043 告白
夜が明けた。
結局あの後はユナのことから姉さんのことまで全部話すことになった。
使者のことはぼかしたが、薄っすらバレている気がする。
まあいいか。
結局いつかは全てを話さなければならないのだから。
「皆様、支度が出来ましたら大使様の部屋にお入りください」
扉の向こうから侍女の声がした。
俺たちは急いで支度をする。
服を着て、武器を装備する。
イヴは髪の手入れがあるため時間がかかるが、その間に2人で部屋の整理をした。
うん、完璧だ。
部屋から出ると侍女が立っていた。
「おはようございます」
ライサンドの挨拶に続き、俺も挨拶をする。
侍女は隣の部屋の扉を開けた。
「入ってください。狭いですので立ったままで結構です」
部屋の中にはベッドに座っている大使様がいた。
俺たちが見下ろす形になるのはいいのだろうか。
全員が部屋に入ると扉が閉まった。
すると大使様の手が動いた。
耳元で何かをいじると、カチッと音がした。
そして仮面が外れた。
「…ふぅ」
そこにいたのは、耽美な顔つきをした、女性だった。
ほどかれた長髪は透き通った空色をしており、瞳は宝石のように赤い。
目つきは鋭いが、どことなく幼さが残る印象を受けた。
「は、はは…。まさか大使様が女性だったとは」
だとすれば今までの疑問にも説明がつく。
男だらけの中にこんな女性がいれば、変な気を起こす奴もいるだろう。
だから仮面を付けていたし、周りを女で固めていたのだろう。
大使様は仮面を置くと、手袋を取り始めた。
右手の人差し指に指輪を付けていた。
そして手の甲を上にしたまま腕を持ち上げる。
指輪を俺たちに見せているのか?
ん?
なんか模様が――
気づけば、俺たちは跪いていた。
大使様も侍女も何もいってない。
だが、身体が勝手に反応した。
大使様の指輪には紋章が描かれてあった。
赤く、炎を纏った鳥の紋章。
俺には見覚えがあった。
あたりまえだろ。
あれは、クリストロフ王家の紋章じゃないか!
となれば、目の前にいるこの女性は王族。
それも現国王の直系にあたる人。
それ以外の人間が王家の紋章を付けているわけがない。
いったいこの人は…。
「私は、リオ・バルト・クリストロフ。ジオ王子の長女です」
王子の、長女。
「はは…」
ライサンドが息を漏らした。
「どうかされましたか?」
「い、いや、噂の長女様が目の前にいらっしゃるなど、その、驚きまして」
「噂?どのような噂でしょうか?」
ライサンドは唇を噛んだ。
「えあ、あの、長女様が絶世の美女だというふうに、聞いております」
「それだけ?」
「あと、その美しさのあまり、手を出そうとした大臣がいて、火炙りの刑にされたとか」
「ふーん」
緊張する。
答えを間違えれば殺されるかもしれない。
そんな空気だった。
「まだ、ありますよね?」
「……」
「貴方は私の前で隠し事をするのですね」
「いえ!そういうわけでは…」
冷や汗をかいている。
とりあえず話せ、ライサンド!
「えと、長女様が火の魔女の血を引いていることも、噂で…」
そうなのか?
それは俺も初めて聞いたぞ。
イヴも初耳なようだ。
「ほー、そこまで知られているのですね」
長女様も意外だったようだ。
「安心してください。これは世論調査のようなものです。ではシーリン、説明をお願いします」
「かしこまりました。まず、お嬢様が自身の身分を明かしたわけから離しましょう」
足音が横を通りすぎる。
侍女が長女様の横に立ったようだ。
「実は昨夜の皆様のお話、我々もこっそり聞いておりました」
「大変興味深い話だったわ」
「皆様が各々の決意を胸にこの場にいることが伝わりました。そこで我々も改めて決意を表明しなければならないと思いました。そのためには、この旅の目的もはっきりしておく必要があります」
目的?
和平交渉ではないのか?
いや、確かにただの和平交渉で直系の王族が出ていく必要はない。
「おじょっ、…お嬢様は」
侍女が唾を飲みこむ音が聞こえた。
「大賢者ジェネスに嫁入りすることになりました」
しばらく沈黙が続いた。
イヴもライサンドも動揺しているのだろう。
俺だってそうだ。
政治には詳しくないが、このことがどれだけ異常なことぐらいわかる。
この方は、現国王の孫で王子の長女。
つまりいずれ女王になる可能性があるお方だ。
婿入りされることはあっても、嫁入りすることはありえない。
だが、ジェネスに嫁入りだと?
ジェネスはティロニアンの人間だ。
そしてティロニアンとクリストロフは戦争をしている。
つまりこれはクリストロフの敗北を意味する。
いや、敗北なんて生温いものじゃない。
これからクリストロフはティロニアンの属国として扱われるのだ。
あの大国クリストロフが敵国の領土の一部になるのだ。
これほどの屈辱はないだろう。
「事情が事情ですので、隠しておりました。このことは――」
「ここからは私が説明します」
侍女の話を長女様が切り上げた。
侍女の声は震えていた。
彼女がどんな想いでここにいるか。
考えただけで胸が苦しくなる。
「だいたいは貴方たちの想像通りです。ですが、私に対しての同情は不要です。私はこのことに不満など持っておりません」
一方、長女様の声は明瞭だった。
「あちらは私の嫁入りを条件に、クリストロフには一切手を出さないと誓いました。敵国であってもティロニアンは一大国。天の名の下に定められた契約を違えるような愚行は起こさないでしょう。私の身一つで、クリストロフの民の命が守られるというのなら、王族の娘としてこれほどまでに名誉なことはありません」
彼女はなんて重いものを背負っているんだ。
当然迷いや不満はあっただろう。
しかし、今の話しぶりからはその様子は窺い知れなかった。
それだけ決意は固いということか。
「ですから、何としてもこの任を全うしなければなりません」
長女様はベッドから立ち上がり、俺たちの前に跪いた。
「顔をあげてください」
言われたとおりに、正面を向く。
長女様は微笑を浮かべていた。
「これからも、よろしくお願いしますね」
その瞬間、風が吹いたように感じた。
彼女の言葉が胸を優しくなぞったように感じた。
おいおい。
ちょっと高貴な方に声をかけてもらったからって、浮かれすぎだろ俺。
「ふん。まあ後は私たちについてもう少し詳しく話しておきましょう」
長女様は立ち上がり、再びベッドに腰かけた。
「貴方たちもそのままじゃ大変そうだから、そこに腰かけてちょうだい」
立ち上がり、後ろのベットに座る。
前を見ると当たり前だが長女様がいる。
なんだかむず痒い。
「改めて、私はリオ。そうね…『お嬢様』って呼ばれると気分がいいわ」
しかし本当に美人だな。
鼻もスッとしていているし、半眼なのも何とも言えない妖艶さを醸し出している。
「そしてこちらはシーリン。私が幼い頃から侍女として仕えています」
「よろしくお願いします」
こちらもかなりの美人。
まあ容姿のいい人しか侍女になれんよなあ。
「あとは、火の魔女のことについても話さなければならないわね」
「お嬢様、それは――」
「いいのよ、別に」
シーリンさんが止めようとするが、お嬢様は無視する。
「率直に言うと、確かに私は魔女の血を引いているわ」
きっぱりとした態度でそう言った。
「こんな伝説があるの」
お嬢様は伝説について話し始めた。
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昔、セイエナ大陸北部に住んでいた人々は魔女と交流を持っていた。
そうでもしないと極寒の地で生活なんて出来なかった。
魔女は火を与え、人間は男を捧げた。
でも時間が経っていくと、人間たちは火を操れるようになった。
人間にとって魔女は必要なくなった。
でも魔女は男が必要だった。
だから夜な夜な街にやって来ては男をさらっていたの。
人間は魔女を恐れたわ。
そしてこんな噂が立った。
「魔女に抱かれると焼かれて死ぬ」と。
でもある時、禁域に危機が訪れたの。
どんな危機かはわからないけど、とにかく大変な出来事だったそうよ。
同時に街には大寒波が襲っていた。
人間は人間で大変だったわけね。
だけど1人の男が動いた。
彼は魔女を助けるために禁域に入った。
そして男はそのまま帰って来なかった。
でも寒波は去り、人間は平和な日常を取り戻したわ。
1年が経ったある日。
なんと男が赤ん坊を抱いて帰ってきたわ。
男はこう言った。
「私は魔女に抱かれた。そのおかげで私は死なずにすんだ。危機に立ち向かえた。そしてこの子はその時に生まれた子だ」
何を隠そう、その赤ん坊こそがクリストロフ初代国王だったの。
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「こういう話よ。もっとも、何千年も前の話だから本当かはわからない。でも確かなことは、クリストロフの王族の女は皆赤い目をしていて、魔術の才能があるということ。直系の女はここ100年はいなかったし、それも相まってそういう噂が流れたのでしょうね」
今の、結構大事な話じゃない?
クリストロフ建国にも繋がってるみたいだし。
いやあ、貴重なことを聞いた。
「そして『魔女の施し』だけど、あれは私が起こした現象なの」
相変わらず淡々と話すお嬢様。
その話だって、本来はよそ者にしちゃいけないはずだ。
俺たちのことを信頼しているのか。
あるいは何とも思っていないのか。
どっちだ?
「私が貴方たち全員を夢の世界に閉じ込めて、身体はただ歩くだけの人形にしていたの。だけど私が未熟なのが原因で、私自身も夢の世界に入ってしまった」
お嬢様は立ち上がると、窓のそばまで歩いた。
「夢の創造主まで夢を見る…。精神の魔術を使う上で一番やってはいけないことよ。あのままだと全員死んでいたかもしれないわね」
同じような話を聞いたことがある。
俺は見たことがないが、相手の思考を読む魔術があるらしい。
もしその魔術を二者が同時に使い、互いの思考を読もうとした時に何が起きるのか。
話によれば、自我が崩壊するらしい。
精神の魔術とは一歩間違えれば、自身にも危険が及ぶ。
そう考えるとあの状況はかなり深刻なものだったのだろう。
「だけど、夢の世界は消えた。おそらく誰かだ夢だということに気づいたのでしょう」
くるっとこちらを向いた。
表情は少し睨んでいるように見える。
「この中で心当たりのある人はいるかしら?」
確かに夢を見ていたような気がする。
だが内容は覚えていない。
「ありません」
「あたしもです」
「自分も、そうです」
お嬢様はため息をついた。
「そう。今後の参考にしようと思ったのだけど、残念ね」
ベッドの前に戻りながら髪を括る。
仮面を手に取り、頭に装着した。
「話は以上よ。では、出発しましょうか」
こうして一行は、次の目的地を目指した。




