004 名付け親
彼女を檻から出した後、商人から首輪を貰った。
触った瞬間わかった。
魔術器具だ。
商人曰く、
奴隷の首につけることで、俺の所有物だとわかるようになるんだと。
また俺の許可のみでしか外れないらしい。
なんか恥ずかしいので要らないと言ったが、規則なので守ってくれとのこと。
奴隷を横取りされるのも防いでくれるそうだ。
それなら仕方ない。
奴隷市場を去った後、彼女を半裸状態で歩かせるのはもっと恥ずかしいと我に返った。
服を買ってあげた。
ちなみに当の彼女はというと、とにかくおとなしかった。
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セグ姉さんの家に帰ると、これまたドン引きされた。
まあそうだよな。
買い物行ったと思ったら、なんか奴隷連れてるんだもん。
そりゃこうなるよ。
おばあさんはというと、ため息をついて
「血は争えないね」
とのこと。
なんのことかわからんが、まあいいや。
その後、空き家の方へ案内して貰った。
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空き家は大通りの近くにあった。
昔俺のばあちゃんが住んでいたらしい。
思い入れがあったので売ろうにも売れず、物置として使っていたそうだ。
なので正確には、借りたというより、相続した、だろう。
思ったよりも大きいし、快適そうだ。
そしてなによりトイレが付いている。
都会だと家にトイレないのが当たり前だと聞いていたのでラッキーだ。
さて、荷物でも片付けるかね。
「……」
めっちゃ見てくる
獣人の女がめっちゃ見てくる
そういえば、まだ一言喋ってない。
そりゃそうだろ。
俺奴隷買ったの初めてだもん。
最初なに話せばいいかわかんね。
とりあえず、当たり障りのないことを言っておこう。
「まあ、座ってよ」
「ハイ」
二人とも席に着く。
まず最初は、お決まりのあれだろう。
「名前、なんていうの? あ、僕はゼオライトって言います」
彼女はじっとこちらを見てくる。
しばらくしたら、ゆっくりと口を動かした。
「……ない」
「え」
「名前、ない」
あ、そっか。
もともと獣人には名前を付ける習慣ない。
それ以前にこれと決まった言語がない。
といっても、人間との交流が始まった200年前からは名前を付けるようになったと聞くが。
「故郷では名前を付ける習慣がなかったのか」
「うん」
割と人間に対して排他的なところだったのかな。
それにしては人語がわかるんだな。
「人語は誰に教えてもらったの?」
「私の村に、人間住んでた。ドクターって名前」
「ドクター?」
「うん。ドクター、頭いい。怪我、病気、直してくれた」
なるほど。
どこかの調査隊か、獣人を相手にした医者がいたのか。
「その人からはなんて呼ばれてたの?」
「お嬢さん」
「あー」
これは困った。
でも名前がないのは不便だ。
ここは一つ、俺が付けてあげよう。
そうだな。
「じゃあ、ユナだ」
彼女は首をかしげる。
「僕は君のことをこれからユナと呼ぶことにする」
『ユナ』
神話の中に登場する、「戦いの乙女、ユナ」から名前を取らせて貰った。
彼女の瞳からは強い力を感じた。
きっと似合うはずだ。
「……わかりました」
小難しい顔をしながら、ユナはそう言った。
気にいったのかは分からないが、OKらしい。
「じゃあ、ユナは一階を掃除してくれるか? 二階は僕がやるから」
「あ、ハイ」
うん、しっくりくるな
では、俺は二階に上がらせてもらおう。
「あ、あの」
階段に足をかけたらユナが呼んできた。
「ん、どうした?」
「あの、主様……」
ズコッ
ガガガッ
「主様! 大丈夫ですか!」
「うん、大丈夫だ」
危うく階段から落ちるところだった。
いきなり『主様』だなんて呼ばないで欲しい。
心臓に悪い。
「それで、なにかな?」
「はい。お食事は、どうします、か?」
「ああ。あとでお金を渡すよ」
「わかりました」
ふぅ。
それにしても、『主様』か。
偉くなったもんだな、ゼオ。
しかし、果たして俺は主様と呼ばれるだけの人間だろうか?
使用人を雇ったということは、二人分の生活費を俺が稼がないといけない。
果たしてそれができるだろうか。
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ユナはあの後買い物に行って食材を買い、料理を作ってくれた。
かなり旨かった。
ちょっと雑なところもあるが、腕はいいので俺が教えればもっとよくなるだろう。
空き家も大分整理した。
掃除とか嫌いなんだけど、どんどん自分好みになっていくと考えたら楽しいもんだ。
さて、今日はもう寝るとしよう。
こうしてオストロルでの生活の初日を終えた。
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目が覚めた。
日はまだ上りきっていない。
一階に降りて小部屋を覗くと、カーペットの上でユナが寝ているのが見えた。
うん、暇だ。
魔導学校が始まるまでの時間はまだまだある。
ユナと話そうと思ったが、寝ているところを邪魔するのは良くないだろう。
うーん、そうだ。
そういえば流れ星はどうなったんだ?
あの時は人が倒れていたから全然気にも留めなかったが、破片ぐらいは残っていただろう。
今から見に行こうかな。
家を出る。
街はまだ静かだ。
田舎では朝から農作業しないといけなかったが、都会ではやらなくてもいいもんな。
街の入り口は既に開門していた。
衛兵に、
「朝の運動をしてくる」
とテキトーなことを言い、山の方へ向かう。
確かこっちに……ほらあった。
そこには不自然に反射する鉱石が散らばっていた。
間違いなく流れ星だろう。
大量にあるところを見るに誰も手を付けていないらしい。
手に取って見てみるが、なんの鉱石か見当もつかない。
調べてみるか。
俺は一番大きい破片をポケットに入れると、街に戻った。