052 弱り目
睨み合う半裸の両雄。
闘いは終わったのか、それともまだ続くのか……。
それは俺にはわからない。
しかしそのような状態は長くは続かなかった。
辺りが騒がしくなったからだ。
「チッ、お巡りが来たか」
そういうと奴は逃げ出した。
カルコは何もせず、奴を見逃した。
「奴は『笑う男』。クズ度だけでいえば世界一かもね」
『笑う男』。
聞いたことはない。
本名ではないのだろうが、なんというか不気味な名前だ。
「死んだ方が世の中のためになる男だ」
「じゃあ、なんで逃がしたんですか?」
「実力差はあれど、あいつを仕留めるとなると辺り一帯がぐちゃぐちゃになっちゃうからね」
ぐるる。
「それに腹も減ってるし」
辺りがさらに騒がしくなる。
衛兵たちがウロウロしているようだ。
「さて、通りに出ようか」
言葉に従い路地裏から出る。
その途端に衛兵に囲まれた。
武器をこちらに向けながら何か叫んでいる。
言っていることはわからないが、どうやら怪しまれているらしい。
するとカルコが流暢なシュンメイ語を話し始めた。
聞き取る限りでは、俺が被害者であるということを主張しているようだ。
衛兵たちは武器を下ろした。
すると兵長らしき大柄な男が現れた。
そしてその後ろには……。
「おい、ゼオ! 大丈夫か?」
「イ、イヴ!?」
「なんか衛兵たちが騒がしかったからきちまったぜ」
そんなに大ごとになっていたのか。
まあ区画3こぐらい潰しながらここまできたしな。
ていうか、待てよ。
奴の最初の狙いって……。
「イヴ! おじょ、じゃなくて大使様とシーリンさんは今どうしてる?」
「安心しろ。ライサンドが一緒にいる」
良かった。
もしあいつがこの機に乗じてシーリンさんに近づこうものならお嬢様まで危険にさらされる。
ライサンドと一緒ならなんとかなるだろう。
なんて思っていると、兵長は俺に近づき腕に触れた。
「いてっ」
「ふむ。右手首が特にひどいようだな。すぐに療病院に連れていってやろう」
「ああ、そうしてやってくれ」
「しかし、あいつに絡まれるとは運のない奴だな」
兵長は西ユーバーの言葉も通じるようだ。
「お前最近来た奴だろう? しばらくは籠っていたほうがいい」
「そうみたいですね」
「そもそもこの辺りは治安が良くない。なんの理由があってか知らんがもう近づくな」
そっかぁ。
まあそうなるよな。
もうちょっと調べたかったけど、これ以上はお嬢様にも迷惑がかかりそうだしな。
「こういうときは派出所に駆け込め。入り口に角の生えた獣の印があるのがそれだ。覚えておけ」
「はぁ」
顔は怖いが、結構いいこと話してくれるな。
ええっと、こういうときは確か……。
「シェルシェ。マーイカーケイ!(ありがとうございます。参考になりました!)」
覚えたての言葉を使ってみる。
この国の感謝の言葉だ。
のはずなのだが、周りの反応が良くない。
「……あ?」
「あちゃ~」
兵長の顔がみるみるうちに赤くなる。
「この俺に向かって『参考になります』だとぉ! 何様のつもりだ!」
いきなり怒り出した。
今の言葉がダメだったのか?
いやでも失礼なことは言ってないはず。
「お前を侮辱罪で逮捕する!」
「おいおい怪我人だぞ! それになんでいきなり逮捕なんだよ!」
イヴがつっかかるが、兵長は聞く耳を持たない。
俺の腕を掴むと、強引に引っ張りだした。
抵抗する余力もないため、そのまま引きずられる。
「イデデ!」
「大丈夫か? ちょっとあんたも見てないでなんとかしてくれよ!」
カルコは深いため息をついた。
そして腕を組んでこう言った。
「懲役2年は堅いかな」
そんなこと笑顔で言わないでください。
「2年って……。ゼオ、お前一体なにをしたんだ?」
それは俺も知りたい。
というか、助けて……。
カルコは口をへの字に曲げた。
そして頭をかくと、兵長の前に飛び出した。
「なんだ? お前も反抗する気なのか」
「いやいや。私ももう5年も住んでおりますから、今の言葉が侮辱罪に値することも存じていますよ」
「ならばそこをどいてもらおうか」
「うーん……。兵長さん、その腕はどうしましたか?」
兵長が自分の腕を見る。
「なにもないじゃないか」
「なにもない、か」
「それがどうした」
「守衛法第12条。衛兵は職務にあたるとき、以下のものを必ず身につけなければならない」
辺りがピリッとした。
兵長も何かに気づいたようだ。
「兜、兵服一式、腕章、手形、そして手甲……などなど」
カルコはニタリと笑った。
「あれぇ~。兵長さん、手甲はどうしましたぁ?」
「こ、これはだな!」
「まあ最近暑いですからねぇ。手甲を外したくなる気持ちは分かりますが、流石に法を破るのはちょっとぉ」
周りの兵士たちも手甲を付けている者とそうでない者がいる。
シュンメイは法にうるさい。
いちいち全部守ろうとするのは大変だし同情はするが、俺にとっては好機ってことか。
「もしこれで彼を逮捕なんてしたら、私刑になってしまいますねぇ。だってあなたは今正式な兵士の格好ではないのですから」
「くっ……」
「これは職権濫用ですよぉ。こんなことが上に知られたら――」
「わかった! もういい!」
兵長は俺の腕を離すと、壁に一発拳を入れた。
お手本のような八つ当たり。
拳を引き抜くとそこにはわりとデカいへこみが出来ていた。
そんなにキレてたのか。
悪いことしたな。
「あの……すみま――」
「ケッ!」
兵長は俺に見向きもせず去っていった。
周りの兵士たちもそそくさと走っていった。
「おいおい。怪我人置いていくのかよ」
「ま、しょうがないんじゃない。あんなこと言っちゃたんだし」
「あんなことって、ゼオは何を言ったんだ? こいつはあの状況で失礼なことを言う奴じゃないぞ」
そのつもりだったのだが、どうやらとんでもない言葉だったらしい。
「この人はねえ、『参考になります』って言っちゃったんだよ」
「別に悪い言葉じゃないだろ」
「そうだね。でもここでは『ま、お前の意見も一応聞いておいてやるよ!』って意味になるんだよ。相手が友達ならまだいいけど、目上の人なら失礼極まりない言葉だね」
なるほど。
シーリンさんの言ってたとおりだ。
普段使っていい言葉と高い位の方に使うべき言葉は同じとは限らない。
『義』という文化が馴染んでいる中で、目下の者にそういうこと言われたら、まあ怒るわな。
「じゃあ、なんて言えばよかったんですか?」
「ああいう時はね、『勉強になります』って言えばいいんだよ」
勉強に、なります?
「「おんなじじゃねえか!」」
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「まあ、こんなもんかな」
イヴに宮殿まで運んでもらい、治療を受ける。
右手首と肋骨の一部は骨折していたものの、内臓にはダメージが少ないそう。
なんとか旅は続けることはできそうだ。
「足は大丈夫だけど、なんで歩けないんだったかな?」
「あー、それは、股間が……」
「まだ響いているのか」
吐き気はするし、腰は変な感じだし、なによりまったく反応がない。
「はぁ? さっき胸触らせてやったのに、まだ足りないのか?」
「それで治るわけでは――」
「おい」
部屋の外からライサンドの声がする。
「大使様が来ている。そういう話は後でな」
そういうと簾をくぐり大使様と一緒に入ってきた。
「お医者様とイヴは外に。シーリンと話がある」
「そうですか。では、お大事に」
ベッドに横たわる俺とお嬢様。
二人っきりになってしまった。
お嬢様は周囲に目を配ると仮面を外した。
「このような格好で申し訳ございません」
「いいのよ。それより災難だったわね。『笑う男』に絡まれるなんて」
「彼を知っているんですか?」
「笑う男はクリストロフでも、いえ、世界中で指名手配にされているわ。その情報が表に出ることはあまりないのだけれど」
裏世界とそれを監視する政府の中ではよく知られた男なのだろう。
しかし国際指名手配犯とは、なかなかの悪人だったんだな。
まあもう戦法が最悪だったしね。
「で、彼がシーリンを狙っていたということね」
「はい。幸いにもお嬢様のことは知らなかったようですが」
「でも、バレるのは時間の問題かもね。今度は別の人を利用しようとするかもしれない。ここにいる人達が全員シュンメイに忠実かと言われたら、きっとそうでないでしょうし」
そういう意味では、今回俺がターゲットにされたのは幸運だったと言える。
奴が提示してきた額は結構なものだったし、あれでまるめ込まれてしまう人もいるだろう。
「とにかく、早く行動を起こさないと」
お嬢様は外にいる皆を呼びつけた。
「シーリン。お医者様から話は聞けた?」
「はい。お薬も貰っております」
「そう。では今後のことについて話すわ」
お嬢様はベッドに地図を広げた。
そしてある場所を指した。
「モーダン・スチラ。次の目的はここよ」
そこは海に面した港町。
ムーガンと唯一航路が繋がっている場所だ。
「ここにライサンドとゼオ、2人で先に向かって欲しい」
「お嬢様は?」
「貴方の探し出した助っ人とともに、ここに残るわ」
助っ人っていうと……。
「カルコライト。なかなかいい人を見つけたじゃない。あのロセイとも仲が良いみたいだし、彼は当分の間王宮にいるみたい。その状況なら笑う男も襲ってはこないでしょう」
「それは良かったです」
「まあ正確には、王宮から出られないみたいだけど……」
そんな気はしていた。
いろいろ余罪はあるみたいだが、優秀が故に処罰もされない。
ただ監視はしておきたいので軟禁はする。
ジャックさんと同じで、そういう扱いなのだろう。
「で、あなた達2人にはムーガンの状況とそれまでの様子を見てきてほしい。とにかく今は正確な情報が必要。それに『腹』はあまり通りたくない」
「『腹』、ですか」
「ええ。あの地域は危険だから」
シュンメイと聖地ラマーナの間にある、この世で最も治安が悪いとされる地域。
当然モーダン・スチラも含まれる。
「もし本当にムーガンが封鎖されているのなら、なるべく安全なルートに変更したい」
紛争地帯をこの人数で突破するのは危険。
良い案だと思う。
「承知いたしました」
「では、明日出国ということで」
え。
明日?
「流石にそれは、ちょっと」
ライサンドが口を出す。
「もう少しゼオの体調が良くなってからにしませんか」
「ダメよ。こういうのは早い方がいいの。この国の格言でもあったわ」
「でも、いくらなんでも……」
お嬢様は俺の顔をまじまじと見つめた。
「いけるわよね?」
「え、あ……」
なんですか、その圧力のかけ方は。
それ、断らせる気ないですよね。
そりゃあ、もう歩いたりはできるけど、これからの旅に耐えられるかというと……。
「いける、わよね?」
「は、はい……」
こうして、俺とライサンドの出国の日程が決まった。




