046 買い物
デート。
確かにあいつはそう言った。
だが蓋を開けてみれば、ただのお出かけではないか。
「お嬢様。こちらはいかがですか?」
「うん。いいわね」
俺の前を歩いているお嬢様とシーリンさんとイヴ。
宝石商の前で立ち止まり商品を見始めた。
「俺ら、来る必要あった?」
「さあ…」
「なに言ってんだ。ボディーガードは必要だろう?」
今日はお嬢様の用事がなく、都を散策したいと言い出したらしい。
それで俺たちが連れ出されている。
本来なら護衛するはずのイヴまで鎧を脱いで、買い物を楽しんでいる。
男二人は興味がないのでただ突っ立っているだけだ。
「まあ、しょうがねえなよなぁ。今日は付き合ってやろうぜ」
ライサンドはそういうと俺の背中をポンと叩いた。
「なあゼオ。お嬢様いくつか知ってるか?」
「いや知らない」
「14だとよ」
ライサンドは腕を組んで、お嬢様の方をじっと見ている。
自分もそれに続く。
宝石や織物を手にとってはじっくりと眺め、品定めをしている。
時折身体に当て、鏡を覗き込む。
仮面の隙間から見えた口角はわずかに上がっていた。
「俺もびっくりしたよ。大人びていたし美人だしな。でも、まだ女の子ってことだ」
嫁入りっていうから、てっきり20歳前後かと。
華奢だから幼く見えるのかと思っていたら、まさか自分よりも年下だとは。
そりゃあ、お出かけしたくもなるよな。
「楽しそうですね」
「ああ」
14の時、自分は何をしていただろうか。
まだオストロルには引っ越してないから、実家にいたのか。
畑を耕したり、勉強を教えたりしながらも自由に過ごしていたな。
15でやっと独り立ちした。
いや、あれは独り立ちとは言えんな。
ユナもいたし、セグおばさんにも協力して貰っていたからね。
俺もまだまだ甘いな。
そう思っていると、ライサンドがお嬢様の元に駆け寄った。
「お嬢様!私はこっちの方が似合うと思いますよ!」
「え、そう?」
原色強めな服を渡す。
お嬢様は少し困っていらっしゃる。
「それは流石に派手過ぎるだろう」
俺は白をベースにした端正な服を手にとる。
そしてそれをお嬢様に手渡す。
「私はこちらの方がいいと思います」
二つの服を手に取り、じっと見比べる。
顔を上げてシーリンさんをチラッと見た。
彼女は笑顔で、うんと頷いた。
それを見て決断したのか、俺たち方に身体を向けた。
「せっかくだから、両方買うわね」
ライサンドと目を合わせる。
お互いにニヤリと笑った。
「おーなんだお前らだけぇ。あたしもお嬢様の服選ばせろぉ!」
イヴも服を何着か持ってきた。
それ全部買わせる気か?
「これとかどうです?」
「ちょ、ちょっと露出し過ぎじゃないかしら?」
「え?どれどれ?」
「お前は来んじゃねえ!」
俺もちょっと気になる。
露出が多いってどんな服だ?
「シーリン、来なさい」
お嬢様はシーリンさんを手招きすると、こちらに背を向け、ごにょごにょと話し始めた。
どうやら見せて貰えないらしい。
「悩んでるねぇ」
「へへっ。可愛いもんだな」
今日ぐらいは身分も任務も忘れて楽しんでほしいものだ。
「それよりも、お前たちも服を買ったらどうだ?」
「なんでよ」
「2人とも服がボロボロじゃねえか。特にお前はいつまでそのコート着てるつもりだ? 穴開いてるだろ、それ。買い直した方がいい。というかもう夏だぞ」
俺はコートを抱きしめた。
「このコートだけは無理です!」
「急にどうした」
これは捨てられるわけないだろ!
お前には人の心がないのか!
「よくわからんが、とにかく服買ってこい。お嬢様は許してくださっているが、尊いお方の前でその格好はどうかと思うぞ」
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そういうわけで、俺たち2人は銀貨を数枚渡されてお嬢様たちと別れた。
まあ、適当なところで手ごろな服を買うとしよう。
「なあなあ、あっちの方行こうぜ」
ライサンドが指をさす。
そっちは……
「風俗街じゃないですか」
「せっかく男だけなんだし、お小遣いも貰ったし、いいじゃねえか」
「ならまた今度にしてください」
「ええー!まあお前はイヴちゃんに怒られるから、仕方ないな」
怒られるのはお前もだよ。
「とにかく、行きますよ!」
金は俺が持っている。
お前に拒否権はない。
おそらくイヴもこうなることを予期して俺に渡したのかもしれない。
さて、都の中央からやや離れると、ちょうどいい値段の服が売っている店が多くなる。
あまりお嬢様と離れるわけにはいかないし、ここらへんで買うとしよう。
「おいゼオ。どうせ買うなら防刃の素材にしておけ」
真剣な声だ。
さっきまで女遊びをしようとしていた人とは思えない。
「こういうのですか?」
「いや、これじゃダメだ。武器屋にいこう。そっちの方がいいのがあるはずだ」
武器屋か。
辺りを見渡す。
看板は何を書いているかわからないし、道行く人も何を喋っているのかわからない。
それらしい店は…、ってあれは!
「ライサンド!こっちです!」
駆け足でその場所へと向かう。
あそこにさえいけばなんとかなる。
「なるほど、冒険者ギルドか。そういやここにもあるはずだもんな」
中に入る。
店内は広くて、いくつものテーブルにお馴染みの看板。
そして隣接された酒場。
ここには初めて来たはずなのに、なんだか懐かしく感じる。
ちょうどカウンターに受付嬢がいたので、話しかける。
「すみません。ここらにおすすめに武器屋ってあります?」
「はい。ここの店がうちの契約店舗になります」
地図を指さす。
すぐそこだな。
「ありがとうございます。では――」
「待て」
ライサンドが俺の腕を掴む。
「その店の等級は?」
「……それは契約者でないと教えることはできません」
「俺たちはギルドのメンバーなんだ」
ギルドのバッチを見せるライサンド。
俺も肩を出して見せた。
「なるほど。失礼いたしました。こちらの等級は緑となっております」
「うーん、低いな。紫、いやせめて青がいい」
「でしたら、こちらになります」
「ん、いいだろう。お姉さん、ありがとうね」
よくわからないが、今のでライサンドは満足したらしい。
確か親が武器屋をやっていたんだよな。
だからこういうのにも詳しいのだろう。
「あの、もしかしてゼオライトさんですか?」
「え、ああはい」
突然、受付嬢が俺を呼び止める。
その手には大きめの箱が。
「こちらを預かっております」
「誰からですか?」
「差出人は不明です」
箱を受け取り、その場で開ける。
中からは杖が出てきた。
木製で、突き立てると腰よりも少し高いぐらい。
そして頭の部分は大きく湾曲しており、その中央には青い水晶がついていた。
「杖?」
「みたいですね」
まあ、杖型魔術増幅装置であることには変わりないだろう。
品質もいいものだとわかる。
「ありがとうございます」
そう言って俺たちはギルドを出た。
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「やったじゃねえか、ゼオ!杖タダで貰っちまったな!」
背中をバンバンと叩き喜んでいるライサンド。
しかし、俺はこう告げた。
「正直、僕はこれを捨てようと思っている」
「え?なんでよ」
「差出人が不明な魔術道具は怖いからな」
こんな話がある。
ある女優に誰からか贈り物が届いた。
彼女には多くのファンがいたため、こういうことはよくあったのだという。
だからなんの疑いも持たずに、彼女はそれを部屋に飾った。
しかしその贈り物には魔術装置が埋め込まれており、盗聴されていたのだ。
これは何も一回だけの話ではない。
こういった事例は頻繫に起きている。
「魔術道具には簡単に色んな機能を付けられる。盗撮、盗聴、自爆……。俺だけが被害に会うのはまだしも、今は大使様もいらっしゃる。これを安易に受け取るのは危険だ」
「なるほどねぇ。……おい、聞いてんのか?誰か知らねえけどよぉ!」
大使様の護衛のメンバーに俺がいることは、ギルドの者なら誰でも知っている。
そしてその中から実際に裏切り者がいたのだから、これも怪しむべきだ。
「じゃあ捨てるか?」
「いや、どうするか探っているところなんだが……」
特に何か仕掛けられているわけではなさそうだ。
盗聴とかなら一発でわかるんだがなぁ。
それに妙に手に馴染む。
魔力の通りもいいし、反応もいい。
「でも、怖いから捨てとこ」
「それがいいな」
勿体ない気もするが、念には念を入れるべきだ。
俺は路地裏の物置場に杖を置いた。
「じゃあ、武器屋行くか」
武器屋は案外近くにあった。
店に入るとカンカンと鍛冶の音がする。
「ああやって鍛冶職人のいる店を選ぶんだぞ」
「やっぱりいた方がいいんですね」
「相談できるし、品質もいいに決まっているからな」
すると奥から細身の男性が出てきた。
「ニブツタン?」
「え、あ、服を……」
壁にかかっている防具を指さす。
「ア!フーバイシュウ。キョケンチ、二ゲンシ~」
相手はニコニコと笑っている。
「なんて言ってるんだ?」
「わからない……」
シーリンさんに教えてもらったのは、挨拶と肯定・否定ぐらいのものだ。
こうもペラペラと喋られるとわからない。
まあそれはいいとして。
「どれがいいですかね」
「うーん。そうだなぁ」
ライサンドは商品をじっくりと見ている。
生地を触ったり、爪ではじいたりしている。
なるほど。
そうやって見るのか。
「ん、なんだ俺の方見て」
「いやあ、参考になるなと」
そういえば、誰かと買い物したことなんて一度もなかった。
特に服なんてばあちゃんが選んでいたし。
「……」
おそらく、これから自分が今まで経験してこなかったようなことが起きるだろう。
貴いお方の護衛、初めての男友達、長い旅路。
どれも初めてだ。
それなら、どうせなら楽しもうじゃないか。
「ライサンドは好きな柄とかあるんですか?」
「柄か? そうだな……」
手を止めて当たりを見渡す。
そして赤い布に金の刺繡が入った服を手に取った。
「これとかいいなぁ」
「相変わらず派手ですねぇ」
「いいじゃねえかよ。こんなの若いうちしか着れないんだぞ」
「確かに、そうですね」
俺も商品を手に取る。
真っ黒な鎧に脚の生えた蛇みたいな生き物が書かれている。
「こういうのも、かっこいいかも?」
「ははは! それは流石に子どもっぽすぎないか?」
「おんなじでしょう」
「いやいや!」
俺たちは笑い合いながら買い物を続けた。
ライサンドから武器のうんちくを聞いたり、自分のばあちゃんの話をしたり、その他くだらない話をしながら店内を巡った。
楽しい時間だった。
その後、俺たちは服を買い、お嬢様の元へと戻った。
イヴには飽きられたが、まあいいだろう。




