045 天地の道
宮殿の中にあるちょっとした広場。
普段は兵士たちが鍛錬しているというこの場所に案内されると、坊主頭の男がいた。
「初めまして。私はロセイといいます」
礼儀正しく、落ち着いた雰囲気を感じる。
しかし同時に相当な実力者であることが分かった。
上半身は裸なので筋肉がよく見える。
決して大きくはないが、引き締まっている。
手は大きく膨れ上がっており、数え切れないほど傷がついている。
中でも人差し指と中指の付け根は石のような出っ張りがあった。
そしてなによりも、身体に芯が通っている。
まるで背骨が地面に突き刺さっているかのような安定感。
どんな攻撃を受けても倒れない。
そんな気がする。
そういう奴とは闘ってはいけない。
ばあちゃんが言ってた。
「クリストロフの大使様の守衛と会えるなんて光栄でございます」
「いえいえ。こちらこそシバナーシュの師範代に武術を教わることができるなんて…、感無量です」
ライサンドは目を輝かせている。
イヴもだ。
まあ目の前に凄い人がいるんだもんな。
話によれば、この人は武術の先生の先生らしい。
シバナーシュには年に4回試験がある。
成績が良ければ昇格できるが、悪ければ落第になる。
これは6人しかいない師範代でも受けなければならない。
それの合否を判定するのがこのロセイさんだ。
「まず何から始めましょうか。といっても皆様かなりの実力者のように見えますが」
「いや、実はあたしたち地道が使えなくて」
「そうですか。しかし、意外と無意識の内に使っているのかもしれませんよ」
そういうとロセイさんはライサンドの方に手のひらを向けた。
「うん。あなたからタオを感じますよ」
次にイヴ。
「ほう。あなたはかなり強いですね。実は誰から教わっていたのでは?」
「じいちゃん、かな…」
最後に俺だ。
「うーん。あまり感じられませんね。逆にテントウは素質があるようです」
「ちゃっと待ってください」
手を挙げて質問をする。
「その、『タオ』とか『テントウ』ってなんですか?」
「なるほど。では一からお教えしましょう」
ロセイさんはにこやかに答えてくれた。
「まず八大武術の1つ、地道とは単なる拳法のことではありません。その性質上徒手で闘う戦士が多いだけで、実際は呼吸法のようなものです」
「呼吸法…」
「正しい姿勢と正しい呼吸をすることで身体の中にエネルギーが生まれます。それを我々は『道』と呼んでいるのです」
そう言うとロセイさんは鼻からスッと息を吸った。
そして口から息をゆっくり吐くと、彼の身体からわずかに湯気がたった。
「すげぇ…」
「生み出したタオを体内で巡回させます。こうすることで臓器や筋肉が活性化します。これを毎日やるだけでもいい運動になりますよ。では、一緒にやってみましょうか」
俺たちは上着を脱ぎ、ロセイさんの指示通りに呼吸を始めた。
足は肩幅よりもやや広めに置き、尻の穴を閉め、下半身を固定する。
背筋を伸ばし、肩を限界まで開く。
腕は脱力させ、顔はやや上を向く。
鼻から息を吸い、口から吐く。
この時、吸った空気を口の中で渦巻きながら腹に入れるような感覚を持つ。
何度かこれを繰り返していると、少し視界が開けたような気がする。
おへその辺りも暖かくなってきた。
だけどこのままじゃただの腹式呼吸だ。
次にへその辺りに溜まってきたエネルギーを身体全体に送る。
まずは内臓を包むように広げていき、身体の芯を温める。
徐々に四肢にも流していき、全身にいきわたったところで循環させる。
もちろんこの時にも呼吸を忘れてはいけない。
「どうですか?」
「どうと、言われましても…」
確かにスッキリした気はする。
わずかにあった疲労感もなくなったし、息もし易い。
だが強くなったかというと、どうだろうか。
「まあ、いきなり出来るというものではありませんから。もし良ければ毎日やってみてください」
運動になるのは確かだ。
ストレッチ代わりに試してみるのもありだろう。
一方2人はかなり出来ているようだ。
やはり武道経験者と未経験者では差があるのだろう。
思えばきちんと誰かから武術を教わるのは初めてか。
流水派だって本に書ていることを真似しただけだしな。
「次は天道ですね。タオが自身のエネルギーを扱うものであるなら、テントウはこの宇宙のエネルギーを扱うものです」
「宇宙のエネルギー?」
「実際に見てもらった方がいいでしょう」
ロセイさんはそういう高く跳んだ。
そして…
「ええ!?」
「噓でしょ」
その様はまるで落ち葉や羽毛のようだった。
筋肉質な男がふわりと着地したのだ。
「このように、どんなに高い所から落ちても大丈夫なわけです」
不思議だ。
しかし、原理はわかる。
俺は下から風が吹いていたことに気づいていた。
だが、なぜそれができたのかはわからない。
「次は『王道』と呼ばれるテントウの基本的な技です」
そう言うと、掌を矢の的に向けた。
するとそれがパンと弾けた。
なにか衝撃波のようなものが発射されたように見えた。
「今のはどうやってやるんですか!」
「まあまあ。タオとテントウは対極にあるものですが、タオを極めれば自ずとテントウも扱えるようになります。ですからまずは、タオを習得してくださいね」
「はい!…でも、ゼオにはテントウの才があるんですよね」
「そうですね。実は彼のように生まれつき扱えるという人もいるんです。とは言ってもスタートラインが違うだけです。努力すれば簡単に越えられるでしょう」
ロセイさんはそう言うとこっちに向かって来た。
「貴方は、魔術師ですよね?」
「はい、そうです」
返事をすると、顎をさすり始めた。
そういえばこの国で魔術を使えるのは良くないんだったな。
突然殴られたりしないよね。
絶対勝てないよ。
「魔術師、そうですか…」
「あ、もし気に障ることでしたら謝りますので」
「ああいえ!そういうことではなくてですね。先ほど、生まれ持ってテントウの才がある人もいると言いましたよね?ですが、そういった人のほとんどが魔術を使えるんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。あくまでも私の経験上はそうですね」
なるほど。
これに関してはいくつかの解釈ができる。
生まれつきテントウの才がある者は、魔術の才もあるのか。
あるいは、魔術を使っていくうちにテントウを習得しているのか。
またはその逆か。
「まあ、せっかく才があるのですから、是非とも習得してくださいね」
そう言ってくれるのはありがたい。
だが、どうしても納得できないことがある。
「1つ、本音を言ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「私は、まだ疑っているのです。どうもタオやテントウが胡散臭く感じてしまいます。ただ呼吸をするだけでそんなに強くなれるとは思えません」
ロセイさんは目をつぶり、口を閉めた。
怒ったのだろうか。
いや、そうではない。
「私も本音を言ってもよろしいですか?」
「…どうぞ」
「私からすれば、魔術の方が胡散臭いです」
ほんの一瞬、呼吸が止まった。
「なぜ呪文を唱えただけで火が生まれるのですか?なぜ文字を書いただけで見えない壁が現れるのですか?」
それは…
「貴方に気持ち、私にもよくわかります。だからこそ試して欲しいのです」
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その夜。
俺は本を読んでいた。
自分で作った魔導書だ。
俺は魔術をわかったつもりでいた。
一定の音程で声を発することで魔術が発動する。
決められた文法で魔法陣を描くことで魔術が発動する。
だけど、何故そうなるのかはわからない。
師匠は言っていた。
手段が違うだけだと。
だが、それなら魔法陣はどうだ?
精神の魔術はどうだ?
魔術を使わずにそれらができるか?
「もしかすると、その答えは…」
魔術と天道の奇妙な一致。
偶然か。
いや、試してみる価値はあるだろう。
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「おい!起きろぉ!」
翌日、俺はイヴに叩き起こされた。
「…またかよ。もうちょっと寝させてくれ」
「なに言ってんだ。ぐっすり寝てただろ」
だいたいなんで勝手に部屋に入って来てるんだよ。
「いいから起きろよ~」
顔を見る限り、なにか緊急のことが起きたわけではなさそう。
お嬢様と違って俺たちはなにも用事はないんだし、ゆっくりさせてくれ。
「お~い!聞こえてんのか?」
「ああもう。なんの用だよ。ぼかぁ疲れてんだよ」
「へへっ、今日はなぁ…デートだ」
……。
「はあ?」




