだなぁ、なんて答えよっかなぁ」
「まあ、盗賊たちの子分だと思ってくれればいい」
誘拐された子どもではない、のか?
「それより、あんたたち強いんだな」
「あの人数をあの短時間で片づけるとは」
「おいおい。褒めても何も出ないぜ」
顔や手に赤い斑紋が見られる。
グールラットの風土病か。
大した病気ではないが、この症状が出ているということは十分な栄養が取れていないということ。
「もしかして、ここ来たのは最近か?」
「1年前だ。なんでわかった?」
「なんとなくだ」
「あっそう」
気の抜けた返事だ。
なんなら金髪の方は寝転がってるし、マスクの方は明後日の方向を向いている。
敵に捕まったという状況なのに、どこか余裕を感じる。
「なんか、すげー落ち着いてるね」
「どうせ死ぬからね」
さらっと出たその言葉。
子どもの口から発せられたものとは思えない。
「いや、盗賊の一員だとしても、流石に子どもは……」
「わかってないね~」
「あんたたちの意志は関係ぇねえ。俺らはニムロデに殺されるからな」
「……どういうことだ?」
「あんたたちが『宝』を見つけるからだ」
宝の存在を隠すためなら、子どもすらも殺すのか。
ニムロデもひでえことしやがる。
「今更引き返したってもう遅いぜ。こんな状況だ。ニムロデは宝の存在がバレたと判断するだろうよ」
「ここまでしたんだったら、宝を連れて帰った方がお兄さんたちにとってもいいんじゃない?」
ライサンドと目を合わせる。
ま、だいたい考えていることはわかるよ。
「ここにそのままいるから殺されるんだ。俺たちが遠くまで連れて行ってやろう」
「は? 遠くってどこだよ。生半可な距離じゃバレるし、それに……」
2人がズボンをめくりあげた。
足首には枷が付いていた。
「これがある限り、俺たちの場所は筒抜けなんだよ!」
「ちょっと待て。まさか君たち、この状態でさっき動きができたのか?」
「ああ、慣れているからな」
「まじか。結構いい動きしてたよ~」
「そんなことはいいんだ。どうせ無駄だってことが言いたいんだ」
「いや、それはどうかな」
「は?」
俺は彼らに近づき、その枷を触った。
これも簡単だな。
「お兄さん、魔術師か」
「そうだ。よし、なんとか片方は外れたから、これで自由になったぞ」
2人が立ち上がり、動き始めた。
片足立ちになったり、ジャンプしてみたり。
その様子は少し嬉しそうに見えた。
「いいのか? また襲うかもしれないんだぞ」
「やれるもんならやってみるんだな。同じ手は二度食らうと思うなよ」
「ふん。まあ俺たちもここいる意味はないし、お兄さんたちに付いていくとするよ」
「別に未練もないしな」
なんというか、あっさりとした2人だ。
一応盗賊たちの子分なのだから、この状況に思うところがあってもいいと思うのだが。
「良し、じゃあ『宝』を見せて――」
「いや待て。静かに」
マスクの子が耳をすます。
俺たちも黙り、聞き耳を立てた。
小さいが重たい低音が聞こえた。
ドドドドドド、というような。
「まさか!」
2人が岩壁の方へ走り出した。
岩山の上まで続く曲がりくねった望遠鏡を手に取り覗く。
俺も傍にあったものを覗いた。
音の正体は南の方を移動している3頭のラードラゴンだった。
「ニムロデだ! もう来やがった」
「なんだと!」
「あっちはアドーの方か。あいつしらみつぶしで探してんだ」
「まずいな。逃げ道は?」
「あの入り口だけだ。他に逃げ場はない」
「もう間に合わねえぞ。正面からかち合うだけだ」
相手は20人前後。
なかなかの手練れが揃っているようだが、まあ何とかなるだろう。
問題はあのラードラゴンだ。
あの巨体による突撃は恐ろしいという他ないだろう。
「ゼオ。魔法壁を」
「もう張ってる」
「持つのか?」
「わからん。ただわかるのは、止められるとしても一瞬だけだ」
魔法壁自体が破られることはない。
だが限界はある。
それは俺の魔力量と最大出力に依存している。
もしラードラゴンの突撃によるエネルギーが俺の魔力の最大出力を上回れば、俺は気を失い、魔法壁は消失する。
突撃を耐えられたとしても、今度は魔力量の消耗戦となる。
奴の巨体抑えるには相当な量がいるな。
「ライサンド、いけるか?」
「流石にあれは斬り裂けねえぞ」
「いや、あれ攻撃する必要はない」
「なんだと?」
「ラードラゴンはああ見えてもかなり臆病だ。ガツンと重い一撃を入れてやればビビッて動けなくなる。その間に手綱を取れば制御権はこっちのものだ」
金髪がそう教えてくれた。
なるほど。
じゃあそれにかけるしかない。
「とは言っても、ゼオちゃんは魔力を魔法壁に使ってるし、俺のパワーや流派じゃ向こうをビビらす程の攻撃はできねぇ。クソッ、こういうときイヴちゃんがいれば……」
「いや、大丈夫だ」
俺が指す方向を皆がみる。
そこにあったのは……。
「なんだこれは」
「大砲?」
「違う、特大ショットガンだ」
一つ目の依頼。
特大散弾銃の威力調査。
散弾銃は銃火器としては射程は短く、小さな弾に分裂するという特性上貫通力も低い。
だが、近距離となれば威力は絶大。
当たれば即死は免れない。
……というのがよく聞く話だが、果たしてどうか。
まあ、こんだけデカいんだ。
俺の下手な魔術よりも威力はあると信じてる。
「お前ら、これ撃てるか」
「大砲と仕組み的には同じ、か」
「反動がちと怖いが、この距離なら命中はするはずだ」
もう時間がない。
すぐそこまで来ているのか振動で分かる。
「そういや君たち、名前は?」
「俺はマスクと呼ばれている」
「俺はジャキだ」
なんというか、覚えやすい名前だな。
「よし。ゼオちゃんがラードラゴンの突進を止める。そんでジャキとマスクがショットガンを放つ。奴がビビった隙に俺が飛び乗る。これでいくぞ!」
本番一発勝負になる。
誰かだ上手く行かなければ終わり。
次はない。
そんな状況だ。
だが、緊張はしていない。
今更こんな竜擬きにビビることなんてありえない。
だって俺は本物を見てきたんだから。
「来たぞぉ!」
ラードラゴンが岩場の陰から姿を現す。
渓谷を猛スピードで走って来る。
上に乗っている奴らが矢や鉄砲を放ってくるが、それらはすべて魔法壁によって弾かれた。
「ビビるなよ。2人とも」
「おう……」
さらにスピードが上がる。
力ずくで突破するつもりだ。
さあ、どんと来い!
杖を握りしめる。
衝突まであと間もなく!
「おい! ゼオちゃん!」
焦るなよ。
まだだ……まだ、ここじゃない。
一瞬であれば120%の魔力を出せる。
それをぶつけるタイミングは……ここだ!
魔法壁がグッと厚くなる。
その瞬間ラードラゴンがぶつかった。
爆音が辺りに響く。
巨体は、止まった。
「ぐう!」
激しい頭痛が襲う。
この感覚、久しぶりだ。
最大出力を、限界を超えることの代償。
「あとは頼んだ……」
再び響く爆裂音。
操縦士の命令を無視し、後退するラードラゴン。
そしてそれに飛び乗るライサンド。
作戦は成功した。




